5-2・興味
気分がすっと冷めていく。頭が急速にクリアになる。俺は両手をテーブルの下に置いて「名前くらいは聞いたことがあるよ」と軽く微笑んだ。
「警察はこの都市伝説をなんらかの犯罪組織によるものだと考えています。対抗するため、外部顧問として探偵の力を借りたい……そう打診がありました」
明崎さんの真剣な眼差しが俺をとらえる。
「黒繰さん。私の助手として、一緒に都市伝説と戦ってください。……無理にとは言いません。相手は殺人のための方法論を売っている組織です。命の危険を伴います」
キラキラと、否、ギラギラと、彼女の瞳に正義が燃える。
明崎明探偵は、改めて、黒繰朔夜を探偵助手にスカウトしていた。
目の前の助手こそが都市伝説の黒幕とも知らずに。
さて、どうする。スカウト自体は身が震えるほど光栄だ。明崎さんが俺を必要としてくれる。こんなに嬉しく名誉なことはない。
一方で、冷静な俺はこうも考える。この話、降りてしまおう。そうすれば明崎さんと会う理由はもう二度とない。探偵助手を辞め、都市伝説も辞め、普通の会社役員に戻るのだ。今後彼女は都市伝説を追うが、とうの俺は引退、金の力で後始末を外注する。潮時なのだ。勝ち逃げを決めるなら、今だ。
ひどく口が乾く。アイスの冷たさが恋しい。
「もし俺が助手を続けなかったら、君はどうするの?」
「一人でも戦います」
即答だった。彼女がこの話を聞いたのはきっとゴールデンウィークなのだ。考える時間は十分あったのだろう。
「どうしてそこまでするの?」
「許せないから。辞めさせたいから。士道さんたちの力になりたいと思うから」
「君じゃなくてもいいんじゃない?」
「そうかもしれません。でも、必要としてもらえる限りは、私が」
「正義の味方みたいだね」
明崎さんはちょっとだけ口元を緩めた。
「はい。正義の味方です。黒繰さんはどうしますか?」
俺は目を伏せ、椅子にもたれた。
ああ、明崎さんが正義の味方になってしまった。いや、最初からそうだったかもしれない。しかし、ここまでの確固たる正義感を育てたのは、きっと俺という巨悪の存在なのだ。
被害者に優しく寄り添うたき火のような小さな明かりでなく。
巨悪を燃やすための業火。
気まぐれにくべた薪をすべて飲み込んだ彼女は、もはや、俺を燃やすための覚悟まで決めて、世のため、みんなのため、自分の正義を燃やしながらきっと俺を追い詰める。
閉じていた瞼を上げる。赤縁眼鏡の奥、瞳の中、眩むような正義が俺を射貫く。
――やってみろ。
テーブルの上で手を組み、体を前傾させる。
それから、とびきりの笑顔を顔に貼り付けた。
「わかった。一緒に戦おう」
明崎さんは驚きに目を見開いたあと、閉じて、長く息を吐いた。
「半分、断られると思っていました」
そして微笑む。
「でも、もう半分は信じていました。黒繰さんならこれからも助手としてついてきてくれる、って」
「信頼に応えられて嬉しいよ」
「半信半疑の信頼でも、ですか?」
「もちろん」
明崎さんは、ずい、と半ば立ち上がるようにして顔をこちらに近づけた。
「……黒繰さんって、事件や依頼人、まして都市伝説にも、あまり興味がありませんよね」
尋ねているというより、確認しているような語調だった。
「あなたは私に興味がある。だから助手としてついてくる」
大きな瞳が俺を映している。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。俺が彼女を隣でずっと見てきたように、彼女もまた、俺をずっと見てきたのだ。
にわかに緊張し、高揚した。今この場で黒幕と見破られたらどうしよう。もちろんそんなことあるはずがない。あってはならない。必ず、隠し通してみせる。いつまで? もちろん最後まで、明崎さんが気付くまでだ。
それまでずっと隣にいよう。
「あなたが私に興味があるように、私も、あなたに興味があります。なんの目的で助手をするのか。あるいは、明確な目的なんてないのか。遊び半分と仮定しても、命の危険を伴うこれからについてくるのはなぜか。そもそもどうして私に興味があるのか――知りたいです」
「暴いてみて」
眼鏡越し、彼女の瞳を覗き込む。
助手として、そして黒幕として、俺は探偵に挑戦する。
「君の隣で俺がなにを考えているのか、当ててみて」
明崎さんは数度ゆっくりまばたきした。が、やがて椅子にもたれるように座り直した。
「……まだわかりません」
困ったように苦笑する明崎さんへ「ゆっくりでいいよ」と優しく笑いかける。
そしていつまでも気付かないで。君が俺の考えた謎をずっと解き続けていること。
「あ、そうだ」
明崎さんがテーブル上のスマホを手に取る。
「黒繰さんが参加できそうなこと、士道さんに連絡しておきますね。メッセージグループがあるんです。本業のお仕事が忙しいときは、既読だけでも大丈夫だと思います」
「ちなみにそれってボランティア?」
今後の探偵持続可能性が気になり聞いてみると、意外なことに、明崎さんからは「いいえ」と返ってきた。
「国から予算が出るそうです。契約書にサインしてもらうことになると思いますよ。基本的に今回の都市伝説調査に関して入手した情報は口外厳禁です。公的にも極秘裏のプロジェクトらしいので、そのつもりで」
急に大事になったな。
「士道さん、今から来られるそうです。書類も持ってきてもらえるみたいですよ」
スマホでなにやらメッセージを打ちながら明崎さん。
国から予算が出て、契約書へのサインが必要で、公的には極秘裏で、口外厳禁のプロジェクト。が、俺の知らないところで俺を捕まえるために動いている。し、俺の知らないうちに明崎さんを味方につけている。
あまり愉快ではないな。
身から出た錆ではあるが。
明崎さんが今朝方を呼び、もう一人合流する旨を伝えた。
今朝方は「オッケーです」と頷いて、なぜか俺のそばに寄ってきて耳打ちし始めた。
「お兄さん、頑張ってください。まあ、プロポーズしたあと親御さんに挨拶するのは当然かなーとオレは思うんで」
これから来るのは親御さんではないが。
「殴られそうになったらヘルプ行くんで、なんか合図くださいです」
今朝方くん、俺のことプロポーズ直後に親御さんに殴られるような男だと思ってる?
「ごゆっくりです」
なにも言い返さないのをいいことに、今朝方は親指を立てながら奥に引っ込んでいった。
明崎さんが首をかしげる。
「まだサプライズがあるんですか?」
「彼が誤解してるだけだよ」
プロポーズするのにこんなどこにでもある喫茶店を選ぶわけないだろうが。それこそホテル・ディナーを予約して店員に指輪を持ってこさせるタイミングを事前に打ち合わせるだろ。
じゃなくて。
そもそもプロポーズじゃなくて。
どうも今朝方には最初からずっと誤解されている気がする。どこかのタイミングで正してやったほうがいいのだろうか。
……まあいいか。
右手首の時計を確認する。現在時刻、午後一時四十五分。




