第5話 The サイコパス!
手の中でジャラリと鳴る退職金。……という名の大金が入った革袋を握りしめながら、俺は一人、アトスの町の裏通りで天を仰いだ。
くそっ。アークの野郎、リーダーだからってリーダーぶりやがって!
……ん? なら問題ないのか?
まあいい。
俺が望むのは、平穏なくらしと今日の飯に困らない不労所得、それとちょろっと遊ぶ金だけなんだよ! 俺の生活の心配をしてくれよ!
そのためなら俺の命なんざどうでもいいだろ!
「はぁ……」
愚痴ったところで、切られた縁が戻るわけでもないし、また勇者パーティーに入れてもらえるわけもない。
俺の口八丁を封じるためだけに、わざわざ高価なマジックアイテムを人数分揃える念の入れよう。あいつらの決意は、俺が思う以上に固いようだ。
「マジでどうすっかなー」
……うん、何も思いつかない。
俺は三秒で考えることをやめ、とりあえず冒険者ギルドへと向かった。
安っぽいスイングドアを押し開けると、さらに安い酒の匂いが鼻を突く。正面には、魔物討伐や護衛依頼の紙が所狭しと貼られた掲示板。そして、その前で真剣に依頼を吟味する冒険者たちの背中があった。
もちろん、俺が向かうのは『冒険者ギルド・アトス支部』と看板を掲げた受付。……のはずがなく、俺の足はギルドに併設されている安酒場のカウンターへと直行していた。
嫌なことは飲んで忘れるに限る!
「とりあえず、冷えたビールの大ジョッキ! あと、肉の串盛り合わせね!」
カウンターにどっかりと腰を下ろし、景気良く注文を飛ばす。手元の金も使わなければ、ただの金属だ。明日のことなんて明日の俺が何とかしてくれる。がんばれよ明日の俺!
「はい、お待たせしましたー!」
しばらくして、そばかすの似合う可愛らしいウエイトレスが、ジョッキと香ばしい匂いを立てる串盛りを運んできた。
ジョッキを受け取り、俺は彼女の小さな手をそっと握った。
もちろん、ただ握っただけではない。俺の掌から彼女の掌へと、ちょっと弾んだチップが滑らかに移動している。
「あっ……」
「ありがとう」
俺が真っ直ぐに目を見つめて微笑みかけると、彼女は小さく息を呑み、みるみる頬を赤らめた。
「こ、こちらこそっ! な、何か御用がありましたら、いつでもお呼びくださいねっ!」
耳まで真っ赤にした彼女は、慌てて何度も頭を下げると、逃げるようにキッチンへ戻っていった。
……うーん。可愛い反応だったけど、うぶなだけか。脈はないな。
そんなことを考えながら、酒場全体へと視線を巡らせる。血気盛んな若手パーティー、その日暮らしの傭兵、何やら怪しげな商談をしている商人。
誰か面白そうな奴はいないかなー。
「……お?」
ふと、酒場の隅にあるテーブルに目が止まった。
人相の悪い三人の男たちに囲まれ、少年が一人、今にも泣きそうな顔でカードを握りしめている。
……ほほう。
俺はニヤリと口角を上げると、ジョッキと串盛りを手に、そのテーブルのすぐ後ろへとフラフラ歩み寄った。
――――
――最悪だ。
ゲームが始まってから、もう何度金を巻き上げられただろう。
俺は震える指で、配られたカードをめくる。
……また役なしのブタ手だ。
「お! 助かった。俺はワンペアだったんだ」
正面の男がわざとらしく安堵の声を上げるが、何が助かっただ。俺の手札はずっと役なしで、お前らは都合よく役を揃える。こんな露骨すぎるイカサマ。誰が見ても明らかだ。でも、見破ることも、文句を言うこともビビッてできない。
汗ばんだ手でカードを強く握りしめる。
だが、視界が涙で滲んでよく見えない。
荷物持ちとして上位冒険者について行き、何日もかけた大型のクエスト。やっとの思いで完了させ、ギルドから受け取った、初めての大きな報酬。
ずっしりと重い革袋を抱きしめた時、俺は嬉しくて涙が出そうだった。これでやっと、弟たちに美味いものを食べさせてやれる。そう思った矢先。
「俺たち、暴力は嫌いなんだよねぇ」
この三人組に目をつけられたのが運の尽きだった。
ニタニタと笑いながら腰の剣に手を添えられ、半ば脅されるようにして、この酒場の卓へと無理やり座らされたのだ。
報酬袋がゲームを重ねるごとに軽くなっていく。
「も、もういいでしょ……。俺、もうお金なくて……」
声をかすれさせながら懇願したが、男たちの笑みはさらに歪に吊り上がる。
「何言ってんだよ。ここで降りたら負け犬だぜ? 取り返す気概を見せろよ!」
「そうだそうだ!」
「男なら取り返しに来いよ!」
「次だ次! 大丈夫、流れは来る! 後ろでゼンさんが応援してるぞー!」
こいつらは、俺の金が完全に底をつくまで逃がす気はないらしい。
「倍プッシュだー!」
情けない。弟たちに「うまいもん食わせてやる」なんて言って家を出たのに。
「ほらほら、そんな辛気臭い顔すると幸運の女神様も逃げちまうぞ?」
……あいつらに、なんて言えばいいんだ。せっかく稼いだお金だったのに。
「おーい少年? ワハハ、がんばれー!」
……っ、さっきから誰だよ、うるせえな!!
プツン、と頭の中で何かが切れた。
涙目で勢いよく振り返ると、すぐ後ろのテーブルに陣取った見知らぬ男が、満面の笑顔でジョッキを片手に囃し立てていた。
本当に誰だよ……。こいつらの仲間か?
そう思って正面を見ると、ゴロツキの男たちも怪訝そうな顔でその男を見ている。どうやら仲間ではないらしい。ただの酔っ払いの冷やかしだ。
極限状態だった俺の中で、恐怖よりも腹立たしさが勝った。他人の不幸をヘラヘラと笑いやがって!
「じゃあ、あんたが代わってくれよ! 俺はもう限界なんだ!」
半ば自暴自棄になって立ち上がり叫んでしまった。すると、笑顔の男はパッと目を輝かせ——
「え? いいの!? ラッキー!」
と、今の今まで俺が座っていた椅子に、スルリと滑り込んだ。
――――
「さて!」
唖然とする少年をヒョイと押しのけ、俺は空いた席にどっかりと腰を下ろした。
重たい革袋をドンッとテーブルに叩きつけると、中身がジャラリと心地よい音を立てる。
背後で少年が恨めしそうな顔をしているが、知ったことか。この席は、もう譲らんよ?
「とりあえず、これくらいか!」
俺は革袋から金貨を二枚取り出し、卓の中央へ放り出した。
「なっ……!」
男たちが一瞬息を呑み、立ち上がった。
「そ、そんな大勝負に付き合う金なんか持ってねえよ!」
……まじで? ……ショッボ。
「嘘つくなよ? 見てたぜ、お前ら……結構いい額巻き上げてただろ?」
とりあえず、笑顔でカマをかけてみる。言うだけならタダだからな!
男たちは顔を見合わせ、舌打ちをしながらも椅子に座り直した。
「……っ。どうなっても知らねえぞ!」
あるんかーい。
え? てことは、この少年そんなに金持ってたのか。
……人は見た目によらんなぁ。
「よろしくー」
俺はとびきりの笑顔を作り、卓上のカードに手を伸ばした。
次回!
『イカはイカでも、偉そうなイカってなーんだ☆』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




