第22話 クリスちゃん逃げて!
市街地の入り組んだ路地を抜けた先、小さな広場で二つの影がピタリと足を止めた。
大剣を担いだディアナと、双剣を手にしたクリスである。
周囲にはすでに魔獣の気配はない。二人がそれぞれ左右の区画から暴風のように駆け抜け、入り込んだ魔獣を文字通り一掃したからだ。
二人は視線を交わし、まったく同時に口を開いた。
「そっちは終わった?」
「そっちは終わったのか?」
一拍の間のあと、二人は顔を見合わせてふっと笑い合う。
出会って日が浅いとは思えないほど、その呼吸は驚くほど自然に噛み合っていた。
「あらかた片付いたみたいだけど……念のため、上からちょっと街全体を見るね。ディアナ、手伝って」
クリスが双剣を鞘に収めながら空を指差すと、ディアナは快く頷き、大剣を地面に突き立てた。
「かまわんが、どうすれば良い?」
「びゅーんって投げて。出来る?」
「……よし、乗れ!」
ディアナは低く腰を落とし、両手のひらを固く組んで足場を作る。
クリスが助走もなしに軽やかに跳び乗った瞬間、ディアナの全身の筋肉が隆起し——
「ふんッ!!」
気合いの一声とともに、ディアナの剛腕がクリスの小柄な身体を天高くへと放り投げた。
――――
ゴウッ、と風を切る音が、私——クリスの耳元を駆け抜ける。
屋根の高さをはるかに超え、アトスの街並みを一望できる空の高みへと、私の身体は一気に舞い上がった。
「ハハっ! 気持ちいいー!」
思わず声が漏れる。
って、そんなことを言ってる場合じゃない。私は上昇の頂点でクルリと空中で体勢を整え、地上を見渡した。
崩れた城壁、塞がれた氷の壁、そして縦横に走る路地の隅々までを瞬時に走査する。
……一、二、三……撃ち漏らしが残り三匹か。
標的の位置を正確にロックオンした、その時。
視界の端、崩落した土塁の跡地にいる『見覚えのある男』が目に飛び込んできた。
「…………!?」
落下の始まりと同時に、腰のホルダーから三本の投げナイフを抜き放ち、風魔法を乗せ全力で腕を振るう。
ヒュンッ、と大気を裂いて飛翔する三つの閃光。
それは逃げる三匹の魔獣の脳天を、寸分の狂いもなく貫いた。
遠くで最後の断末魔が上がったのと、私が広場へ音もなく着地したのは同時だった。
大剣を担ぎ直したディアナが尋ねてくる。
「どうだった?」
「今ので全部だと思う!」
早口でそれだけ答えるなり、私は土塁の方角へと一目散に駆け出した。
「え!? おい! どこに行く!?」
背後でディアナが驚きの声を上げ、慌てて追いかけてくる足音が聞こえてきた。
――――
「いやー最高! さすが勇者! 心の中のゼンさんたちも、アーくん愛してるって言ってるぜ!」
魔人の死体に南無南無と手を合わせ終えた俺は、命の恩人であるアークの肩をバンバンと叩きながら絶賛の嵐を浴びせていた。
俺の心の中では、ちっちゃいゼンさんたちがスタンディングオベーションでアークコールを巻き起こしている。
『アーク! アーク! アーク!』
「……なんだよそりゃ」
アークが呆れ果てたようにため息をつき、白銀の剣を鞘へと収めた、その時だ。
「アーク! 外の魔獣たち、急に散っていったんだけど、もう終わったのー?」
崩れた城壁の方から、のんびりとした明るい声が響いた。
「……あー! ゼンくんだー!」
振り返ると、大きな杖を手にしたベルが、パァッと笑顔を咲かせてこちらへ走ってくるところだった。
走るたびに、主張の激しい豊かなそれが、ブルンブルンと景気よく揺れ動いている。
うん、実にけしからん。何がとは言わんが、実に素晴らしい重力との戦いである。
俺が熱い視線を一点に集中させていると、隣のアークが俺を見やり、ぽつりと呟いた。
「ゼン……ベルはお前のそういうとこを嫌ってるからな」
「え!? 俺、ベルに嫌われてるの!?」
初耳なんだが!? あんなにいつもニコニコしてくれてるのに!?
「いや、嫌われてはいないが……嫌われてる」
「と、とんち?」
俺が首をひねっていると、今度は市街地の方角から、風に乗って俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ゼェェーーーーンッ!!」
振り向けば、クリスが猛スピードでこちらへ迫ってきている。その後ろからは、筋肉ガールのディまで追いかけてきていた。
「…………」
俺は無言でスッと動き、アークの後ろへと華麗に身を隠した。
「……おい。なんで俺の後ろに隠れる?」
「いや、なんとなく……」
俺がアークの肩越しにひょっこりと顔だけを出した、次の瞬間。
「死ねええええええええええっ!!」
「ぎゃあああああ!?」
走りながら跳躍したクリスの両手から、銀色の閃光が迸る。
弾丸の雨となって降り注ぐ無数の投げナイフ――その射線上で盾にされたアークが、裏返った悲鳴を上げながら白銀の剣を抜き放った。
凄まじい火花が散り、超人的な神業の太刀筋が飛来したナイフをすべて撃ち落としてみせる。
「おおー! さすがアーくん、かっこいいー!」
俺が安全圏の背後でパチパチと拍手を送る目の前に、クリスがスタッと着地し、アークに向かって噛みついた。
「ちょっとアーク! なんで邪魔すんのよ!!」
「邪魔も何も、防がなきゃ俺が死んでたよ!!」
顔を真っ赤にして怒り狂うクリスが、再び腰の双剣に手をかけながら、アークの後ろにいる俺をギロリと睨みつける。
だが――俺はゆっくりとアークの背後から歩み出ると、真剣に彼女を見つめ、静かにその名を呼んだ。
「……クリス」
「え……?」
剣を抜こうとしていたクリスの動きが、ピタリと止まる。
俺はそのまま迷うことなく間合いを詰め、硬直するクリスの華奢な身体を、そっと胸の中へと抱きしめた。
「あ、な、触るなっ……!?」
耳元で、熱を込めた低い声で、もう一度だけ名前を囁く。
「クリス……」
「ちょ、ま、まって……っ」
あれほど殺気をみなぎらせていたクリスの身体から力が抜けていく。
俺はさらに少しだけ抱きしめる腕の力を強め、ダメ押しの三回目を紡いだ。
「……クリス」
「み、みんな……見てるよぉ……」
俺の胸に顔を埋めたまま、耳まで真っ赤に染め上げたクリスが、消え入りそうな声でモジモジと身悶えを始めた。
よし、これでまた当分殺されないで済む。
「……うわぁ」
「あはは、いつもどおりだねー」
クリスについてきたディが心底ドン引きした顔で立ち尽くし、その隣でベルが杖を抱えながら、いつものようにのんびりと笑うのだった。
次回!
『そいつに敬称なんてもったいない』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




