第19話 ポンポン痛い
「……飽きた」
魔人がぽつりと漏らしたその一言に、俺は思わず白目をむく。
あらま。
ここで飽きちゃいますか。そうですか。
俺は白目のまま、必死に次の一手をひねり出そうと頭をカラカラと回転させる。早いとこ代案を出さないとたぶん死ぬ。
わざわざ「飽きた」と口に出した時点で、まだ口八丁の道は残されているはずだ。問答無用で殺す気なら、とっくに俺の首は飛んでいる。
ただ、ここで対応を一つでもミスれば、その瞬間にゲームオーバーだ。それだけは間違いない。
読め! 魔人の心理を読め!
こいつは、ただ回るだけのコマを五分間待った。つまり、こちらの話に乗る気はある。
だが、待ち時間が長いから「飽きた」と俺に告げたのだ。
おっと、ここで心の中のちっちゃいゼンさんたちが、葬式会場のど真ん中で突如ブレイクダンス大会を始めたぞ!
つまりだ! これまでの遊びのルールから逸脱しないよう、新たな提案をするべきなのだ!
ちっちゃいゼンさんたちも飽きるのはええよ!
――ここまで、思考時間わずか0.01秒。
「しかたないなー。じゃあ、こっちでどうだ?」
俺は余裕の笑みを張り付けたまま、懐へと手を突っ込み探る。
何がある!? 何でもいいから何かあってくれ!
祈るような気持ちで動かした指先に、硬い何かが当たった。
引っ張り出したのは広場で作った『竹とんぼ(木製)』である。
…………終わった。
「なにそれぇ?」
魔人が小首を傾げ、手元の木片を覗き込んでくる。
食い付いたーっ!!
「この軸を回せば、空を飛ぶのさ」
「ふぅん? それで、どうするのぉ?」
「ルールは変わんないよ。ただ、コマより時間はかからない」
「飛ばしてからぁ?」
「落ちたら、首の取り合いだ」
俺は立ち上がり、両手のひらで竹とんぼの軸を挟み込むと、空に向かって思いっきり擦り合わせて放った。
ブゥゥゥゥンッ、と風を切って、竹とんぼが真っ直ぐ青空へと飛んでいく。
俺と魔人は並んで立ち、吸い込まれるように高く舞い上がっていくそれを、二人で見上げた。
――――
『たけとんぼ』というのが、くるくると空を飛んでいった。
ずいぶんと高くまで飛んでいったけど、人間の目にちゃんと見えてるのかなぁ?
あ、上昇が終わったみたい。回転が落ちて、ゆっくりと降りてくる。
楽しみだ。楽しみだなぁ。
この男は、どんな風に泣くのかなぁ?
ここまで我慢して待ってあげたんだ。この男を切り刻むのは、とっても気持ちいいだろうなぁ。
ああ、まだ。まだ我慢だよぉ。
竹とんぼが落ちるまで、あと数メートル。
……2。
……1。
……0。
カラン、と乾いた音を立てて、竹とんぼが地面に転がった。
私は歓喜の笑顔を浮かべ、勢いよく顔を上げる。
「…………」
男がいた場所には、誰もいなかった。
代わりに、小石で重しをされた一枚の書き置きがポツンと残されている。
【おなか痛いからトイレ行ってきます】
「……………………」
笑顔のまま凍りついた私は、ギギ、と首だけを後ろの魔獣たちへと巡らせた。
「……ねぇ。なんで誰も、なにも言わないのかなぁ? どっちに行った?」
魔獣将たちがビクッと全身を震わせ、その爪で慌てて市街地の奥を指差す。
「あ、あちらの方です……っ!」
「そう」
私は手近にいた子たちを、手当たり次第に引き千切って処分した。
降り注ぐ青い血の雨の中で、私は口元を手で覆う。
「あはは」
私、……人間なんかに……ふふ。
「あははははははははっ!」
腹の底から、どす黒い熱が沸騰するようにせり上がってくる。
「あああああああああああああああっ!!」
――――
走れゼンさん! 風になれ!
後ろを振り返るな!
なんか後ろの方から魔獣の断末魔や、いやに甲高い雄叫びが聞こえるが、全力で聞こえないふりをしろ!
その甲高い声が猛スピードで近づいているような気がするが、気にするな!
走れ! 風になれ!
「――みーつけたぁ」
すぐ真後ろから、弾むような声が掛けられた。
はやいな! 余裕ぶって書置きなんかするんじゃなかったぁっ!
俺は振り返らず、真横にあった狭い路地へと強引に身を躍らせた。
『グルァァァッ!?』
飛び込んだ先の路地で、うろついていた巨大な魔獣と正面から鉢合わせる。だが、止まれば死ぬ!
「おっと、ごめんよっ!」
俺は勢いを殺さず地面に滑り込み、魔獣の太い両足のど真ん中を、華麗なるスライディング股抜きで突破した。
フハハ! ガキの頃から鬼ごっこで一度も捕まったことのないゼンさんをなめるなよ!
