4-4・探偵勝負-前菜-
魚料理、鯛のポワレ・レモンバターソース。ポワレとは焼き方である。油脂を引いたフライパンで表面はカリっと、中はふわっと。ソースが敷かれた白の皿上、焼き目のついた鯛に緑の焼きアスパラガスが彩りを添えている。
肉料理、牛ヒレ肉の和風ステーキ・わさび醤油添え。握りこぶし大のヒレ肉が両面をしっかり焼かれたそのままの姿で登場した。ステーキ中央には山のようにわさびが盛られ、周囲を醤油ベースのソースが囲っている。皿は中心で白と黒の二色に分かれ、黒側と白側とで料理の映え方が違うのが面白い。
そしてご飯もの、焼きおにぎり。黒の碗に堂々と立つ、焼き目のついた焦げ茶の三角。なんだかんだこれが一番美味しそうに見えた。追加オプションの出汁とレンゲを組み合わせることでお茶漬けとしても楽しめるそうだ。
探偵勝負は食後にしようという話になっていた。寅絵いわく、俺が朝食を抜いているからだそうだ。お心遣い痛み入る。
さて、寅絵の食べる順をなぞることでテーブルマナーを凌いできた明崎さんだったが、ここにきて完全に逃げ道を塞がれていた。寅絵が食器を手に取ろうとしないのだ。寅絵は両手を膝に置いたまま、ニコニコ微笑み「食べないの?」と全員に向け聞いた。
「え……っと」
明崎さんは目をうろうろ狼狽えさせ「降参です」と両手を軽く上げた。探偵勝負はともかく、マナー勝負での負けは認めざるを得ない。
「ふふ、よく頑張ったね。それじゃ、正解を言っていいですよ、朔夜さん」
寅絵が明崎さんの頭をよしよしと撫でる。おい。それ。俺がやりたいやつ。やめろ。なんでお前がやってるんだ。そこを代われ。
甘んじて撫でを受け入れながら明崎さんは息をつく。
「今回のコース料理は和洋折衷。和であり、洋でもあります。お刺身とお吸い物は箸、パテのパイ包みはナイフとフォーク。そしてお魚は……ポワレ、でしたっけ? 洋風な料理名から、たぶん、ナイフとフォーク。問題は和風ステーキです。わさび醤油のソースは和風ですが……ステーキの塊を箸だけで食べることはできません。まさか、かぶりつくわけにもいきませんし」
難しい問題だ。ステーキは焼かれたそのまま。切れ目が入っていないため、箸だけでは食べられない。かといってナイフとフォークで食べるのも安直に思う。果たして和洋どちらの料理と換算すべきなのか。
正解を言っていいですよ、などと持って回った言い方だが、要するに採点タイムなのだ。さあ、正しいマナーを見せてみろ――俺に対する、挑戦状。
黒繰本家の人間として間違うことなどあってはならない。相手は御三家・紅邑。わからせなければならない。俺のほうが、上だ。
右手にナイフ、左手にフォークを握って解答する。
「切り分けるのはナイフとフォーク。でも、食べるのは箸。かな」
ヒレステーキを左端から一切れ分だけ切り分けると、ナイフとフォークを置き、箸に持ち変える。
「切るのは一切れずつ、ですか? 最初に全部切っておくのは?」
明崎さんが指摘する。笑顔の寅絵は何も言わない。ここが正念場だ。
「そのとおり。一切れずつ、食べるときに切っていく。最初に全部切り分けておくのは、フレンチではマナー違反になるから」
箸を使って一口大に切り分けたステーキ肉を挟み、口に運ぶ。食べているときは喋らないのもまたマナーだ。解答終了の合図でもある。
出題者の寅絵は「お見事」と手を打った。
「百点満点です。あともうひとつ、正解できれば百二十点ですけど」
あともうひとつ?
