第18話 誰か何とかして
土壁の跡地。
人間たちがみーんな尻尾を巻いて逃げ出しちゃって、ここには私と、勇者パーティーの男だけが残されていた。
私はゆっくり歩み寄り、お決まりの挨拶を投げかける。
「ねぇ、遊ぼぉ?」
まずは手足を引き千切って、ぐちゃぐちゃに泣き叫ぶ顔を見て楽しもう。
「お? いいぜ、遊ぼう! で、何して遊ぶ?」
「…………んー?」
ピタリ、と私の足が止まった。あんまりにもノリよく、満面の笑顔で聞き返してくるではないか。
私は小首を傾げ、にっこり笑って提案してあげる。
「うーん、そうだねぇ……じゃあ、君の首をもいでからのお手玉なんてどうかなぁ?」
どんな顔を見せてくれるのかワクワクしながら覗き込んだのに、男は眉毛ひとつ動かさない。
「いやー、それだと俺が参加できないし、一人でお手玉しててもすぐ飽きてつまんないからダメだな! せっかくなら、もっと二人で盛り上がれるやつにしようぜ」
男はそう言って懐に手を入れると、武器でも魔道具でもない、木のおもちゃをヒョイと取り出して見せた。
「ほら、この『コマ』とかどうよ?」
「……コマぁ?」
私が目をぱちくりさせていると、男は笑顔を消し、やけに真剣な目つきでその木のおもちゃを構えた。
「今からこれを回す。んで回転が止まってから、……相手の首を取ったほうが勝ち」
シュッ、と男が紐を引っ張る。
地面に落ちた小さな『コマ』が、砂ぼこりを弾き飛ばしながら、シュルシュルと音を立てて勢いよく回り始めた。
――――
一人、魔人を抑えるゼン殿を背に、我々アトス騎士団は市街地へと雪崩れ込んだ魔獣の群れを追い、大通りを疾走していた。
「らァッ! 片っ端から斬り伏せろォッ!!」
私は群がる魔獣の首を大上段から叩き斬り、血煙の中で周囲の兵士たちへ檄を飛ばす。
前線を放棄しての撤退戦だというのに、騎士たちの士気はかつてないほど高まっていた。誰もがあの背中の勝利を確信しているからだ。
だが、隣で魔獣を斬り伏せたグレイスが、ふと不安げに後方を振り返った。
「団長……。その、いまさらですが、相手は魔王軍の『魔人』です。ゼン様お一人にすべてを押し付けてしまって、本当に大丈夫だったのでしょうか……?」
珍しく弱気な声を上げる副団長に、私は呆れて鼻を鳴らす。そのまま横合いから飛びかかってきた魔獣を、一太刀で袈裟懸けに両断した。
「お前、見ていなかったのか?」
「え……?」
目を瞬かせるグレイスに、私は先ほど土塁で目撃した『あの光景』を告げる。
「あの方、魔人を見た瞬間……笑っていた」
「……っ!」
私の言葉を聞いた瞬間、グレイスの肩が激しく震えた。
「それに、後ろから来る魔獣も目に見えて減っている」
分厚いおしろいの奥で、彼女の瞳がさらなる熱を帯びていくのがわかる。
やれやれ。戦場のど真ん中だというのに……。
私は剣の血糊を振い落とし、騎士団長としてではなく、一人の『父親』としての本音をぽつりと漏らした。
「……まったく。お前があの方と……いや、子種を貰うだけでもできれば、我がアトス・ランカスター家は末代まで安泰なんだがな」
「ち、父上!? ……あ! いや、団長! せ、戦場で何を仰いますか!!」
裏返った声を上げて慌てて呼び直し、照れまくる我が娘。
……もっとも、その『白塗り妖怪メイク』のせいで、頬が染まっているのかどうかはさっぱりわからんのだが、少なくとも耳は真っ赤になっている。
「はぁ……」
正面から突っ込んできた魔獣の脳天を一閃でかち割り、私は深く息を吐いて空を仰いだ。
男手一つで育てた弊害だな。こりゃ、私が孫の顔を見られる日は、ずいぶんと遠そうだ。
――――
市街地の中央通り。
「おいおい、いきなり敵さん増えすぎだろ! 前線はもう抜かれたのかよ!?」
群がる魔獣の胴体を大剣で豪快に薙ぎ払い、俺――『Bランク冒険者』のジャンは忌々しげに唾を吐いた。
「騎士団のくせに情けねえなぁ! 普段から高い税金取ってんなら、こういう時くらいきっちり仕事しろってんだ!」
背中で戦う革鎧のフロンと、鉄手甲のマレーへ軽口を飛ばす。
だが、俺の額にはじっとりと嫌な汗が滲んでいた。
さっきのクソガキから装備を取り戻し、意気揚々と飛び出してきたまではよかった。だが数分前から、この通りへ溢れ出す魔獣の数が桁違いに跳ね上がっているのだ。
