第21話 応援はまかせろー!
市街地、中央通り。
「怯むな! 前へ出ろ! 町に入り込んだ魔獣を一匹残らず狩り尽くすぞ!」
私――騎士団長ホールは、グレイスら騎士団を率いて大通りを突き進んでいた。
背後からは、土塁の方角で起きたと思しき凄まじい地鳴りと爆発音が響いてくる。
ゼン殿と魔人の戦闘音だろう。我々も負けてはいられない。
角を曲がり、大通りの中心部へ飛び出した私は、思わず息を呑んだ。
通りの先には、すでに何十体もの魔獣の死骸が転がっていたが、なおもその奥に魔獣の群れが黒山となっていた。
「っ! 総員、気合を入れろ! 突撃――!」
私が剣を振り上げ、騎士団が一斉に駆け出そうと踏み込んだ、その瞬間だった。
「邪魔だァァァァァッ!!」
すぐ後ろから、戦場の轟音すら塗り潰すような猛烈な雄たけびが響き渡った。
振り返る間もない。暴風を纏った人影が、我々の脇を追い抜き、一直線に魔獣の群れへと突っ込んでいったのだ。
見事な筋肉に覆われた巨躯で、身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回す戦士。
雄たけびとともに大剣を一閃させると、魔獣たちが、凄まじい衝撃波ごと紙くずのようにまとめて吹き飛ばされた。
「……な、なんだ、今のは」
呆気にとられる部下たちをよそに、私はすぐさま正気を取り戻し、魔獣の壁が吹き飛んで開けた視界の先へと目を向けた。
そこには、群れのど真ん中だった血の海の中で、大剣を地面へ突き立てて立ち尽くす一人の男の姿があった。
ここまで魔獣の群れを食い止めていたのだろう。全身に返り血を浴び、ボロボロに傷ついている。
私は血の海の中で立ち尽くす男のもとへと駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
声をかけると、うつむいていた男がゆっくりと顔を上げた。
「……お? おお? 騎士団の旦那らか。……ようやく来たかよ」
男は、血塗れの顔でニヤリと笑うと、ふっと全身の力を抜いた。
「じゃあ、……もう、寝るぜ」
ガシャン、と彼の手から大剣が滑り落ち、石畳に乾いた音を響かせる。それでも男は倒れることなく、直立したまま静かに目を閉じた。
「おいっ! 誰か、救護班を――!」
そこへ、脇道から革鎧と鉄手甲をつけた二人の冒険者が、肩で息をしながら駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ……おいジャン! お前、立ったまま熟睡すんじゃねえよ! 紛らわしいだろうが!」
仲間らしき男たちの呆れた声を聞き、私は安堵の息を吐くと同時に、改めて大通りを埋め尽くす魔獣の死骸を見渡した。
彼らのような冒険者たちの奮闘が、間違いなくこの町を繋ぎ止め、今の謎の戦士の加勢が状況を変えてくれた。
私は剣を高く掲げ、即座に号令を下す。
「これより本隊を二手に分ける! グレイスは半数を率い、領主の館の防衛および市街地の残党掃討にあたれ!」
「はっ!」
白塗り顔のグレイスが力強く頷き、部下たちへ指示を飛ばしながら四方へと散っていく。
「他の者は私に続け! このまま大通りを引き返し、土塁にてゼン殿の撃ち漏らしを処理するぞ! 行くぞォッ!!」
――――
「こっちだ! 領主様の館はもうすぐそこだから、みんな走って!」
大通りから外れた避難路で、俺――フィンは声を張り上げながら、逃げ遅れていた町民や子どもたちの誘導と護衛にあたっていた。
ゴロツキに格好いいことを言って大見得を切った手前、俺だって、ただ震えて隠れているわけにはいかない。
荷物持ちしかできない俺でも、みんなの背中を押して走ることくらいはできるはずだ。
その時、前を走っていた小さな男の子が足をもつれさせて転び、その手から小さな木のおもちゃが滑り落ちた。
「あっ……!」
カラン、と裏路地の石畳へと転がっていく、ゼンさんが作ってくれた『竹とんぼ』。
「あ、ぼくの竹とんぼが……」
男の子が泣きそうになりながら、裏路地へ入っていく。
「行っちゃダメだ!」
男の子は転がった竹とんぼを拾い上げ、踵を返そうとした――まさにその瞬間。
『グルァァァァァッ!!』
路地の角から飛び出してきた巨大な魔獣が、男の子へと襲いかかったのだ。
「ッ!!」
俺は夢中で地面を蹴り、男の子へ突き出された魔獣の剛腕の前に割り込むと、全力で男の子を横へと突き飛ばした。
魔獣の爪が俺の肩口を浅くかすめ、衝撃で俺の身体が石畳へと叩きつけられる。
「う、ぐっ……!」
激痛に顔を歪めながら見上げると、獲物を取り逃がした魔獣が、ギロリと血走った瞳を俺へと向けた。
完全に、俺が次の『獲物』として認定されたのがわかった。
ガタガタと震える膝に力を込め、背後の男の子と町民たちに向かって叫んだ。
「早く逃げろォッ!! ここは俺が食い止めるから、早くっ!!」
情けないまま終わるな。他人に言った言葉が、今度は俺自身の背中を支えていた。
魔獣が大きく口を開き、よだれを垂らしながら俺の首筋へと飛びかかる。
もう逃げられない。ぎゅっと目を閉じて死を覚悟した。
——ふわりと一陣の風が俺の肌をなでる。
いつまで経っても衝撃は来ない。代わりに聞こえたのは、何かが鋭く切り裂かれる澄んだ音と、ドサリと重い塊が崩れ落ちる音だけ。
「かっこいいじゃん、少年!」
頭上から降ってきた涼やかな声に、俺は恐る恐る目を開けた。
「ただ、最後に目を瞑るのは減点。男の子なら最後まで目を開いて足掻きなさい」
目の前では、俺を食い殺そうとしていたはずの魔獣が絶命している。
そして俺の前には、二振りの剣を手にした、小柄で凛々しい人物が立っていた。
スラリとした無駄のない体躯。その人物は血糊のひと雫すらついていない双剣を華麗に鞘へと収めると、腰を抜かす俺に振り返り、パチンと爽やかなウインクを投げてくれた。
まるで物語の英雄みたいに綺麗で、かっこいい人。
俺は感動で胸がいっぱいになり、涙声で精一杯の感謝を叫んだ。
「あ、ありがとう、お兄さん!!」
――ゴツンッ!!
