4-5・探偵勝負-スープ-
デザート・三種ベリーのテリーヌショコラ。テリーヌショコラとは小麦粉を使用せず焼き上げられたケーキの一種で、食感としては生チョコレートに近い。細い長方形のテリーヌショコラをストロベリーとブルーベリーが花のように飾り立て、周囲をラズベリーのソースが踊っている。もちろん白の皿だ。食後のコーヒーも運ばれてきたが、明崎さんの分はきちんと紅茶になっていた。
釘木野は出題内容を数枚のカードとしてまとめていた。目測で縦十五センチ、横二十五センチ。誰からも見えないよう表裏に重ねられ、透明な袋の中にパウチされている。
「どうぞ、朔夜様」
釘木野は俺にカードの入った袋を手渡した。
「内容は私と、外島さんしか知りません。出題内容について、すべてではありませんが外島さんにも相談に乗ってもらっていましたので」
俺は「どうも」と言って受け取ると、全員が見ている前で袋を破った。
上座には俺が、下座には探偵二人とそれぞれの使用人が両脇に控えるように座っていた。話し合いの結果、釘木野が寅絵のサポートを、外島が明崎さんのサポートをすることになった。釘木野いわく書記係が控えていたほうがゲームに興じやすいという。
「おっと、釘木野さん。寅絵様の隣が空いているようですよ。片側三人の席ですから、どうぞどうぞ」
外島が、自分は明崎さんの斜め後ろに正座したまま言った。釘木野も同じように寅絵のそばに控えていたが、俺の見立てでは彼女は外島ほど正座に耐えられない。すでに足を組み替え始めている。
「で、でも」
釘木野は最初、ためらった。が、寅絵が「お言葉に甘えたら?」と荷物をどける。使用人二人がこの部屋に集まった段階で、別室に置いていた荷物も一緒に移動していた。明崎さんはいつもの白いショルダーバッグ、寅絵はちりめんの赤い和装バッグをそばに置いている。
「でも、外島さんが」
食い下がる釘木野。しかし相手はあの外島白兎だ。彼女に勝ち目はない。
「私のことはお気になさらず! 女性が正座しているのに私だけ掘りごたつに足を下ろすなんて論外です。レディファーストですよ、釘木野さん」
「ええと、でも」
「あなたが女性でなければ醜くじゃんけんで争っていたことは否定しません。でも、私から見てあなたは女性だ。ということは、主人と同格程度に優先されてしかるべき! いえ、今回主人の朔夜様は男性ですので、女性と天秤にかけたとき、どちらが重いかなかなか悩ましいですよ!」
外島の軽口に、釘木野は顔を真っ青にして俺を見た。俺は特に反応せず出題カードを読んでいる。使用人と主人が同格、あるいはそれ以上などと、到底信じられない冗談として受け止めているに違いない。
しばしの沈黙を寅絵の笑い声が破った。この場で笑っても許されるのは明崎さんを除いては紅邑家次女・寅絵だけだ。
「隣においで、釘木野。足が痺れてしまうでしょ」
釘木野はもう抵抗しなかった。顔が青いまま「失礼します」と消え入りそうな声で寅絵の隣に座る。
「では、私も座るとしましょう。これぞ秘技、横紙破り!」
宣言した外島は「失礼」と一言添えて俺の隣で余っていた座布団を奪った。それを、本来なら人の座ることを想定されていないテーブルの短辺、長辺の端に座る明崎さんの直角位置に敷き、堂々と座った。
「……!?」
唖然とする釘木野。からから笑う寅絵。特に注意しない俺。静観の明崎さん。そんな一同に悪びれるでもなく、手帳を開いた外島はくるりとペンを回した。
「魔が差してカードの中身を覗いてしまいそうな位置ですね。もしかして、発言は差し控えたほうがいいのかな?」
外島、明崎さん、釘木野の三人はメモの準備をしていた。が、寅絵だけは大きく開けたテーブルの上、悠然とコーヒーを飲んでいるのだった。余裕を演出したいのなら百点満点だが、その威勢、いつまでもつかな?
