第6話 イカはイカでも、偉そうなイカってなーんだ☆
「よろしくー」
ヘラヘラと笑いながら卓を囲んだこの男を、ただの酔狂なカモだと思っていた。
実際、カモには違いなかった。俺たちのイカサマにいとも簡単に引っかかり、おもしろいように手持ちの金貨を吐き出していくのだから。
だが、ゲームが重なるにつれ、顔色を失っていったのは俺たちの方だった。
チャリン。チャリン。と。
金貨が、みるみるうちにテーブルの中央に積み上がっていくのだ。
「また負けたかー。じゃあ次」
目の前の男は、そう言ってまた躊躇いもなく金貨を積む。
笑っている。ずっと、満面の笑みのままだ。
意味が分からない。
こいつはなんなんだ?
俺の背筋を、じっとりと冷たい汗が伝い落ちる。手札を握る指先は、自分の意志に反して小刻みに震えていた。
どうしてこれだけ負け続けているのに、金貨を出し、一切表情を崩さないんだ?
何か恐ろしい罠に嵌められているのではないか。こいつは何をしたいんだ?
「い、いや、もうしまいに……」
後ろで見ていた仲間がたまらず声をかけると、男から笑顔が消えた。
「は? どっちかがすっからかんになるまで遊ぼうぜ?」
凍りつくような声。
駄目だ。この男には逆らっちゃいけない。俺は本能で理解した。
そして、その本能が正しかったと証明する、決定的なことが起こる。
男が煩わしそうにマントを払った、その時だ。
胸元で、鈍く美しく光る黄金の徽章。
――金バッジだ。
それを見た瞬間、全身から血の気が引いていく。山札を握る手の震えが大きくなり、手のひらから嫌な汗が噴き出してくる。
「あ……」
山札を切ろうとしたものの震えを制御できず、テーブルの上にカードを無様にばら撒いてしまった。
「しょうがねえな。何やってんだよ」
男が呆れたように手を伸ばし、散らばったカードをあっという間に集めると、流れるような手つきで器用に切り、テーブルの中央に置いた。
その山札からカードが配られる。
俺が震える手で自分の手札を確認する前に、男がパチンと指を鳴らした。
「お、フォーカードだ」
男は手札を晒した。並んだ四枚の同じ数字。
そして、ゆっくりとこちらを見据え、獣のような笑みを浮かべた。
やられた。
だが、逆らえない。逆らってはいけない。この男は格が違うのだ。サマ師としても、冒険者としても。
「さて、もう一回。次は一発勝負にしようぜ。互いの全財産を置いて。もちろん、金だけじゃなく……すべてだぜ?」
――――
「……すべてだぜ?」
男たちを見据え、俺は最高の笑みを浮かべてみせた。
あっっっっぶねーーーーーーー!!
まさか、ここまで負け続けるとは!?
このゼンさんの目をもってしても見抜けなんだわ! 運悪すぎだろ俺!
退職金、マジで全部なくなるかと思った……! まだ野宿は寒いって!
最後の最後でチョンボしてくれて、本当に助かった。あそこで完全に流れが変わった!
いきなりフォーカードなんてデカい役が転がり込んできたのが何よりの証拠だ!
行ける! 行けるぞ! さあ、オールイン勝負じゃい!
「さて、気を取り直して次の勝負、行ってみよーか」
俺は笑みを張り付けたまま、対戦相手に向かってゲームの再開を促し、カードを配らせた。
そして、手元のカードに手を伸ばす。
頼れるのは、今まさにビッグウェーブが到来している俺の『豪運』のみ!
俺は手元のカードを端から少しずつ絞るようにめくっていく。
……おいおい、嘘だろ?
ここで突如、ゼンさんの心の中で記者会見が始まる。
『勝因は!?』と、ちっちゃいゼンさんが問いかけ。
『ビッグウェーブに乗れたからかな?』と、こっちもちっちゃいゼンさんが答える。
マジかよ。初めてだ……。
――――
「お、ラッキー。ロイヤルストレートフラッシュだ」
二回連続でのありえない大役。
あからさまなイカサマだ。こんな確率、普通に考えて起こるはずがない。
だが、誰もそれを見破れなかった。あの無造作な手つきのどこに、そんな神業が仕込まれていたのか。
しかし、見破れなかったのであれば、それはイカサマではない。ただの『豪運』だ。
怖い。
先ほどの勝負で、俺たちは『すべて』を賭けさせられた。
すべてってなんだ? 金か? 装備か? ……やっぱり、い、命か?
普段の俺たちなら、ここで難癖をつけてテーブルをひっくり返し、逆ギレして暴力で解決しているところだ。けれど、そんなことはできない。
目の前の男の胸に輝く金バッジが、それを許さない。俺たちみたいな三下が束になっても敵わない上位冒険者の証であり、圧倒的な暴力の象徴を持つ男なのだから。
「た、助けてください……。命だけは、どうか……っ!」
すっかりビビりきってしまった俺の口から出たのは、情けない懇願だった。
その言葉に、男の顔からスッと笑みが消える。
「何を言っているんだ? 賭けただろ? さっさと出せよ」
「お願いします……っ! 命だけは……!」
情けない。自分でも吐き気がするほど情けない姿で、俺は床に額をこすりつけ、無様に縋りつくように土下座した。
「あのな、お前は負けたんだよ。賭けたもんを出せよ」
男はそれを許さず、冷酷に言葉を突きつけてくる。
助けを求めて周りを見渡しても、酒場の客たちは誰一人として立ち上がろうとしない。それどころか、どこか楽しそうに、いい見世物を見るような冷ややかな目を俺たちに向けていた。
――――
……すごい。
あれだけ偉そうに俺を脅していたゴロツキたちが、今は床に這いつくばり、ガタガタと震えている。
あの人が何をしたのか、俺にはわからない。
ただ、圧倒的な強さというものが、どれほど絶対的で、恐ろしいものなのか。それをまざまざと見せつけられた。
俺はただ立ち尽くし、無意識のうちに自分の服の裾を、ギュッと強く握りしめていた。
「フィン君……」
ふいに声を掛けられ振り返ると、酒場の看板娘であるエレンさんが立っていた。
「ごめんね……。私、見ない振りしちゃって……!」
エレンさんはポロポロと涙をこぼしながら、俺に向かって頭を下げた。
「そ、そんな!俺だって……」
慌てて首を振る。
「俺だっていつも……ビビッてて。ごめん……」
あいつらがこの酒場で威張り散らし、他の客やエレンさんを困らせていることに気づいていても、俺はいつも縮こまって何もできなかった。
自分が許せず、エレンさんの顔をまともに見ることができなかった。
次回!
『賭け事で稼いだ金は、賭け事で使おう!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。
※クイズの答え【大王イカ】




