4-7・探偵勝負-魚料理-
もう十分だとでもいうように、寅絵は質問を打ち切った。代わりに「そうなの~」と全員に聞こえるよう呟き、手帳にペンを走らせる。どうせ大した内容ではない。明崎さんへのプレッシャーなのだ。
ただ推理を披露をするだけでは、足り得ない。これは探偵勝負――真剣勝負。全員で協力し真相を解明することが目的ではない。誰よりも先んじて真相を言い当て、己が実力を示すことが目的なのだ。
どちらが上か、わからせるための場。
紅邑寅絵はそれをきちんと理解していた。だから明崎さんを追い落とそうとする。では、明崎さんはどうか。勝負の真意を理解できないほど鈍感ではないだろう。が、彼女はあまりに優しすぎる。
果たして、明崎さんには紅邑寅絵を捻じ伏せることができるだろうか……?
「ごめんね、ほかに質問があったらいいよ、明ちゃん」
寅絵は親切を装って明崎さんへ水を向けた。明崎さんは「そ、そうですね」と固い笑みを浮かべ俺に向き直る。
「えっと、それじゃあ、質問です。ホテルの構造についてお聞きします。話に出てくる階段というのは、それぞれの階につき一ヶ所ずつしかなかったんでしょうか?」
じろりと寅絵を睨んだあと、俺は明崎さんに向け微笑んだ。
「いいえ。ホテル内には東側と西側にそれぞれ一ヶ所ずつ、計二ヶ所の階段がありました。例外として、五階から屋上に上る階段のみ一ヶ所です。ホテル中央にはエレベーターが設置されていますが、廃墟と化して以降、とても使える状態ではありません」
「ホテルに入るための入口はひとつだけですか?」
「いいえ。ホテルへ入るには南の正面玄関とは別に北の裏口を使うこともできました。また、一階であれば客室の窓からも出入りできたでしょう」
ここで、明崎さんはちょっと考えた。
「ちなみに、二階にいたというU村さんとE園さんに見つかることなく三階から一階へ、あるいは一階から三階へ移動することは可能でしたか?」
「はい。周囲は暗く、光源を隠した状態でこっそり階段を上り下りすれば気付かれなかったでしょう」
「なるほど……」
明崎さんは情報をメモして、手帳をざっと見返した。すると、新たに気付くことがあったらしく「そういえば」と続ける。
「四人はA倉さんを迎えに行くために一階から五階まで隈なく探索したんですよね? A倉さんから言及のあったホームレスの方とは遭遇したんでしょうか?」
「いいえ。四人がホテルの中でホームレスと遭遇することはありませんでした。実際にいたかどうかも怪しいものです」
「廃墟には、A倉さん、I田さん、U村さん、E園さん、O木さんの五人しかいなかったんですか?」
俺は微笑みを浮かべたまま「少なくとも肝試しに来た彼らが見知らぬ第三者と遭遇することはなかったと断言します」とだけ答えた。
「……? え、っと」
明崎さんは質問を続けようとして、言葉を切って、寅絵をちらと見た。
「すみません、まだ、大丈夫です」
思い直した様子で口を閉ざすと、明崎さんは質問を打ち切った。そのまま顎に片手を添え何か考え始める。
質問の書き起こしを釘木野から受け取りながら、寅絵が「なんとなく見えてきたかな~」と大きく呟く。
「犯人はたぶんあの人なんだけど、確信を得るために質問していってもいいかな? 当てちゃうかもしれないけど」
「え? あ、ええ、はい」
明崎さんは何か引っかかることでもあるのか半分上の空で返事した。
「それじゃ、質問です。そもそも今回の肝試しは誰が発案したものですか? A倉さんですか?」
「はい。今回の肝試しはA倉さんの発案でした」
「場所を決めたのもA倉さん?」
「はい」
「A倉さんは今回の肝試しに向け万全の準備をしていましたね?」
「はい」
「その際、A倉さんには協力者がいた?」
「はい」
「協力者は一人だけ?」
