第3話 あいつは私が殺す
―― sideアーク
五年前、故郷を魔族の炎で焼かれ、すべてを失った俺は、ただ憎しみだけを胸に抱き、幼馴染のベルと共に王都へとやってきた。
だが都会の喧騒は冷たく、俺たちのちっぽけな絶望など誰も気にも留めない。通りを行き交う人々は、こちらに見向きもせず流れていく。
この憎しみをどうすればいいのかもわからず、俺たちはただ右往左往し、無駄に靴をすり減らしていた。
ようやくたどり着いた冒険者ギルド。
そこで真っ先に俺たちの目に飛び込んできたのは、魔王軍と激突する最前線の『決死隊』を募る特設カウンター。復讐に燃える俺たちは、迷うことなくその受付へ向かおうとしたが。
「やめとけ」
と、背後から聞こえてきた軽い声。
振り返ると、そこにいたのは少し年上程度の若い男。
「物騒なもんに登録しようとしやがって、復讐でもしたいのか? それとも、ただ死にたいのか?」
「両方だ!」
張り詰めていた俺は、男の軽薄な態度に噛みつくように己の覚悟を叫んだ。
「じゃあ、復讐をしてから死ね。そこに登録したって、お前らじゃ犬死にするだけで復讐なんてできないよ」
男は気を悪くした様子もなく、柔らかく笑いかけてきた。
「おい小僧!」
横から声を荒らげたのは、決死隊の受付をしていた男だった。
「他人の覚悟に水を差すもんじゃねえぞ! 坊主たちも理由があってここまで流れてきたんだろ? 気持ちわかるぜ。俺たちも同じなんだからな」
今だったらわかる。あれは義憤に駆られ、仲間を募っていたわけではないと。
手柄欲しさに無知な子供を死地に送り込もうとする、薄汚い大人の本性があったと。
だが、当時の俺たちは、そんな大人の薄汚さに気づく余裕すらなく、ただ復讐の熱に踊らされるまま、決死隊へと登録しようとしていた。
すると、柔らかく笑っていた男の顔から、すっと表情が消えた。そして低く鋭い声が、熱に浮かされた俺たちの頭に冷や水を浴びせてくる。
「ガキを煽って殺すな。……殺すぞ?」
言葉一つで、ギルドの空気が凍りついたのがわかった。
男は懐から『何か』を取り出すと、見せびらかすように指先で弾く。
宙を舞い、男の手のひらに収まったのは――鈍く輝く金色のバッジ。ただそれだけ。
だが、それを見た決死隊の受付の男は、一瞬にして顔面を蒼白にした。ガチガチと歯の根を鳴らし、声にならない悲鳴を上げて無様に後ずさっていく。
「行くぞ、こっちが普通の冒険者登録所だ。その後のことは、とりあえず強くなってから考えろ」
男は振り返り、再び人の良さそうな、柔らかい笑みを俺たちに向けた。
それが、俺とベルの、ゼンという冒険者との出会いだった。
――――
パチッ、と焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂に吸い込まれていく。
『アトスの町』で、ゼンと別れてから初めての野営。
俺は新しい仲間の戦士ディ……いや、ディアナと共に、焚き火を挟んで寝ずの番をしていた。
揺れる炎を見つめながら、俺はついポツリポツリと、昔話を口にしていたらしい。
「うん。……で、誰の話をしているんだ?」
ディアナが、心底わけがわからないといった怪訝な顔で俺を見つめてきた。
昼間、あのふざけた男の姿を見せられた彼女からすれば、到底同一人物の武勇伝とは思えないのだろう。
「……いや、そう思うよな」
俺は笑い、冷えた風の中で深くため息をつく。
「そうか! 決死隊の受付をしていた薄汚い大人というのが、あの男のことなんだな!」
「そんな叙述トリックみたいな昔語りはしてないよ」
俺はもう一度ため息をついて、焚き火に薪を足した。
―― sideクリス
アークと寝ずの番を交代し、私は継続して見張りに当たっている新メンバーのディアナと向かい合って腰を下ろした。
揺れる焚き火を見つめながら、私は自分がパーティーに加入した経緯を語っていた。
三年前。
当時の私は金さえ積まれれば、どんな仕事でもこなすアサシンだった。
その時のターゲットは、新進気鋭と持て囃されていた冒険者パーティー……今の『勇者パーティー』。
依頼主がなぜ彼らを狙ったのか知らないし興味もなかった。どうせ誰かのくだらない嫉妬か逆恨みだろう。ただ、金さえもらえれば、私にはそれでよかったのだ。
あのパーティーは町に入ればいつもバラバラに行動しており、ひどく隙だらけで楽な仕事になると思っていた。
私は一番与し易そうな男『ゼン』を最初の標的に定めた。奴が取った宿屋の部屋に忍び込み、息を潜めて帰還を待つ。背後から一撃で首を掻き切る。ただそれだけで終わる仕事。
「…………」
だが、あの男は、その日戻ってこなかった。
次の日も、その次の日も。
暗殺者として、私は毎晩部屋の暗がりでひたすら待ち続け、……徹夜が十日続いた。
極度の疲労で意識が朦朧とし、ついに限界を迎えて倒れ込んだ私は、気がつけば、勇者パーティーの一員として迎え入れられていたのだ。
――――
「……どういうことだ?」
私の昔話を聞き終えたディアナが、心底理解できないという顔で眉をひそめた。
「私も、いまだにわからないの……」
「ところで、ゼンとはどんな男だったんだ?」
「昼間見た通りの、あんな男だよ」
私が吐き捨てるように言うと、ディアナはジッと私の顔を覗き込んできた。
「……だが、男女の関係になるほどなんだろ?」
「っ!?」
カァッと顔が熱くなるのが自分でもわかる。
「ど、どこがよかったんだ? あんな奴の」
「さ、催眠術よ……っ! あいつの卑劣なスキルで……!」
「昼間、本人は使っていないと断言していたぞ」
「ううううううううう!! ………………嘘よ、多分」
私は両手で顔を覆い、膝に突っ伏して身悶えながら、弱々しく首を振る。
「男としての魅力があったのか?」
「ないよ! なかったよ! あんな奴に魅力なんてっ!」
必死に否定する私を見て、ディアナは腕を組んで、ふと夜空を見上げた。
「……そういえば、あいつは一目で私を女だと見抜いていたな」
ディアナは屈強な筋肉に覆われ、一見すると筋骨隆々の男にも見える。
「今まで初対面で気づかれたことなどなかったのに……。少し嬉しかったぞ。なるほど、女を喜ばせるスキルが異常だということか」
ディアナが妙に感心したように頷いている横で、私の頭の中に、ある記憶がフラッシュバックした。
パーティーに加わってから『一ヶ月後』のことだ。
あいつはこう言った。
『えっ!? クリスって女だったのか!?』
ブチッ、と私の中で何かが切断される音がした。
ディアナのことは一目で見抜いたのに?
殺す。絶対に私が殺す。
必ずあいつは殺す。
次回!
『狂信者たち』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




