第13話 妖怪は何度でも現れる!
『うおおおおおおおおおおおっ!!』
遠くの城壁の方から、歓声が聞こえてくる。
「お、盛り上がってんなー」
俺は城壁からずいぶんと離れた安全地帯――町の中央広場で、木屑まみれになりながらのんびりと空を見上げた。
いやー、それにしても危なかった。
なにせ脳筋騎士どもときたら、キラキラした目で俺一人を城門の外へ放り出そうとしてきやがったのだ。
ふざけんな! 五千の魔獣のど真ん中に無職の遊び人を投げ込むとか、ただの公開処刑じゃねえか!
だから俺は口八丁と笑顔をフル稼働させ、おっさん連中をおだて上げて最前線の指揮を丸投げしてやったのだ。
もっとも、ただ断るだけじゃ隙あらば城壁へ連行されかねない。
いや、実際に連行されかけたので、このゼンさん、自分が安全な後方でサボるための「もっともらしい作戦と仕事」をでっち上げたというわけだ。
『矢の節約に木の枝でも撃っとけ』『敵が調子に乗って前に出たら本物を撃て』――と適当な作戦を吹き込み、急遽必要になった『木の矢を後方で大量生産する仕事』にさらっと紛れ込んだのだ!
敵が前に出るかなんて個体によるわ! 知るかそんなもん! 全部、ここで木削りしてサボるための口実作りだよ!
周囲を見渡せば、広場に集められた非戦闘員の町民たちが、必死の形相で木材や薪の先端をナイフで削り、即席の木の矢や木製の罠を量産している。
「ゼンさん! こっちの束も削り終わりました! すぐに城壁へ運びます!」
「おー、ご苦労さん。がんばれよー」
汗だくで駆け回るフィンに、俺は笑顔で手を振る。
みんな真面目にいっぱい作ってて偉いなぁ。
そんなみんなの熱気に負けないよう、俺もシャッ、シャッ、と小刀を動かし、手元の木片から職人顔負けの優美な曲線を削り出していた。
「よし、完成っと」
俺は削り上げたプロペラ状の木片の中央に、細く削った枝をブスリと差し込んだ。
名付けて、『ゼンさん謹製・竹とんぼ(木材仕様)』である。
ハイそうです。薪の先っぽを尖らせるだけの単純作業とか三十秒で飽きました。
楽しくない作業を続けられるわけがない。俺は【ゼンさん】だぜ?
両手のひらで軸を挟み、空に向かって思いっきり擦り合わせて放つ。
竹とんぼは小気味いい風切り音を立てて、くるくると青空へと舞い上がっていった。
「おー、飛んだ飛んだ。なかなかの出来じゃん」
竹とんぼを二十本ほど作り上げた俺は、次なる作品『めっちゃ回るコマ』の製作に取り掛かるべく、手頃な薪を手に取った。
――――
「団長……奴ら引いていきますね」
「……ああ」
荒野を埋め尽くしていた魔軍が、おびただしい数の死骸を残し退いていく。
我々アトス騎士団は、見事に初日の防衛戦を最小限の被害で凌ぎ切ったのだ。
「よし、今のうちに負傷者の手当てと矢の補充を急げ! ……おいお前、すぐに中央広場へ向かい、ゼン殿へ第一波撃退の報告を!」
城壁の上で伝令を走らせようとした、まさにその時だった。
「お待ちください団長! その役目、私が行きます!」
ガシャッ、と鎧を鳴らしながら、グレイスが猛然と割り込んできた。
「なっ……お前は副団長だぞ!? 持ち場を離れられるわけないだろうが!」
「いいえ! 今回の勝利はすべてゼン様の力添えのおかげであります! 騎士団幹部たる私が直接赴き、礼を尽くしてご報告するのが筋というものです! それに、私がいなくても大丈夫です! 我が部下は優秀であります!」
一歩も引かぬ気迫。その瞳は異様なほどギラギラと輝き、汗でドロドロの白塗りメイクが妙な恐ろしさを醸し出している。
「……好きにしろ」
私は観念してため息をつくと、グレイスの顔を見やり、渋い表情で付け加えた。
「だがな、せめてそのメイクだけは落としていけ。激戦で汗と泥が混ざって、大変なことになっているぞ」
するとグレイスは、言われなくとも分かっているとでも言いたげにフッと笑い、胸を張る。
「ご安心ください! もうメイク直しは終わりました!」
力強い返事とともに、彼女がバッと顔を上げると、そこには、いつの間に塗り直したのか、先ほどよりもさらに分厚く真っ白なおしろいが隙間なく塗りたくられ、真っ赤なルージュがより一層、盛大にはみ出した、『白塗り妖怪』が立っていた。
「乙女が殿方の前に出るのに、スッピンで行けるわけないでしょ!」
「お前……マジか」
絶句する私をよそに、グレイスは凛と敬礼してみせる。
「では、行ってまいります!」
言うが早いか、グレイスは城壁の階段を猛スピードで駆け下りていった。
「おい、ま、待て! ……行っちまいやがった」
私が虚空に伸ばした手は、むなしく風に撫でられるだけだった。
――――
「うあああああっ!」
「白塗り妖怪だああぁっ」
私が広場へ到着すると、すれ違う町民たちが次々と道を空けてくれる。日頃の行いのおかげだろうか、緊急時にも素早く進路を譲ってくれる人々の協力的な姿勢には頭が下がる。
その人垣の割れ目の奥、広場の一角に目を向けた私は、思わず息を呑んで足を止めた。
「すげー、あんなに高く飛んだ!」
「ゼンくん、ぼくにも貸してー!」
「はいはい、いっぱいあるから喧嘩すんなよー」
そこではなんと、ゼン様が子どもたちを集め、竹とんぼを飛ばして無邪気に遊んでいたのだ。
なんということだ……。いつ魔獣に蹂躙されるともしれないこの極限の状況で、あの方は子どもたちを笑顔で過ごさせている……!