「うわあああっ!?」
すぐ近くで槍を構えていた自警団の若造が、魔獣の剛腕に弾き飛ばされて石畳を転がった。
訓練された騎士団ならまだしも、素人に毛が生えた程度の自警団じゃ、凶暴な魔獣の群れに押し潰されるのも無理はねえ。
無防備な若造の背中へ魔獣の牙が迫る。
「どけやァッ!!」
俺は地面を蹴って強引に割って入り、大剣を下から豪快に掬い上げた。
ドス黒い血しぶきが舞い、真っ二つに裂けた魔獣の巨体が左右へ転がり落ちる。
「は、はぁっ……あ、ありがとうござい――」
「さっさと立て! 死ぬには早えぞっ!」
腰を抜かして礼を言いかける若造を、俺は怒鳴りつけて遮った。
「どうせ死ぬなら、もっと魔獣を殺してから死ね! 突っ立ってるだけだと食われるだけだ!」
そのまま大剣を肩に担ぎ直し、背後で魔獣を殴り飛ばしている仲間二人へ怒号を飛ばす。
「フロン、マレー! お前らは他の雑魚どものフォローをしてやれ! この通りは、俺一人で十分だ!」
「へっ、言うじゃねえかジャン! 死ぬんじゃねえぞ!」
「任せとけ!」
フロンとマレーはニヤリと笑い、自警団の連中が孤立している路地へと飛び出していく。
俺一人が残った大通りへ、血の匂いに引き寄せられた魔獣の群れが次から次へと雪崩れ込んでくる。
数は十や二十じゃきかない。
だが、不思議と足は震えなかった。
『かっこ悪いままでもいいけど……情けないまま終わるなよ!!』
脳裏に、あのクソガキが叫んだ言葉が反響する。
俺は凶悪に口の端を吊り上げ、大剣の柄をギリッと強く握り直した。
「……はは、素敵な呪いをありがとよ、クソガキ!」
――――
……さて。
最初は『首をもいでお手玉』なんて物騒すぎる遊びを提案されたから、ダメ元で却下してみたのだが、……まさか通るとは思わなかった。言ってみるもんだ。
心のちっちゃいゼンさんたちも、泣きながら進めていた『本体の葬式準備』を一旦ストップし、中止にするかどうか話し合い始めた。
「ふふっ、面白いおもちゃ持ってるねぇ」
魔人がしゃがみ込み、ニコニコと笑いながら俺を見上げてきた。
「じゃあ止まるまでの間、首以外の場所をちぎって遊んでよっと!」
「待て待て待て! 今は観賞の時間だから!」
「えー? ケチンボぉ」
危うく生きたままダルマにされかけた。
心のちっちゃいゼンさんたちが『中止の撤回』を即決し、白黒の幕を猛スピードで張っていく。
そうして、『心の中の葬式会場』の設営が始まってから、すでに五分が経過した。
俺と魔人の間では、広場で作った『ゼンさん謹製・めっちゃ回るコマVerⅡ』がシュルシュルと軽快に回り続けている。
芯のバランスは完璧。軽く三十分は回り続ける計算だ。その間に騎士団のおっさんたちが魔獣を駆逐し、とんぼ返りで助けに戻ってきてくれることを願うばかりである。
うん、わかってる! 三十分って短いよね!
その間にも、市街地へ雪崩れ込もうとしていた外の魔獣たちは、コマを囲んで睨み合う魔人と俺の謎の空気にビビり散らし、俺たちのすぐ横をソロリ、ソロリ……と、遠慮がちな足取りで通り抜けていく。
おかげで、崩れた土塁の向こう側はいまだに魔獣の大渋滞が起きていた。
いや、部下にビビられすぎじゃね、君?
そんな中、すぐ横を通りかかった魔獣の一匹が、しゃがみ込む俺とバチッと目を合わせ、威嚇するように低く喉を鳴らした。どこにでも空気の読めない奴っているもんだな。
直後、ブチッと鈍い音が響き、そいつの首が呆気なく宙へ飛ぶ。
「ダメだよぉ、それは私のなんだからぁ」
魔人は笑みを浮かべ、再びコマへと視線を戻した。
【悲報】今の魔獣の死因『空気が読めなかった』の件について。……そら、部下も縮こまるわ。
おっと、ここで心の中の葬式会場に変化が!? ちっちゃい坊主のゼンさんが到着したようだ!
……早い早い早い! まだだ! まだゼンさんは終わらんよ! あと二十五分は回るんだから!
頼む、このまま永遠に回り続けてくれ……っ!
俺が必死に祈りを捧げていた、その時だ。
ずっとコマを見つめていた魔人が、ふっと顔を上げ――。
「……飽きた」
心の中で、ちっちゃい坊主のゼンさんが、静かにお経を読み始めた。
次回!
『おなか痛い』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




