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その探偵助手、黒幕につき  作者: 上山流季
第四話『探偵たちの饗宴』
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4-6・探偵勝負-お造り-

「質問です」

 口火を切ったのは寅絵だった。

「屋上に遺留品はありましたか?」

「はい。屋上にはA倉さんのスマートフォンが残されていました。暗がりの中、画面が光っていたことで全員がそれを発見しています」

 寅絵は少し考えて、試しに、といった雰囲気で質問を続ける。

「スマートフォンの通話記録やメッセージ履歴を確認できますか?」

「はい。廃墟に来てからは誰とも通話をしていないことがわかります。一方、メッセージアプリにはロックがかかっており詳細の確認はできません」

「A倉さんの遺書は見つかりますか?」

「いいえ。屋上には手紙もダイイングメッセージもありません。スマートフォンの中にもそれらしいファイルは見つかりませんでした」

 寅絵は頷いて、質問を打ち切る。

「明ちゃんは屋上で気になることはある? 特になかったら、遺体の様子を聞こうと思うんだけど」

「大丈夫ですよ」

 明崎さんの笑顔は、寅絵に向けるときだけはまだどこか緊張しているように思えた。

「屋上にもスマホにも自殺を仄めかす証拠はない。このことから、A倉さん本人を容疑者リストから外すことに私も異論ありません」

 探偵二人は、殺人事件でありながら被害者本人が犯人の可能性――自殺の可能性を排除した。

 寅絵は「そうね」と微笑み俺に向き直る。

「質問です。遺体の状況について聞かせてください。遺体は転落死体ですか?」

「いいえ」

 俺の返答に、寅絵も明崎さんも目を開いた。

「遺体の転がる地面は血まみれでした。が、遺体自体に傷はありません。このことから、地面に広がる大量の血は本物ではなく偽物の血のりなのだとわかります。死因を探すと、首にひも状の凶器で絞められた跡を見つけます」

「……A倉さんの死因は、転落死ではなく、首を絞められたことによる窒息死……ですか?」

「はい」

 寅絵と明崎さんは顔を見合わせた。

「質問です」

 寅絵が食い下がる。

「I田さん、U村さん、E園さん、O木さんは、ホテル五階を探索中、さらに上、屋上からA倉さんの悲鳴を聞いている。間違いありませんね?」

「はい。あれは間違いなくA倉さんの悲鳴でした」

「A倉さんが殺されたのは屋上ですか?」

「その部分については、ぜひ推理してみてほしいのですけれど」

 嘲笑すると、寅絵は一瞬、怒りと羞恥で顔を真っ赤にした。が、すぐ頭を振って立ち直り、質問を続ける。

「A倉さんの倒れていた地面に遺留品はありますか?」

「はい。遺体のそばには懐中電灯と千切れたシルバーのネックレスが落ちています。どちらもA倉さんが所持、あるいは身につけていたはずのものです。加えて、A倉さんの二台目のスマートフォンが遺体のポケットに入っています。こちらのスマホにも通話履歴はなく、メッセージアプリの閲覧はできません」

 寅絵がちらと明崎さんを見た。明崎さんはメモを取っていて視線には気が付かなかった。

「懐中電灯は壊れていましたか?」

「いいえ。まだ光を放っていました。だからこそ、屋上から真下に転がるA倉さんを見つけたのです」

「その懐中電灯は、あらかじめ場にあった三つのうちの一つですか?」

「はい。残りの二つは生きている四人が持っています」

 寅絵は一度、質問を区切った。考えをまとめているようだ。

「質問です」

 聞き役に徹していた明崎さんが宣言した。

「ロビーへ再集合するまでの一時間、I田さん、U村さん、E園さん、O木さんの四人は全員一緒に行動していましたか?」

「いいえ」

 頭の中、五階建てのホテルの地図を立体として思い浮かべる。フロアは箱と目算して問題ない。重要なのは高さと人員配置だ。

「空白の一時間、U村さんとE園さんは一緒に行動していました。一階ロビーで解散したあと、ずっと二階にいたのだと証言します。四人は二階までは一緒に階段を上がっていましたが、二階に留まるU村さんとE園さんを置いていくかたちでI田さんとO木さんはさらに上階へ上りました」

 ちなみにU村とE園は女性である。生き残った四人は男女に分かれて探索したのだ。あるいは、女性陣は探索をせず座っておしゃべりしていたのである。

「U村さんとE園さんはずっと二階にいました。この証言は二人を別室に分けて聞いたとしても矛盾せず成立します。一方、I田さんとO木さんは三階へ上がっていきました。四階まで見たところで、I田さんは五階へ、O木さんはまた三階へと移動したそうです」