並の神経ではとてもできない芸当だ。
自らが余裕を見せ、広場全体を安心感で満たしている。
すごい。やはりこのお方は、底が知れない……!
感動に胸を震わせながら、私はゼン様へと駆け寄った。
「ゼン様っ! ご報告いたします! あなたの策のおかげで、第一波を無事しのぎ切りました!」
私が声を張り上げると、それまで笑顔で竹とんぼを追いかけていた子どもたちが、一斉に火がついたように泣きわめきだしたのだ。
「うわぁぁぁん! ゼンくぅぅんたすけてぇぇ!」
子どもたちがゼン様の背後へ回り込み、その服の裾に必死でしがみつく。
「おっとっと。こらこら、泣かないの。お化けじゃないって」
ゼン様は柔らかい笑顔を一切崩さず、泣きわめく子どもたちの頭をポンポンと優しく撫でてなだめる。
「ほら、よく見てみろ。騎士様だよー。俺たちを守ってくれてる人だよー」
ゼン様の落ち着いた声に促され、しゃくりあげていた子どもの一人が、恐る恐るその背中から顔を覗かせた。
じっと私の鎧と目元を見つめ、ハッと目を見開く。
「……グレイス様?」
「う、うむ。グレイスだぞ?」
私は努めて優しく微笑み返した。すると、なぜか何人かの子どもが再び「ひっ」と息を呑んで震え上がる。
いつもは私の姿を見ればまとわり付いてくる子どもたちが、ここまで怯えて泣き出すなんて……。やはり、幼い子どもにもこの極限状態の緊張は伝わっているのだな。
私は胸を痛め、深く頷いた。一刻も早くこの戦いを終わらせ、子どもたちが心から安心できる日常を取り戻さねばなるまい。
私は気を取り直すように膝を折り、子どもたちに目線を合わせて問いかけた。
「驚かせてすまなかったな。皆は何をしていたんだ?」
「……ゼンくんが竹とんぼ作ってくれたの」
先ほどの子が、手に握りしめた木のプロペラをおずおずと見せてくれる。
「なるほど、それで楽しそうにしていたのか」
感心したように頷き、一つ気づく。
……この子、『ゼンくん』って言った? ……いいなぁ。
想像しただけで顔に熱が集まるのがわかる。思わずもじもじと指先を絡ませていると、ゼン様が手元の木屑を払いながら立ち上がり、私に爽やかな笑顔を向けてくださった。
「お疲れ、騎士様」
「……っ!!」
き、騎士様……!?
その言葉と笑顔に、トクンと心臓が大きく跳ね、早鐘を打つ。
もったいないお言葉! アトスの、そしてあなたの騎士である、このグレイス! 大将首をもって、この戦の勝利をあなたに捧げます!
ああ、もう! 直接口に出せない乙女な自分が情けない!
――――
――――同刻。
魔族領。
魔軍前線基地から、一人の女がふらりと抜け出そうとしていた。
「……おい、どこへ行く」
呼び止められた『魔人』イルは足を止め、首を後ろへ巡らせて口の端を吊り上げた。
「んー? ちょっと散歩だよ」
「散歩だと? 貴様、『勇者パーティー』がここへ近づいているのを忘れたわけではあるまいな?」
同僚の魔人が険しい声で咎めるが、イルはまったく意に介した様子もなく、ひらひらと手を振って笑う。
「忘れてないよぉ。でもねぇ、勇者にぶつける本隊からちょっと兵を借りて、余興で近くの人間の町へ差し向けた隊がいたよねぇ?」
「……ああ、あの魔獣部隊か。そんなもの、とっくに町ごと踏み潰している頃合いだろう」
「それがさぁ、予想時間を過ぎても、ちっとも報告に来ないんだよねぇ。いくらなんでも遅すぎるよぉ。だから、ちょっと見に行ってくるねぇ」
イルのその瞳の奥に、獲物を嬲ることを好む残忍な光がちらりと宿る。
「ふん、好きにしろ。どうせ人間どもの死体を漁って遊んでいるだけだろうがな」
「かもねぇ? すぐに戻ってくるよぉ」
イルは背を向けたまま軽く片手を上げると、次の瞬間には音もなくその場から姿を消していた。
次回! 『魔軍』
※サブタイトルは予定ではありますが、今回は多分マジです。