「はい」
目の前の探偵は勝ちを確信し、にんまり笑った。
「解答します」
寅絵が宣言すると、外島は顔を曇らせ、釘木野は興奮した面持ちで主人を見た。
「A倉さんは、ほかの四人に対しドッキリを仕掛けるつもりでした。転落死ドッキリです」
ここで釘木野が「あ」と言った。どうやらようやく自分で作ったトリックがどうアレンジされたのか思い至ったらしい。
先んじて言っておこう。A倉による転落死ドッキリの部分はもともと釘木野の用意していた出題カードが元ネタだ。
が――それ以外にそれ以上の改変を加えてこそ、今回の俺からの出題である。
「全員でホテルに入った段階で、A倉さんはホームレスがいるなどと理由をつけ単独行動をとりました。まっすぐ屋上へ上がると一台目のスマホを残し、協力者と二台目のスマホで連絡を取りながら下りていきます。フロアに階段は二ヶ所ずつ、でしたね? U村さんとE園さんのいる二階を通過する際も懐中電灯を消してそっと下りれば問題ありません。そうしてA倉さんは空白の一時間に自分で地面に血のりを広げ、その場に倒れておくつもりだったのです。では、なぜA倉さんは本当に死んでしまったのか? それは協力者がA倉さんの計画を乗っ取るかたちで殺害を実行したからです」
寅絵が言葉を区切ると、場は沈黙した。彼女は十分な間を空け、十全に勿体ぶって犯人を指名する。
「犯人は、A倉さんのドッキリの協力者であり、四階から二階を経由して一階へ下りたO木さんです。きっと四階を探索中、A倉さんから準備が整ったとメッセージが入ったのでしょう。そこでO木さんは踵を返して一階へ下り、ホテルの外でA倉さんと落ち合った。そうして死亡ドッキリをするつもりでいたA倉さんを本当に殺したのです」
俺は口を挟む。
「凶器は?」
「遺体のそばに落ちていた、千切れたシルバーのネックレスです。犯人はA倉さんの首にかかっていたそれを掴み、力任せに絞め殺した。局所的に強い力がかかったからこそネックレスは千切れたのです」
「屋上の悲鳴はどう説明します?」
寅絵の笑みは崩れない。
「あれはアラーム音です。協力者のO木さんからロビーへの再集合時間を聞いていたA倉さんは、その三十分後に自分の悲鳴が鳴り響くようアラームを設定し、屋上を下りた。悲鳴を聞きつけて屋上に上がった四人はスマホ画面が光っていたからスマホの存在に気付いたんですよね? 直前にアラームが起動した証拠です」
補足しておくと、悲鳴の正体を『着信音』と断言した場合はその時点で不正解になる。二台のスマホに通話履歴がないことはすでに示している。だからA倉の悲鳴は『アラーム音』で正解だ。
凶器についても問題ない。そもそも今回の出題に登場するひも状の物体が千切れて落ちていたシルバーのネックレス以外に存在しない。被害者の首に縄をかける手間が省けて大変結構。
A倉の動線や使用されたトリックについても実に見事に説明されている。俺から突っ込みを入れるような箇所はほとんどない。
音を立てずに拍手する釘木野。悔しそうに推理を聞く外島。そして――黙ったまま、じっと何かを考えている様子の明崎さん。彼女の瞳に映るのは紅邑寅絵ではなく、この俺――黒繰朔夜だった。
「さあ、判定をどうぞ」
俺は明崎さんから視線を外すと、自信ありげに催促する寅絵へと向き直った。咳払いで緊張をほのめかし、スーツの襟を正す。そうして、彼女に向けおそらく初めて優しい笑みを浮かべた。
もちろん十分な間を空け、十全に勿体ぶってから告げた。
「不正解です、寅絵さん。O木さんは犯人ではありません」
寅絵は呆気にとられ口を開けたまま「え……?」と呟いた。
場は水を打ったように静まり返った。
「さて、紅邑寅絵さん。あなたの解答権は残り一回です。質問があれば引き続き受け付けますよ」




