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第17話 ボーイミーツガール

「団長! もう持ちません!」

「うろたえるなっ! 覚悟を決めよっ!!」


 土塁が今にも崩壊しそうな悲鳴を上げていた。

 死体の山を足場にして駆け上がってくる魔獣の群れ。

 ここが抜かれるのも時間の問題だと、我々アトス騎士団の誰もが死を覚悟し、剣を握り直した――しかし。


 あれほど狂乱したように土塁へと肉体を叩きつけていた魔獣たちの突撃が、まるで糸が切れたかのように突然止まったのだ。


「……なんだ?」

「どうした、奴ら急に動きを止めたぞ……?」


 最前線で剣を振るっていた兵士たちが、困惑して顔を見合わせる。

 私も眉をひそめ、土塁の向こう側、黒々と蠢く魔獣の群れを見下ろした。


 奇妙な光景だった。


 血の匂いに狂い、生命の本能すら捨てて突撃してきていたはずの獣たちが、何かに怯えるように身を縮こまらせている。


 直後。


 前触れもなく、鼓膜を突き破るような凄まじい爆音が轟いた。

 攻撃魔法ではない。分厚く盛り上げた土塁そのものが、内側から『破裂』したかのような猛烈な轟音と衝撃。


 巨大な土塊と木材の破片が散弾のように飛び散り、土塁の上の騎士たちが木の葉のように吹き飛ばされた。


「ぐっ……! な、何が起きた……!?」


 地面に叩きつけられた私は、痛む身体を強引に起こし、剣を杖にして立ち上がる。


 もうもうと立ち込める砂塵の向こう。

 無惨に吹き飛び、ぽっかりと巨大な風穴が空いた土塁の中心から、ゆっくりと煙が晴れていく。


 そこに、女が一人立っていた。


 戦場には到底似つかわしくない、華奢で美しい女だ。


 だが、その女が一歩前へと足を踏み出すたび、周囲を埋め尽くしていた獰猛な魔獣たちが、頭を地面にこすりつけるようにして平伏し、左右へと道を開けていくではないか。


「……ま、魔人……っ」


 誰かが、震える声でそう呟いた。


 ただその一言だけで、先ほどまで兵士たちの胸に燃え上がっていた決死の覚悟が、跡形もなく霧散していくのがわかった。


 魔将などとは次元が違う、魔王軍の幹部たる絶対的強者。


 圧倒的な死の気配に、騎士たちの顔が絶望と恐怖に塗り潰されていく。

 私もまた、全身を縛りつけるような悪寒に指先一つ動かせないでいた。


 終わりだ。魔人が直接出てきたとなれば、もはや時間稼ぎすら叶わない。

 誰もがそう諦めた――



「いやー、お待たせー」



 だが、張り詰めた死の空気を壊すように、背後から場違いなほど明るい声が響き渡る。


 砂塵の舞う大通りの向こうから、伝令の騎士を伴い、ひらひらと片手を上げながら歩いてくる一人の男の姿。


「ゼン……殿……!」


 その姿を見た瞬間、恐怖に凍りついていた騎士たちの瞳に、再び強い熱が宿った。


 ――ああ、なんとも情けない。魔人という圧倒的な暴威を前に、私はすっかり呑まれていたらしい。奴らに魔人がいるように、我らにはこの方がついているではないか!


『勇者パーティーのゼン』。

『ミステリアスのゼン』。

 そして、英雄たちを育て上げた『導き手のゼン』。


 数々の輝かしい異名を持つ最高峰の冒険者が、最悪の死神が降り立ったこの戦場に、特大の希望として駆けつけてくれたのだ。


 ――――


 魔獣たちの足止めになってた土の壁を壊してあげると、向こう側にいた人間たちがゴミみたいに吹き飛んでいった。


「んー?」


 砂ぼこりが晴れた先で、人間たちがガタガタ震えているのを眺めていると、その奥から歩いてきた一人の男に目が留まる。


 あれー? どこかで見た顔だなぁ。

 小首を傾げて、記憶の引き出しをひっくり返す。

 えーっと、どこだっけ? ……ああ、そうだ!


 確か、あいつ『勇者パーティー』にいた男だよねぇ?


「……っふふ」


 思わず、笑いがこみ上げてきた。


「あははははっ!」


 なんだそれ。勇者パーティーが私たちの前線基地に近づいているって聞いてたのに、なんでこんな町にメンバーが落っこちてるの?


 ただの暇つぶしのお散歩だったのに、いい拾い物したなぁ。ここでこいつをぶち殺して首を持って帰ったら、どんな顔するんだろう?


