第20話 一番沸点が低いのはベル
――遡ること、一日前の昼下がり。
「……あいつが足手まといだったのは、間違いない。だが……」
岩山の休憩所で、俺――アークは地面の小石を睨みつけたまま、胸の奥に引っかかった『違和感』の正体を探っていた。
ゼンが抜けてから、旅は恐ろしいほど順調だ。襲いかかってくる斥候や小部隊どころか、本隊ですらディアナが加わったことで危なげなく粉砕できている。
「なあ、ベル、クリス」
俺は顔を上げ、荷物を下ろしていた二人に問いかけた。
「ゼンがいた頃って、もっとこう……予想外の遭遇戦がしょっちゅう起きなかったか?」
「うん、あったねー。なんでか知らないけど、ゼンくんに先頭を歩かせたら『三歩でエンカウント!』みたいな?」
ベルがのんびりと三本指を立てると、クリスも深く頷いた。
「そうそう。なぜかあいつが向かった方角に限って、魔軍の別動隊が潜伏してたりね」
これまでの俺たちの日常に、ディアナが呆れたように眉をひそめる。
「なんだ、その疫病神は……」
あいつと一緒にいると、いつも想定外のトラブルに巻き込まれ、そのたびに俺たちは死に物狂いで敵の部隊を殲滅してきた。
だが、ゼンを置いてアトスを出発してからというもの、そういった『予想外の遭遇戦』がピタリとなくなったのだ。
「……じゃあ、俺たちがいつも掃討していたはずの敵は、どこへ消えたんだ?」
魔軍の勢力はこれから増えていくはずだ。だというのに、なぜ遭遇する敵が減っている?
「まさか……すれ違った、というのか?」
ディアナが険しい顔で立ち上がった。
「私たちとは別ルートの魔軍が、このまま背後へ抜けたとすれば――」
背筋が凍りついた。
俺たちの背後にあるのは、あの戦力外の遊び人(疫病神)を置いてきた町だ。
「引き返すぞ! 今すぐだ! 『アトスの町』が危ない!!」
――――
全速力で街道を駆け戻り、アトスの町を望む丘の上へ飛び出した俺たちは、眼下の光景に目を疑った。
荒らされた田畑。無残に崩れ落ちた城壁。そして、破壊された城門の入り口付近に、おびただしい数の魔獣が黒山のように溜まっていたのだ。
「――ッ!」
ベルが即座に目の色を変え、杖を掲げる。膨大な魔力を収束させ始め、大気がビリビリと震え、灼熱の火球が今にも形成されようとした。
「ベル、待て! それを撃つな!」
「……?」
なぜ止めるのか、と言わんばかりの表情でベルが振り返る。
「周りを見ろ、あの辺りは全部畑だ! お前の特大火力で焼き払ったら、向こう数年、作物が育たなくなる!」
俺が叫ぶと、ベルは「あ、そっかぁ」と納得したように頷き、杖の先に集めていた炎の魔力をあっさりと霧散させた。そして、いつもの柔らかな笑顔で地面へと杖の石突を突き立てる。
「じゃあ、土魔法にするね。――畑の肥やしになーれ」
ベルの明るくも冷たい声とともに、魔獣たちが密集する大地が生き物のように大きくうねった。
地面が巨大なすり鉢状に陥没し、立ち上った無数の土の槍と濁流が、魔獣の群れを一気に飲み込んですり潰す。
『グギャアアアアアッ!?』
一撃でパニックに陥った魔獣たちが、四方へと散り始めた。
「ディアナ! クリス!」
「応ッ!!」
俺の合図と同時に、ディアナが砲弾のような勢いで斜面を駆け下りた。
「邪魔だァッ!!」
彼女が大剣を一振りするたび、巨躯を誇る魔獣たちが紙くずのように宙を舞う。圧倒的な膂力と突破力で、群れのど真ん中に強引な風穴がこじ開けられた。
「統率個体は私が貰うわね」
ディアナが作った混乱の渦へ、音もなく滑り込んだクリスの双剣が閃く。状況を立て直そうと咆哮を上げていた『魔獣将』たちの首が、何が起きたかも理解できないまま次々と宙へ跳ね飛んでいった。
ベルが魔法で散らし、前衛が掻き回し、クリスが指揮官の首を刈り取る。
幾度となく繰り返してきた連携で、城壁の外に溜まっていた魔獣の群れは瞬く間に瓦解した。
「このまま町の中へ入り込んだ魔獣を掃討する!」
俺たちは崩落した城壁の瓦礫を飛び越え、市街地へと足を踏み入れる。
だが、瓦礫の隙間からは、まだ外で生き残っていた魔獣たちが後を追うように這い上がってこようとしていた。
「外からのおかわりは、ここでシャットアウトしておくねー」
しんがりを走るベルがくるりと振り返り、崩れた城壁へ向けて杖を振るう。
途端、大気が凍結し、巨大な氷壁が隆起する。分厚い氷の塊が崩落した城門を隙間なく埋め尽くし、外からの侵攻ルートを完全に塞ぎ切った。
「よし、手分けして町の中の魔獣を潰すぞ!」
「了解。私は右の区画から片付けていくわ」
「ならば私は左から回ろう! 一匹残らず叩き潰してくれる!」
クリスが音もなく右手の路地へと駆け込み、ディアナが大剣を担いで左手の区画へと飛び込んでいく。二人が姿を消すなり、左右の街並みから魔獣たちの断末魔と凄まじい破壊音が次々と立ち昇り始めた。
俺も白銀の剣を抜き放ち、市街地の中心部へと続く大通りを疾走する。
視界に入る魔獣を片っ端から斬り伏せ、前へ前へと押し進んでいた――その時だった。
――ドゴォォォォンッ!
俺の進む前方ではない。なぜか『背後』から、建物を丸ごと粉砕するような爆発音が連続して響き渡ったのだ。
クリスやディアナの向かった方角とはまるで違う。しかもその破壊音は、今しがた俺が通り抜けてきたばかりの場所へ向かって、猛スピードで移動しているようだった。
『アァーーーーークゥーーーーーっ! たぁーーーーすけてぇーーーー!!』
戦場の轟音を突き抜ける、聞き慣れた情けない絶叫が真後ろから響き渡った。
「…………っ! お前、なんで後ろにいるんだよ!?」
土煙が立ち昇る防衛線の跡地からは、魔獣などとは比較にならない禍々しい気配が漂っている。あいつ、やっぱり特大の厄介事を引っ張り出してやがった!
俺は即座に踵を返し、石畳を蹴り砕く勢いで来た道を逆走した。
視線の先、舞い上がる砂塵の向こうで、魔人の狂爪がゼンの首筋へと迫っているのが見える。
「——っさせるかぁ!!」
俺は閃光となって二人の間へと割り込み、白銀の刃を一閃させた。
——キィィィン!
魔人の右腕を根元から斬り飛ばし、着地と同時に助けた男をチラリと見る。
そこには、死の淵にいたはずなのに、いつもと変わらぬ呑気な笑顔で「アーくん、かっこいい!」と手を叩く男の姿があった。
……まったく。お前は、クビになったくらいじゃ何も変わらないな。
次回!
『応援はまかせろー!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




