第15話 ヘルプ オンリー ミー!!
最前線から獣の咆哮と兵士たちの怒号が響き渡る。
城壁を爆破し、放棄してから数刻。
戦いの場は、市街地の手前に築かれた『臨時防衛線』へと移っていた。
昨日、ゼンの策によって初日の防衛戦を最小限の被害で凌ぎ切ったこと。あそこで稼ぎ出した『一日の猶予』は、間違いなく我々人間側に有利に働いていた。
もし初日で城壁が抜かれていれば、市街地はなす術もなく蹂躙されていただろう。
丸一日の時間があったおかげで、城壁の内側に大規模な防衛線を構築することができたのだ。
非戦闘員のうち、土木や建築など肉体労働を生業とする屈強な町民たちが総力を挙げ、夜通しで地面を掘り進めて造り上げた巨大な『塹壕』。
ただ地面に穴を掘っただけではない。
敵が押し寄せる城壁側からなだらかに斜めに掘り下げ、掘り返した大量の土砂をこちらの内側へと垂直に高く盛り上げたのだ。さらに周辺の建物を計画的に破壊し、その木材や石材を土塁に組み込むことで、即席とは思えぬほど堅牢で高い防壁を張り巡らせていた。
そして、なだらかに下る斜面の底には、先端を鋭く尖らせた無数の木製スパイクが、隙間なくびっしりと突き立てられている。
『グギャアアアアアッ!!』
崩落した城壁の残骸に足を取られながらも、勢い任せに突っ込んできた魔獣たちが、なだらかな斜面を滑り落ちるようにして底のスパイクへと自ら突き刺さっていく。
「よし、効いているぞ!近づく魔獣から確実に仕留めろ!」
高い土塁の上から、兵士たちが槍を突き出し、矢を放つ。
城壁の瓦礫が魔軍の進軍速度を鈍らせ、この塹壕が奴らの突撃力を殺している。
だが。
「だ、団長!鉄の矢が、もう底を尽きそうです!」
後方から上がった悲痛な報告に、私は奥歯を噛み締めた。
昨日から続く激戦で、備蓄していた鉄製の弓矢はすでに心もとない数になっている。
木の矢では、魔獣の分厚い毛皮を貫くには威力が足りない。
さらに、戦況を悪化させていたのは敵の異常なまでの『狂気』だった。
魔獣たちは、目の前で仲間が串刺しになって絶命しようとも一切足を止めない。生存本能すらかなぐり捨てた、狂気の特攻を繰り返していた。
一匹、また一匹と、深い塹壕の底に魔獣の死体が積み重なっていく。
やがて、おびただしい数の死体がスパイクを完全に埋め尽くし――後続の魔獣たちが、仲間の死体の山を『足場』にして土塁を駆け上がり始めたのだ。
『グルオオオオオオッ!!』
「くそっ、押し返せぇっ!」
勢いを殺しきれず、魔獣が驚異的な脚力で跳躍し、垂直に盛り上げた土塁を飛び越えて防衛線の内側へと雪崩れ込んでくる。一匹、二匹と、壁を越えてくる魔獣の数が目に見えて増えていった。
じりじりと、しかし確実に、兵士たちの顔に焦りと不安の色が滲み始める。
このままでは、突破されるのも時間の問題だ。
「……伝令!」
私は内側に入り込んだ魔獣の首を刎ね飛ばしながら、後方の兵へ向かって叫んだ。
もはや、切り札を切るしかない。
ちらりと横目に前線を見やれば、今回はさすがにグレイスも「私が行きます!」と割り込んでくる余裕はないようだった。彼女もまた、最前線で泥と返り血にまみれながら、必死に剣を振るって魔獣を斬り伏せている。
……ただ、激しく立ち回るあの『白塗り妖怪顔』が視界の端に入るたび、この極限状態にあってなお、なんとも言えぬ妙な脱力感に襲われるのだけは勘弁してほしい。
心に誓う。騎士団規則に『業務中の化粧は厳禁』の一文を絶対にねじ込んでやる。
私は生き延びた後のことを考え、駆け寄ってきた伝令の兵に命じた。
「中央広場へ走れ!ゼン殿に応援を願うのだ!」
――――
――――
「ほら、よく見とけよー。コマってのは芯のバランスが完璧だったら、ずぅっと回り続けんだぜ!」
城壁の方からドッカンドッカンと物騒な爆発音や地鳴りが響いてくる中、俺は変わらず中央広場でちびっ子たちに囲まれながら、新作『めっちゃ回るコマ』のデモンストレーションを披露していた。
まあ、俺が焦ったところで戦局が良くなるわけでもない。だったら、最後の瞬間まで楽しく遊んで過ごすのが吉ってもんだ。
そんな風に現実から全力で目を背けていた、その時だった。
「伝令――――っ!!」
広場へと続く大通りから、鎧をガチャガチャと鳴らし、血相を変えた騎士のおっさんが猛ダッシュで駆け込んできた。
あ、これアカンやつや。
俺が子どもの背中を盾にして隠れようとするよりも早く、騎士は俺の目の前で急ブレーキをかけ、膝に手をついて荒い息を吐き出した。
「ゼ、ゼン様っ……!はぁ、はぁ……城壁を、突破されました!」
「……お、おう」
「た、ただ! 撤退の際に城壁を破壊したことで、敵の進軍速度を遅らせることはできています! 現在は市街地手前の臨時防衛線にて食い止めておりますが、敵の猛攻が凄まじく……どうか、ゼン様のお力を……っ!」
必死の形相で訴えかける騎士の言葉を聞きながら、俺は遠い青空を見上げた。
「……そっか。城壁、抜かれちゃったか」
短い人生だったな。
いやー、でもいい人生だったよ。考えようによっては無一文なのも幸運か。棺桶に金は持っていけないしな!
俺は周囲で不安そうにざわつき始めた町民や子どもたちを見渡し、パンッと大きく手を叩いた。
「よし、話はわかった! じゃあ、広場のみんなは今すぐ頑丈な建物の中に避難しようか!」
努めて落ち着いた、柔らかい声色を作る。集まる視線の一つ一つをしっかりと受け止め、俺は穏やかに微笑んでみせた。
ざわついていた町民たちの顔から、すっと不安が消えていくのが分かる。
よし、これでパニックにはならんな!
「この町で一番頑丈で安全な避難場所は……」
「団長、……いや領主様が館を開放しております! 民は立て籠もるようにと!」
「なるほど、じゃあみんな、慌てずにそっちへ移動だ! ほら、騎士さん、早くみんなを連れて行ってくれ!」
俺はさも「避難誘導の指揮を執っています」という顔をしながら、さりげなーく立ち位置をずらし、そのまま避難民の列のど真ん中へと、しれっと紛れ込もうとした。
このまま子どもたちと一緒に領主の館の地下室あたりに引きこもり、援軍が来ることを願って最後まで震えて過ごそう。完璧な作戦だ。
抜き足差し足で町民の群れに同化しかけた俺の肩を、鉄のガントレットをつけた硬い手が掴む。痛い痛い。
「迅速なご指示ありがとうございます! 住民の避難誘導は別動隊に任せますので、ゼン様はこちらへお願いします!」
振り返ると、伝令の騎士がキラキラと輝く瞳で、前線へと続く大通りをビシッと指差していた。
うん、すぐばれた。
「……だよねー」
俺は笑いをこぼし、まだクルクルと元気に回り続けている木製のコマに、心の中でそっと別れを告げたのだった。
次回! 『総力戦』
※サブタイトルは予定ではありますが、今回は多分マジです。