どうやら、今回のコース料理にはまだ隠された意図があるようだ。さて……。
思いつけないでいると、明崎さんが「あ」と声を上げる。
「お皿の色……ですか?」
「正解! 流石は探偵!」
寅絵からの賞賛に、明崎さんは照れたように笑うと解説する。
「今回のコース料理は和洋折衷。和食は箸で、洋食はナイフとフォークでいただくのがマナーです。そのマナーを見抜くためのヒントが、お皿の色なんです」
前菜・パテ・アンクルートは白の皿。スープ・海老しんじょの吸い物は黒の椀、お造りは四角く黒い板状の皿。魚料理・鯛のポワレは白の皿。肉料理・和風ステーキは白と黒が半々の皿。ご飯もの・焼きおにぎりは黒の椀。
「フレンチは白の皿、和食は黒の皿、か」
ようやく納得する。和風ステーキはナイフとフォークで食べ切るのも解法のひとつだと思っていたが、皿の色に着目すれば、それが間違いだとわかる。和風ステーキの皿は白黒半々。和であり洋。だとすれば食器も両方を使用するのが今回の正解といえた。
「朔夜さんと明ちゃん、二人合わせて百二十点! 流石は探偵とその助手ってところかな」
寅絵はニコニコしたままトランシーバーで指示を出す。
「釘木野、そろそろ準備しておいて。出題はデザートをいただきながらしてもらうわ」
その言葉に、つい食事の手を止めた。紅邑側の使用人が出題を?
「ん! これもおいしい!」
ようやく和風ステーキの食べ方を会得した明崎さんが舌鼓を打つなか、俺は寅絵に質問する。
「探偵勝負の開催内容について知りたいのですけど」
「簡単です。釘木野の出題に対して、アタシと明ちゃんで推理勝負をするんです。より早く、より正確に推理したほうの勝ち。朔夜さんが望むなら、さっきみたいに明ちゃんにヒントをあげてもいいですよ。回数制限は設けさせてもらいますけど」
「紅邑の使用人が出題をするんですか?」
念を押すと、寅絵は俺の意図に気付いた。そしてお見合いが始まって初めて不愉快そうに顔をしかめる。
「出題内容についてはアタシも知りません。釘木野に一任してあるんです。事前に答えを聞いていたり、自分だけが有利になるようヒントをもらったりもしていません」
「それでも、釘木野さんは紅邑の使用人です。あなたから指示がなくても、全員に気付かれないよう、あなたにだけヒントを出すかもしれません」
「釘木野はそんなことしないわ!」
「確信が持てません。俺はあなたのことも、釘木野さんのことも、紅邑の事情も、何も知らない」
眉をひそめた寅絵が「では、どうします?」と聞いた。
出題者が信用できないから勝負をしない。そう宣言することもできたが、俺はまた別の選択肢、別の代替案を提示した。
「出題は俺がしましょう。出題内容については釘木野さんが考えたものを参考にします。明崎さんだけが有利になるような不正も働きません」
「賞品自ら探偵を見極めるということ?」
「よりフェアな条件になったと思いますが」
寅絵はしばらく考えていたが、やがて「わかりました」とその旨をトランシーバーで釘木野に伝え始めた。
「ごめんね、明崎さん。俺からのヒントはないけど、頑張ってね」
言い争う俺たちを静観していた明崎さんは、ほっぺにご飯粒をつけたままうんうんと頷いた。片手で隠す口はまだ咀嚼している。が、大きな反論はなさそうだ。
俺は微笑んで、指先で自分の頬をさす。ご飯粒の位置だ。たしか、前にもこんなことが……。
「あ、明ちゃん、ご飯粒」
通信中の寅絵が割って入った。その声に、明崎さんは慌てて頬のご飯粒を取る。そう、俺の仕草ではなく、割って入った寅絵の声に対して、そのアクションを行ったのだ!
俺は表情から笑みを消し、低い声で「泥棒猫が」と呟いた。