 メモを取る三人はそれぞれ違った方法で書記をしていた。明崎さんは登場人物で表を作り人物ごとの要素や情報をまとめている。外島はフリースタイル。最初は外島のメモするペースに合わせて出題しようとしていたが、もはや諦めていた。外島はAIUEOそれぞれの文字を見開きページに配置し、該当人物についての情報を空きスペースに付記していた。その見開きはごちゃついて、暗号じみている。一方の釘木野は今まで出てきた質問を几帳面にもすべて書き起こしているようだった。

「その後、三階から下りてきたO木さんは二階でU村さん、E園さんと顔を合わせています。合流はせず、O木さんは一階へ下りていきました。この三人の証言は別室で聞いても矛盾せず成立します」

「O木さんは懐中電灯を持っていましたか?」

「いいえ。懐中電灯を持っていたのはA倉さん、I田さん、U村さんの三人でした。O木さんはスマートフォンのライト機能を使って周囲を照らしていたようです」

 明崎さんからの質問が途切れたタイミングで、寅絵が片手で顔を扇いだ。

「駄目ね。アタシも自分でメモを取らなくちゃ。頭の中だけで考えをまとめようとすると、こんがらがっちゃう」

 その言葉に、すかさず釘木野が手元の手帳とペンを寅絵へ差し出した。

「すみません寅絵様、まだ途中なのですが……」

「ううん、よくまとまってる。助かるわ」

 使用人の頭を一撫ですると、主人はその手柄をあっさりと接収した。釘木野は嬉しそうに顔をほころばせ、今度は違う手帳を破き、またメモを再開する。どうやらページを破くのは寅絵がよく見えるようにということらしい。

 なんて見事な主従関係。釘木野の健気なこと。

 そして手帳とペンを受け取った寅絵は、考えをまとめるためだろう、頭の中にあるすべてについて書き出し始めた。俺の断言した正確な情報だけではない、あるかもしれない可能性に、いや、これは確からしいという但し書きを付け加え、かと思えばあまりに胡乱で口にできないような憶測まで並べ立てる。手帳はあっという間に彼女の推理の断片で埋まっていった。

「おっと、共有タイムかな? では、明崎探偵。私のメモもご覧ください」

 笑顔の外島がフリースタイルごちゃごちゃ暗号手帳を明崎さんに見せた。それ、解読できるのお前だけだろ。などと明崎さんは言わなかった。

「ありがとうございます、外島さん。よければ私のメモもどうぞ」

「おお! すごい、わかりやすい!」

 全員が情報共有、あるいは考えの整頓に入ってしまったので、俺はテリーヌショコラをつまみながらコーヒーを飲んでいた。明崎さんと寅絵は俺が出題カードを読んでいる間に食べ終えていたが、俺だけまだなのだった。コーヒーはいくらか冷めてしまっている。あとで二杯目を注文しよう。

 さて、一服ついでに断言しておくが、今ある情報だけで解答に辿り着くことは不可能だ。この場面で思考すべきは『犯人は誰か』ではなく『どう質問すればより情報を引き出せるか』である。もしここで解答を宣言する探偵がいるなら、その人物の助手にだけはなりたくないものだ。

「わかりませんね」

 明崎さんのメモを見ながら外島が呟く。

「A倉の転落は偽装されたもの……ということでいいんですよね? でも、屋上にはA倉のスマホが遺留品として残っています。このスマホはいつ落としたものなんでしょう? 屋上で争いがあった? ように犯人が見せかけた……?」

 外島が「犯人はマッハ2で移動できるんですかね?」などとトンチキな結論に飛び付こうとしているので、明崎さんはやんわりとたしなめた。

「もう少し情報を集めましょう、外島さん。結論を出すのはそれからです。それに、たぶん犯人を当てるだけじゃ不十分……ですよね? 方法まで説明できないと」

 言いながら、明崎さんが俺を見る。質問宣言でも解答宣言でもない雑談なので俺にできることはなかったが、意図は伝わっていたし、その通りでもあった。

 俺は優しく微笑んで、一度だけ頷いた。この程度なら許容範囲だろう。今回は俺がルールなのだ。

 明崎さんはほっとした様子で「それじゃあ質問を考えましょう」と笑顔を浮かべた。外島が「了解です、明崎探偵! では、筆談にて失礼します」と宣言してからなにやら文字を書き始める。あまりに堂々とした内緒話だ。もっとこそこそしろ。

 なごんでいると、唐突に寅絵が咳払いした。視線をやると、寅絵は笑顔になって片手を軽く上げた。

「質問です。A倉と犯人は協力関係でしたか?」

 この質問に、場はざわついた。外島は言わずもがな、ずっと黙っていた旧出題者の釘木野も驚いた様子を見せる。被害者と犯人の協力関係。この質問が何を意味するのか二人にはまだわからないのだ。明崎さんの顔にも焦りと緊張が浮かんでいる。

 俺は舌打ちを抑え、なんとか平静を装って答えた。

「はい。A倉と犯人は、ある意味で協力関係を結んでいました」

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