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その探偵助手、黒幕につき  作者: 上山流季
第三話「舞台に立つ者そつなく演ぜよ」
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3-15・出題編終幕

 午前十時。明崎さんは次々やってくる大学生たちを会議室の椅子に座らせ、知り合いが警察関係者のため簡単に人員誘導を手伝っていることを説明し、不安があれば自分に言うようにと案内した。

 俺は座った学生たちにお茶を汲んで渡すなどした。警察官かなにかだと思ったのか、彼らはたびたび萎縮するような態度をとった。が、この部屋の最高権力者が明崎さんであることは伝わっているらしく、俺に関しての質問は俺本人ではなく明崎さんに向けられることが多かった。それがきっかけで会話が弾み、いくらか情報を聞き出すこともままあった。

 俺本人に声をかけてきた学生については、俺が対応した。女子学生が大半だったように思う。「ただのお茶汲みマシーンだと思ってくれればいいよ」と言っておくと、どうにかしてそれ以上を聞こうといろんな角度から質問してきた。そこを逆手に取り「君についても教えてよ」と言えば、気分を良くした彼女たちは聞いた以上の答えを返してくれた。

 が、有用に思う情報――貴志に肩入れしそうな人間についてはなかなか聞き出せなかった。そもそも貴志は女子学生からの人気はあったが孤立気味で、深く付き合う特定の友達はいないのだという。交際中の相手についても噂はあれど相手を知る学生はいなかった。

 それでは少々角度を変えて死んだ王鞍統治はどうだったのかと聞いてみると、彼はプリンスの通り名に相応しく大学内の有名人だったそうだ。甘いマスクに陽気な性格、声援を送る女子学生相手にはいわゆるファンサービスなんかもたびたび振る舞っていたという。姫宮海心との交際は学内公認で、お似合いの二人、というのが共通認識だったようだ。

「ちなみに、姫宮さんについてはなにか知ってる?」

 話のついでにそう聞いてみると、女子学生は少々声を潜めて言った。

「男漁りしてるって噂は、聞いたことあります。姫宮さんを知ってる友達が言ってました。でも、私は姫宮さんとはそこまで親しくないから……事実かどうかは」

 たぶん普通に事実なのだろうとは思ったが、さして重要というわけでもなさそうだったので「そうなんだね」と流した。

「とにかく警察の捜査に協力してもらえると助かるよ。不安があれば俺や明崎さんになんでも言ってね。できる限り、寄り添って話を聞くから」

 そう締めくくって微笑んでおけば学生たちは頷いた。


 昼、十二時。そろそろ昼食休憩を挟もうという段階で主演女優の瑞木がやってきた。彼女は俺に気付くと怯えるようにそそくさと椅子に座る。それを見た明崎さんは代わりにお茶を差し入れると瑞木の隣に座った。

「お疲れ様です。今日は大丈夫そうですか? 体調とか、ご気分とか」

「そんなに良いわけじゃないけど……警察署に来られないほど悪くはないわ……」

 明崎さんの邪魔をしないよう、距離を保ちながら聞き耳を立てる。

 今日の瑞木はドレスではなく、春らしいパステルイエローの丸首トップスに、コーヒーブラウンのロングスカートを合わせていた。豊かな長い髪は高い位置で結われ、ウェーブがかけられている。耳にはシンプルなイヤリングが光り、手荷物として白いハンドバッグを持っていた。

「貴志くん、今日も取り調べを受けてるの?」

 その言葉に、明崎さんは「そこまでは、どうなんでしょう」と曖昧に笑った。

「そういえば、私、瑞木さんや貴志さんについてなにも知らないんです。差し支えなければ、どんな雰囲気のサークルだったか教えてもらえませんか?」

 瑞木は少し躊躇うように視線を泳がせたあと「私の知ってる範囲なら」と答えた。

「貴志くんはいい後輩よ。ちょっと不器用だけど、活動には熱心だし、不器用なりに気を遣ってくれてたわ。ただ、王鞍先輩とだけはライバルって感じだった。負けん気が強いっていうか、追い付け追い越せっていうか。貴志くんがそんな態度でいても、王鞍先輩は骨のある後輩だって可愛がってたし、貴志くんも期待を超えようといつも頑張ってた。切磋琢磨するいい関係だったわ」

「険悪といった雰囲気ではなかったんですか?」

「たまに言い合いになることはあった、けど、それが互いを高め合うためのものだってちゃんとわかってたわ。少なくとも私は、そうだったって信じてる……」

 瑞木は一度言葉を切って俯いたあと、続ける。

「長潟監督は王鞍先輩の演技に惚れ込んで監督に立候補したの。たくさん勉強してたわ。みんなで他校の劇を見て分析しようとか、映画を見て勉強しようとか、いろんな会を主催してた。長潟監督も、貴志くんには期待してたみたいよ。貴志くんも、よく言う事を聞いてた。学年や学部はバラバラだけど、全然、気にならなかったわ。楽しかった。あの時間が好きだった」