 楽しいことになりそうだと唇を舐めた私は、ふと周囲を見渡し笑顔を消した。


 ……まあそれは、あとのお楽しみにするとしてさぁ。

 私の後ろにいるこの獣たちは、なんでさっきから一歩も動かないのかなぁ?


「ねえ、道が出来たよぉ?」


 私が振り返ってにっこりと微笑みかけると、地面に伏せていた魔獣将と魔獣たちがビクッと全身を跳ねさせ、慌てたように咆哮を上げて再び人間たちの町へと雪崩れ込み始めた。


「もう、ほんっとダメダメな子しかいないなぁ? 帰ったら全部廃棄処分だね?」


 自分の横を猛スピードで駆け抜けていく魔獣の群れを見送りながら、私は正面に立つ勇者パーティーの男へと、再び視線を戻した。


 ――――


 オッス、俺ゼンさん!


 伝令の騎士に肩を鷲掴みにされ、半ば引きずられるようにして連れてこられた最前線。


 ここまで来たからには仕方ない。華麗な命乞いを見せてやんよ!


 適当に「お待たせー」なんて挨拶しながら顔を出せば、目の前の分厚い土塁にはパカッと巨大な風穴が空いていた。


 あらま、もう抜かれてんの!?


 さらに、その風穴のど真ん中に突っ立つ女の姿が目に入る。


「…………」


 あれ『魔人』じゃねえか!!


 魔将しかいないって昨日言ってたじゃん!? 誰だよそんなこと言った嘘つきは!


 俺は滝のような冷や汗を流しながら、必死に視線だけを動かして周囲を確認する。


 ……ん?


 魔獣はウジャウジャいるが、魔人はあいつ『一人』だけか?


 それに気付いた時、ゼンさんの黄金の頭脳がカラカラといい音を立てて回りだす。


 相手は魔人だが、決して無敵というわけではない。


 ここにいるのは、誇り高きアトス騎士団と、兵士いっぱい。さらには腕っぷしはありそうな冒険者たち。


 しかも、しかもだ。壊れた土塁から雑魚の魔獣どもが勝手に市街地の方へ散っていってくれている。


 つまり! 今ここで騎士団のおっさんたち全員が一斉に突撃して、数の暴力で袋叩きにしてくれれば、ワンチャン勝てるんじゃね!?


「…………」


 思わず顔に笑みがこぼれる。

 フハハハハハ! 華麗な命乞いを見せるのは止めだ!


 よし、そうと決まれば俺のやるべきことは一つだ!


 一歩後ろへ下がり、大きく息を吸い込む。


 後方からの全力応援なら任せろ! 俺の『がんばれー』でみんなの士気を爆上げしてやるぜ!


 何を隠そう勇者パーティーの戦闘も、俺の『がんばれー』で何とかなっていた一面があったかもしれないしな!


「ゼン殿っ!!」


 俺が応援ポーズを取ろうとした瞬間、血だらけの騎士団長のおっさんが、感極まったような顔で俺へと向き直った。


「……ここは、お任せいたします!!」

「……え? 何を?」


 俺がポカンと聞き返す間もなく、団長のおっさんはクルリと魔人に背を向け、市街地へとなだれ込んでいく魔獣の群れに向かって剣を高く突き上げた。


「総員、剣を持て! ここはゼン殿が抑えてくださる! 我らはこれより後退し、町に入り込んだ獣どもを一匹残らず駆逐するぞォッ!!」


『おおおおおおおおおおおっ!!』


 団長の号令とともに、それまで恐怖に震えていた騎士たちが奮い立ち、怒涛の勢いで俺の横をすり抜けて市街地の方へと走り去っていく。


「ゼン様っ!ご武運をォッ!!」


 すれ違いざまに、白塗り妖怪までもがキラキラした目で敬礼を残し、部下を引き連れて猛ダッシュで去っていった。


 待てーい! 妖怪って魔人の親戚みたいなもんだろ!? 何とかしてくれよっ! 一人にしないでぇっ!


 そんな願いもむなしく、ひとりぼっちになるのにわずか十数秒。


 崩れた土塁の周りには、無職の遊び人と、不気味にニコニコと笑う魔人だけが取り残されていた。


 二人の間に風が吹き抜け、砂塵が舞い上がる。


 え?


 雑魚の相手は騎士団でやる。

 けど、一番ヤバい仕事を、無職に丸投げ? それは無責任すぎん?


 目の前の魔人が、残忍な笑みを浮かべて、一歩、こちらへと足を踏み出した。


 俺の心の中で、ちっちゃいゼンさんたちが、泣きながら喪服に着替え始める。




「……はぁ、しょうがないか」






 次回!

『誰か何とかして』


 ※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。


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