「覗けるものなら覗いてみろ」
俺は外島にそう言い放つと、三人が手帳を広げてなお余るテーブルの端に出題カードを伏せて置いた。
「出題に対して、探偵二人は回数無制限で質問が可能です。質問は『はい』か『いいえ』で答えられるものに限定されます。解答は一人につき二回までとします。質問及び解答の際はその旨をはっきり宣言してください。俺は質問及び解答の宣言に対してしか応答しません。仮に雑談の中で正解が出ても俺からの指摘はありません」
「カード、もう見ないんですか?」
驚き混じりに心配してきた釘木野を無視する。俺が何の反応も見せないので彼女はたじろいだ。
「質問です」
明崎さんが片手を軽く挙げた。
「水平思考ゲーム、いわゆるウミガメのスープのようなものと考えていいですか? それから、カードはもう見なくて大丈夫ですか?」
「はい」
俺は答える。
「今回の出題はウミガメのスープ、のようなものです。必要ならもっと詳しく説明をします。カードについても、はい、もう見る必要はありません」
俺の様子に頷いて、明崎さんは釘木野へ声をかけた。
「勝負はもう始まっています、釘木野さん。黒繰さんに対して質問できるのは探偵のみ、そして、質問の宣言があった場合のみです。もし聞きたいことがあるなら寅絵さんに頼むのがいいかと。あるいは私に聞かれると不都合なことは筆談をオススメします」
「な、なるほど……!?」
釘木野が目を丸くしながら俺と明崎さんとを見比べる。
その様子に寅絵は「ふうん」と面白くなさそうに呟いて、勝気な笑みを浮かべ直した。
「面白そうじゃない? どんな問題なのかしら」
全員が状況を把握したので俺はルール説明から出題へと移った。
「これは友人から聞いた話です。その日、友人たちは肝試しにある廃墟へ向かったそうです。そこで起きた殺人事件の犯人を見つけ出してほしいのです」
釘木野が、今度は目を白黒させながら寅絵になにか訴えようと手をバタつかせた。が、俺の出題が続いているため声を出そうとしない。彼女だけが気付いている。俺が出題内容を大きくアレンジしようとしていることに。
紅邑の使用人が外島と協力して作った問題をそのまま使うとでも思っていたのか? おめでたいことだ。問題文を読み終わったと同時に釘木野が答えを手帳にメモすれば即座に終わるような勝負を俺は勝負とは認めない。
「肝試しに向かった友人は五人です。仮にA倉さん、I田さん、U村さん、E園さん、O木さんとしましょう。廃墟を訪れたのは夜で、懐中電灯は三つしか用意がありませんでした」
斜めに座る外島が手帳にAからOまでの登場人物をメモしていく。その様子を基準に話すペースを調整し、続ける。
「五階建てのホテルでした。ロビーは広く、暗く、散らかっています。A倉さんが言いました。人の気配がする。ホームレスかもしれない。面白がったA倉さんは怯えて止めるU村さんの制止を振り切り、一人で上階に上がっていきました。I田さんが一時間後にロビーに再集合しようと提案し、その場にいないA倉さん以外の全員が了承しました」
時間経過を示すため一度言葉を区切る。
「一時間後、ロビーにはI田さん、U村さん、E園さん、O木さんが揃っていました。全員はA倉さんを迎えに行くことにしました。五階建てのホテルを一階ずつ上って確認していきます。五階を調べているとき、屋上からA倉さんの悲鳴が聞こえてきました。全員で屋上に上がりましたが人の気配はありません。手すり越しに地面を覗きこんだE園さんが第一発見者でした。屋上の真下、A倉さんが血だまりに倒れて死んでいました。屋上にはA倉さんのスマートフォンが落ちていました。あらかじめ言っておきましょう、事故ではありません。さて、A倉さんは一体誰に殺されたのでしょう?」