 瑞木がハンカチで目頭を押さえる。明崎さんはそんな瑞木を見守りながら「昨日の劇もよかったですよ。みなさん熱演でした」と言葉をかけた。

「どうして王鞍さんがあんなことになってしまったのか、知りたいんです。そのために探偵みたいなこともしてます。瑞木さんからお話を聞くのもその一環です。……なにか、知っていること、気付いたこと、違和感に思っていること、なんでもいいんです。教えてください」

 少しの沈黙のあと、意を決したように瑞木は言った。

「私も知りたい。知りたいわ。どうしてこんなことになったのか。悔しいのよ。大切な時間が壊されてしまった。許せないわ。……犯人を、見つけてほしい」

 明崎さんは「努力します」と静かに答えた。短かったが、確かな決意が込められた言葉だった。

 瑞木以外にも滑り込みで学生が来たため、一度場を離れた。が、以降も二人は穏やかに話を続けていたように思う。少なくとも、瑞木が昨日のように錯乱することはなかった。

 やがて警察官に呼ばれた瑞木は席を立ち、部屋を出て取調室へ向かった。


 夕方四時四十五分。学生もまばらになり今日はこの辺で撤収になるだろうかというところで彼女はやってきた。

「遅くなっちゃってごめんなさぁい~! まりん、昨日はショックで眠れなくってぇ~」

 姫宮海心だ。寝過ごしたらしいわりにばっちりとメイクを決め髪の毛をゆるくふわふわに巻いている。黒一色のシンプルなTシャツに、同じく黒でハイウエストのミニタイトスカート、薄手の黒いニーハイソックス。上から羽織っているMA-1は派手なビビッドピンクだが、裏地としてモスグリーンが伺えることからおそらくリバーシブル仕様なのだろう。靴は、黒のハイカットスニーカーだ。それもそうか、昨日の靴はヒールが折れたという設定だ。小物として黒のリュックを背負い、首に緑ベースのタータンチェックストールを巻いている。

 姫宮は受付を済ませると会議室内へ視線をやり、そこに俺と明崎さんが立っているのを見つけると一瞬硬直するように動きを止めた。

「……あ~! あかりちゃん~! 今日も会えるなんてぇ、もしかして運命~?」

 俺をガン無視して明崎さんに媚を売りに行く姫宮。なるほど、そういう対処をしてくるか。

 明崎さんは「えっと、昨日振りだね、まりんちゃん」と苦笑混じりに言って軽く俺を見た。が、すぐ「ここ、座ろっか」と俺から距離を取るような位置に姫宮を誘導する。

「お茶もらってくるね」

「え~、まりん、ココアがいい~。途中で買ってくればよかったぁ~」

「ごめんね、ここ、お茶しかなくて」

「取り調べってぇ、すぐ終わるのぉ?」

「どうかな……そろそろ警察の窓口が閉まる時間だから、そんなに長引かないとは思うよ」

「ほんとぉ~? まりん、結構落ち込んでるから家で静かに休みたいんだけどぉ、うちにある統治の遺品も整理しなきゃだしぃ」

 明崎さんを椅子から立たせたまま(つまりお茶を取りに行かせようとしたまま)無駄話を始めたので、俺は二人分のお茶を汲んで姫宮と明崎さんの前に黙って置いた。

 姫宮はあからさまに不機嫌な顔になったが、明崎さんは「すみません、ありがとうございます」と椅子に座り直した。

「……朔夜さんもいたんですねぇ。昨日振りでぇす」

 姫宮はどうやら俺に媚びることは諦めたようで、愛想笑いと共にそう世辞を言った。

 その際、気まずかったのか、単にストールが熱かったのか、姫宮は首元を緩める仕草をとった。姫宮は椅子に座り、俺は立っている。角度のついた状態で見ると首元の肌が少しだけ露わになり、そこには、昨日まではなかったはずの赤いアザが小さく浮かんでいた。

 ……なるほど?

 俺からの視線に気付いた姫宮は「どうかしましたぁ?」と不愉快そうに顔をしかめた。

「いや、別に。もしかして昨晩は俺が断ってしまったために寂しい思いをさせたんじゃないかと心配していたんだけど、杞憂だったみたいだね」

「!」

 姫宮はなにか言おうと口を大きく開けたあと、俺ではなく隣に座る明崎さんに向けて怒鳴った。

「ねえ! この人、嫌い! どうせあかりちゃんが連れてきたんでしょ!? 帰らせて! それが無理ならまりんが帰るから!」

 突然激高し始めた姫宮に、明崎さんはなにが起こったのかわからないという表情をしたが、それも一瞬のことで「落ち着いて、まりんちゃん。黒繰さんはなにもしないよ」と言った。

