第23話 そいつに敬称なんてもったいない
「おお……! なんということだ……!!」
市街地へと続く大通りの方から、感極まったような野太い声が響いた。
振り返ると、血と泥にまみれた団長のおっさんと騎士団が、ずらりと大通りを埋め尽くして俺たちを見つめていた。
「っ!? ひゃあっ!?」
仲間どころか、むさ苦しい騎士のおっさん連中にまで抱擁シーンをバッチリ見られていたことに気づき、クリスが悲鳴を上げて俺の胸から飛び退く。
だが、団長のおっさんはそんなクリスなど目に入っていない様子で、崩れた土塁の跡地に転がる『魔人』の死体を見るなり、俺へと駆け寄ってきた。
「ゼン殿、まさかお一人で『魔人』を討ち取ってしまわれたのか!?」
「いやいや、まさか! 全部、うちのアークがやってくれたんだ!」
俺は慌てて手を振り、隣で剣を鞘に収めていたアークの背中をバンッと叩いて前に押し出した。『魔人殺しの英雄』なんて重い看板を背負わされたらたまらん。
おっさんはアークの腰に佩かれた白銀の剣に目を留め、ハッと息を呑んだ。
「アーク……? その白銀の剣は……まさか、『勇者アーク』殿かっ!?」
ざわめく騎士団の前へアークが一歩踏み出し、静かに頭を下げた。
「到着が遅くなり申し訳ありません。俺たちがもっと早く気づいていれば、ここまで町に被害が出ることはなかったのですが……」
「な、何を仰るか、勇者アーク殿! こうして窮地に駆けつけ、あろうことか『魔人』まで討ち取ってくださったではないか! 礼こそ言っても、恨み言などあるはずも無い!」
団長のおっさんは胸に拳を当てて敬意を示すと、そのままぐるりと部下たちを振り返り、血塗られた剣を青空へ向かって高く掲げた。
「皆の者、見よ! 『魔人』は討ち取られた。我らの勝利だ! 総員、勝鬨を上げよ!!」
おっさんの号令に合わせて、騎士たちが一斉に拳と剣を天へ突き上げる。
『えい、えい、おーっ!! えい、えい、おおおおおおおおおっ!!』
地面が揺れるほどの歓喜の勝鬨が、アトスの空に何度も響き渡った。
熱狂が渦巻く中、アークが一歩前へ出て団長に声をかける。
「団長、まずは人命救助と安否確認を最優先にしましょう。俺たちも手伝います!」
「おお、勇者殿! 何から何までありがたい……! よし、勇者パーティーの皆様と共に、直ちに負傷者の救護にあたるぞ!」
『おうっ!!』
こうして、アークたちは騎士団と共に市街地の救護作業へと繰り出していった。
なお、無職の部外者である俺は、そのどさくさに紛れてこっそり宿屋へサボりに行ったのは言うまでもない。
————
魔軍との激闘が幕を閉じてから、数刻後。
日が傾き始めた頃、宿屋でたっぷり昼寝を満喫した俺は、城門前の広場へとひょっこり舞い戻っていた。
重労働がひと段落した絶妙なタイミングを見計らい、さも「最初から別区画を手伝っていましたよ」という顔で、しれっとアークたちの後ろに合流したのである。
聞けば、城門を塞いでいたベルの巨大な氷壁は、砕いて魔獣の死体の山へ運ばれ、腐敗防止の保冷材として大活躍したらしい。さらにディやクリスたちが建物の下敷きになった負傷者を次々と救出したおかげで、町の混乱はすでに収束しつつあった。
そこへ、市街地の奥から慌ただしい足音が近づいてきた。
「団長ーーーっ!!」
別動隊を率いて各区画の救護と点呼に回っていた白塗り妖怪が、部下たちを引き連れて大通りを駆け戻ってきたのだ。
「おお、戻ったかグレイス! 町の被害状況はどうだ!?」
団長のおっさんが声を張り上げると、俺の後ろにいた勇者パーティーの面々が、まったく別の意味でざわつき始めた。
「……ねぇあの人、顔どうしたの?」
「新種の妖怪か……?」
「たぶんこの地方の死に化粧って奴だろ。覚悟の証だ」
激しい戦闘と救護作業を経てなお、分厚いおしろいとハミ出た真っ赤なルージュを維持し続ける『白塗り妖怪女子』に、アークとベル、そして筋肉ガールのディがドン引きしながらヒソヒソと耳打ちし合っている。
「こらこら、女の子だからな? あんまり可哀想なこと言うなよ」
俺が小声でたしなめると、少し離れた場所にいた団長のおっさんが深々と頭を抱えていた。
こっちの微妙な空気などつゆ知らず、妖怪は凛とした声で報告を上げる。
「各区画の捜索および点呼が完了いたしました! 戦闘による負傷者は多数出ております! ですが、避難した非戦闘員の被害はゼロ! そして……我が騎士団、および町民の死者は……ゼロであります!!」
一瞬、広場に静寂が落ちた。
五千の魔獣と魔人の強襲を凌ぎきり、誰一人欠けることなく町を守り抜いたのだ。
「お、おお……!」
「う、うおおおおおおおっ!!」
張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、誰からともなく嗚咽が漏れた。
屈強な騎士たちがその場にへたり込み、あるいは次々と肩を抱き合って漢泣きに暮れ始める。団長のおっさんも、目元に浮かんだ涙をグッと拭い去り、深く天を仰いだ。
広場のあちこちで安堵の涙が流れる中、ふと周囲を見渡した白塗り女子が、アークたちの後ろに突っ立つ俺の姿に目を留めた。
「あっ……ゼン様っ!」
彼女はパァッと顔を輝かせ、鎧をガチャガチャ鳴らして駆け寄ってくる。
「「「ゼン……様?」」」
聞き慣れない敬称に、アーク、ベル、クリスの三人が綺麗に声を揃えて首をかしげた。
次回!
『チョロイン戦!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