そのまま路地を駆け抜ける俺の背後で、なぜか今すれ違ったばかりの魔獣の断末魔が響き渡る。南無南無。
俺はさらに直角に折れる裏路地へと飛び込み、入り組んだ街をジグザグに駆け抜ける。迷路のような路地裏なら、いくら魔人でもそう簡単には追ってこられないはず――。
ドゴォォォォンッ!!
「……え?」
少し前にある石造りの民家が、爆発したかのように粉々に吹き飛んだ。
舞い上がる粉塵と瓦礫の雨の中から、魔獣の返り血に染まった魔人が、真っ直ぐこちらを見据えたまま歩いて出てくる。
「わーお」
俺は反対側へダッシュした。
だが、後ろから迫る破壊音は止まらない。
分厚いレンガの壁も、頑丈な木造の倉庫も、石畳の塀も、まるで紙細工みたいに一直線にぶち抜きながら、魔人が最短距離で迫ってくる! しかもその進路上にいた魔獣たちが、逃げる間もなく次々と巻き込まれてミンチになっていくおまけ付きだ。
「部下を大事にしてあげてーっ!!」
飛び散る瓦礫を必死に避け、煙に巻かれながら角を曲がり、また曲がり、『至るとこから』立ち上がる魔獣の断末魔を聞きながら、無我夢中で走り続けた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
視界が開けた場所へ飛び出した俺は、ついに限界を迎えて膝に手をついた。
肺が焼き切れそうに熱い。足が痙攣を始めた。もう一歩も走れない。
ゼェ、ゼェと荒い息を吐きながら顔を上げ、目の前の光景に目を剥いた。
そこは、ぽっかりと巨大な風穴が空いた土塁の跡地。
……ぐるっと町を一周して、最初の地点に戻ってきちゃった。
カツン、と背後の石畳に足音が響く。
振り返ると、そこには全身に返り血と砂塵を浴びた魔人が立っていた。
顔からは先ほどまでの無邪気な笑みが完全に消え失せている。こめかみには不気味な青筋が浮き上がり、大きく見開かれた瞳の奥で赤い瞳孔がギラギラと狂気的に揺れていた。
あ、これ完全にブチ切れてるわ。口八丁じゃもう無理だな。
一歩、また一歩と、死がこちらへ歩み寄ってくる。
俺は荒い息を整えると、ニッと不敵に口の端を吊り上げた。
最後の手段はまだあるのさ——
俺は胸いっぱいに、深く、深ぁく息を吸い込む。
「アァーーーーークゥーーーーーっ! たぁーーーーすけてぇーーーー!!」
天を仰ぎ、喉が裂けんばかりの大声での絶叫。
「…………ぷっ」
ピタリと足を止めた魔人の喉から、思わずといった様子で噴き出す音が漏れる。
命乞いでも奥義でもなく、まさかの全力の他力本願。あまりの見苦しさに、さすがのブチ切れ魔人も怒りを通り越して笑いがこみ上げてきたらしい。
「あははっ! なにそれ、最高にみっともないねぇ! さあ、死のうかぁ」
魔人が愉悦に顔を歪め、スッと右腕を持ち上げる。
もうちょっと余韻があってもよくない?
「……なあ。さっきから、魔獣の断末魔が多くね?」
「んー? 君を追いかけるのに、邪魔な子が多かったからねぇ」
お、話が出来た。ちょっと冷静になってる? 笑うって大事。はっきりわかんだね。
「いや、違う。俺が言っているのは、お前さんがぶち殺した分じゃないよ」
さっきから、町のあちこちで響いている凄まじい轟音。
――このデタラメな殲滅速度には、聞き覚えがありすぎた。
魔人が地面を蹴った。
瞬きする間もない神速で間合いが詰まり、魔獣の首を紙くずのようにもぎ取ったあの細い腕が、俺の首を刈り取ろうと迫る。
死の風が頬を撫でた、その瞬間。
「お、さすが! 超いいタイミング!」
俺は最高の笑顔で、そう呟いた。
——キィィィン!
大気を震わせる澄んだ金属音よりも速く、目が眩むような白銀の閃光が瞬く。
宙を舞ったのは俺の首ではない。
赤い血しぶきを撒き散らしながら、根元からバッサリと斬り飛ばされた『魔人の右腕』だった。
「……え?」
魔人が自分の失われた右肩を見つめ、ぽかんと口を開ける。
一拍遅れて、激痛と信じがたい現実にその顔が驚愕へと染め上げられた。
「な、なぜ、なんで、どうしてっ、あああああああああああっ!?」
耳を劈く絶叫を上げて後ずさる魔人と、へたり込む俺との間。
舞い上がる砂塵を切り裂き、一人の青年が静かに立ちはだかっていた。
白銀の輝きを纏う剣を片手に下げた、見慣れた頼もしい背中。
彼は振り返らずに言い放つ。
「ここで間に合うから、俺は『勇者』と呼ばれている!」
「アーくん、かっこいい!」
次回!
『一番沸点が低いのはベル』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