「わかんないでしょ! 帰り道に家までストーカーされるかもしれないじゃん! この人やだ! 嫌い! 帰らせて!」

 あまりにうるさく喚くので、受付役の警察官が応援を呼ぶべきか迷う様子を見せ始める。もちろん俺はただお茶を汲み二、三言葉を交わしただけで姫宮を家までストーカーするつもりなんかないのだが、姫宮が俺を嫌いというのは事実なのだろう。

 ふむ。

「じゃあ退室するよ」

 姫宮に向けてそう宣言し、場を離れることにする。追加で学生が来る様子はない。であればお茶汲みマシーンもお役御免というわけだ。

 俺のいなくなった第一会議室で明崎さんがどのようにして姫宮を宥めるのかは想像もできないが、そこは、明崎さんだ。きっと華麗に猛獣の手綱を握ってくれることだろう。そのあたりの対人コミュニケーション能力は、信頼している。

 署内の自動販売機でコーヒーと、仕事を終えた明崎さんに手渡すための紅茶とを購入し、休憩スペースに腰を落ち着け姫宮が帰るのを待つことにした。


 追記しておこう。この日、監督の長潟が午後一時頃に、安曇が午後二時頃に事情聴取を受けに来た。が、二人とも有益な情報は持っていなかった。もちろん貴志のことも見ていないそうだ。長潟に関しては今朝、貴志が心配で電話をかけてみたらしいが、通話には出なかったのだという。

「本当に犯人かどうか、まだわからないんですよね!? 貴志くん、思いつめてないといいんだけど……」

 長潟はそう言って取調室へ向かっていった。おめでたいのか、お人よしなのか。あるいは現実逃避かもしれないと思った。後輩が友人を殺したなどと、たとえ事実でも到底受け入れがたい。

 明崎さんは長潟に『貴志が犯人だ』とは伝えず、ただ「心配ですね」とその不安に寄り添った。


 やがて午後五時を回った。姫宮への聴取を最後に聞き込みを締めたからと、明崎さんが俺を呼びに来る。二人で第一会議室に戻ると、疲れた表情の士道が待っていた。

「今日は助かった。感謝する。……あー、明日も頼みたい……」

 頼みにくそうに、士道は明崎さんの様子を伺った。明崎さんは「わかりました」と頷く。多少なりとも疲労しているはずだったが、明崎さんはそれを感じさせない笑顔で溌剌と立っていた。

 明日もこの時間に終わるのであれば俺も参加できるだろう。会食は明日夜七時から、外島の迎えが夕方六時半だ。明崎さんとディナーを食べることはできないが、探偵助手はギリギリできる。

「簡単に情報共有をしてから帰りましょう。士道さんは、その、職務上私たちに言えないことのほうが多いかもしれませんが……それでも、私たちからの情報がなにかの役に立てば幸いです」

 そういって、俺と明崎さんがそれぞれ今日の成果を報告していると。

 会議室の外から「士道さん!」と若い警察官が慌てた様子で走り込んできた。その右手にはスマートフォンと思しき機械を持っている。形が少々特殊で、おそらく警察機関が職務中に職員に貸与しているものなのだろう。

 士道はその機械を受け取ると「もしもし?」と通話に応じ始める。

「なにィ!? 貴志が見つかったァ!?」

 あまりに大声で叫ぶものだから俺と明崎さんには捜査の内情が筒抜けである。

 が、士道はそんなことに構っている余裕はないらしく「どこだ! どこが挙げた!」と電話の向こうを問い詰める。

 やがて、

「はァ!? ンな馬鹿な!」

 と叫んだきり、言葉を発することもできず唯々諾々と報告を聞き始めた。機械越しに向こうがなにか喋っていることはわかるが、内容までは聞き取れない。そうして報告を終えると通話は終了した。

 半ば放心した様子の士道に、明崎さんが声をかける。

「貴志さん、見つかったんですか?」

「……ああ」

「どこで?」

「千葉の……海岸線だそうだ」

「逮捕できたんですか?」

 士道は顔を悔しそうに歪め少しだけ黙っていたが、ようやく口にする。

「逮捕は、できない。貴志耀平は千葉の海岸線で死体として(・・・・・)発見された(・・・・・)。付近の崖からは遺書のようなものが発見されている」

 明崎さんは、その報告に顎を引いて黙った。なにかに耐えるように数秒目を閉じ「そうですか」とだけ言った。

 場は、沈黙していた。士道も明崎さんもやりきれない様子だったし、俺も、神妙な面持ちで黙っていることしかできなかった。それもそのはず、これ以上なにか言うとネタバレに(・・・・・)なりかねない(・・・・・・)

 あくまで明崎さんの力だけで真相を暴いてほしい。今回の犯人は貴志耀平だが、それはあくまで表層に過ぎない。

 今回の事件(・・・・・)には(・・)真犯人が(・・・・)存在する(・・・・)

 これにて事件――出題編全二幕が終了となる。残るは最終第三幕――解決編。

 どうかここで終わらせず、最後まで暴いていってほしい。

 大団円のフィナーレを迎えられるかどうかは、探偵――明崎明の細腕にかかっているのだから。

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