「!?!?」
目にもとまらぬ速さで振り下ろされた拳が、俺の脳天に今日二発目となる特大のゲンコツを叩き込んだ。
「お兄さんじゃなくて、『お姉さん』よ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすと、「もうっ、むかつく!」と吐き捨てながら、風のような速さで次の路地へと飛び込んでいった。
俺は二個のたんこぶが並んだ頭を両手で押さえながら、石畳に突っ伏したのだった。
————
崩落した土塁の跡地。
「あ……あ、ああ……っ」
根元からバッサリと斬り飛ばされた自らの右肩を押さえ、『魔人』イルは信じられないものを見る目で地面に転がる右腕を見つめていた。
ポタポタと赤い血が石畳を濡らす。その前に立ちはだかる青年――アークは、白銀の剣を構えたまま静かに魔人を見据えていた。
「た、助かったー! いやー、愛してるぜアーク!」
「黙ってろ、ゼン。気が抜ける」
アークが肩越しに窘めた、次の瞬間だった。
「……なんで……どうして……っ」
うつむいていたイルの口から、地の底から這い出るような、呪詛めいた呻き声が漏れ出した。
「なんで、人間ごときに……私の腕が……っ。ふざけるな、ふざけるなよぉ……っ!」
イルがゆっくりと顔を上げる。その美しい顔は醜悪な怒りに引き攣り、血走った瞳がアークを射抜いた。
「なめるなよ、下等生物がぁ……っ!!」
「残念だが、お前の相手はただの人間じゃない」
殺気を膨れ上がらせる魔人を前に、アークは一歩も引かず、真っ直ぐに剣先を突きつけた。
「俺は『勇者』だからな!」
その言葉が放たれると同時に――イルの顔から、怒り以外の全てが吹き飛んだ。
「————っざけるなぁあああああああっ!!」
鼓膜が破れそうなほどの金切り声。イルの全身からどす黒い魔力が噴火のように噴き上がり、周囲の石畳がミシミシと音を立てて砕け散る。
「偽物のくせに!! お前なんか偽物のくせに!! 勇者なんか偽物のくせにぃぃぃっ!!」
狂乱したように同じ言葉を泣き叫びながら、イルが地面を蹴った。
石畳が爆ぜ、片腕を失っているとは思えぬほどの神速でアークの懐へと肉薄する。残された左腕の爪が、凶悪な黒光を纏ってアークの心臓を抉り抜こうと突き出された。
「くっ……!」
アークが咄嗟に交差させた白銀の剣と魔人の爪が激突し、凄まじい火花と衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
「死ねっ! 死ね死ね死ねっ! まがい物まがい物まがい物! いい気になるなぁっ!!」
イルの連撃が嵐のように降り注ぐ。一撃ごとに大気が爆ぜ、アークの足元の地面が深く抉れていく。憎悪と狂気に突き動かされた魔人の猛攻は、見る者の魂すら凍りつかせるほどの暴威だった。
生きるか死ぬか。その極限の死闘のど真ん中。
「いけーっ! がんばれー、アークー! そこだ、気合いで押し返せー!」
すぐ後ろの安全な瓦礫の上から、両手を口に当てたゼンの、あまりにも呑気な応援コールが響き渡った。
なお、支援効果はゼロである。
だが次の刹那、アークの全身から眩い白銀の闘気が迸り、イルの凶爪を力任せに弾き飛ばした。
「なっ……!?」
「——おおおおおおおっ!!」
大きく体勢を崩したイルの懐へ、アークが踏み込む。
白銀の剣が閃光となり、横一文字に空間を薙いだ。
「あ——」
一拍遅れて衝撃が突き抜け、イルの身体が後方へと吹き飛ばされる。
石畳に転がった彼女の視線の先には、なぜか自分の下半身だけがぽつんと立っていた。
「……偽物なんかに……私、偽物なんかに……! 嫌だ、……嫌だ嫌だ嫌だ。まだ死にたくない。……まだ、殺したり……ない。……ま……ままぁ、ぱぱぁ。痛いよぉ……」
やがて、魔人イルはピクリとも動かなくなった。
「…………」
血だまりの中で事切れた魔人を見下ろし、アークは静かに目を伏せ、小さく何かを呟く。
戦場に、重くしんみりとした余韻が落ちかけた、その背中に。
「信じてたー! 俺、最初から信じてたよー!」
「うわっ!? 抱き着くな! 頬ずりすんな! 気持ち悪い!」
空気を一切読まない無職の遊び人が、全力でダイブをかましたのだった。
次回!
『クリス! 金貸して!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




