3-12・束の間の休息
桜花宴大学葵ホールを出た演劇サークルメンバーは、それぞれ解散していった。瑞木にいたっては俺たちを避けるように帰っていったし、長潟も、声をかけるか迷っていたがやがて素通りするかたちで帰っていった。
「ウチらも帰る?」
安曇が背伸びしながら言う。
「っていうか、疲れたわ。状況もよくわかんないし。ホール来る前に帰ったまりん、悪運強すぎでしょ」
「そうですね。どこかで晩ごはんでも食べてから帰ります? それとも、解散にしますか?」
明崎さんが俺と安曇の表情を伺う。安曇は「ウチは帰ろっかなぁ」とリュックを背負い直す。
「言ったと思うけど、金欠でさ。こっから歩いて帰るわ」
「了解です。今日はありがとうございました」
安曇は手を振りながら正門方向へ帰っていく。今こそ明崎さんと二人で食事するチャンスだ。俺はスーツの襟を直すと「俺はなにか食べてから帰ろうかな。明崎さんはなに食べたい?」と聞いてみる。
「そうですね……じゃあ、いつもの喫茶店に寄りましょうか。なんだかんだ、あそこが一番考えをまとめるのにちょうどいいんです」
「わかった。タクシーを呼ぼうか?」
「いいえ、電車で向かいましょう。黒繰さんが思っているより、大学生は歩く生き物なんです」
明崎さんは冗談めかしてそう言うと、俺に向けて微笑んだ。
いつもの喫茶店に到着する頃には午後七時を過ぎていた。今朝方がいつものように気の抜けた態度で「いらっしゃいです」と出迎えるのを受け、明崎さんは「二人です」と言いながらいつもの窓際の席に座る。
「今日のオススメです」
今朝方が、普段のメニューとは別にラミネート加工された追加メニューを指で示した。そこには『大人様ランチプレート』とある。
「えっ!? 大人様ランチ始めたんですか!?」
目を輝かせる明崎さんに、今朝方は「ッスね」と自信ありげに頷いた。
追加メニューにはその大人様ランチの写真が載っていた。ハンバーグに、エビフライ、スパゲティとサラダ、極めつけは旗の刺さったオムライス。それらがひとつのプレートの上でこじんまり肩を寄せあう、いわゆるお子様ランチの豪華版のようなものだった。
初めて見る。なんだこのメニューは。
「じゃあ、私、大人様ランチにします!」
「えっ」
明崎さんの食い付きが異様に良い。なんなんだこのメニュー。そんなに魅力的か? やはり、オムライスが決め手なのか?
「お兄さんも、どうスか、大人様ランチ。今日のイチオシだとオレは思うんで」
なぜか今朝方からの押しも強い。そんなに自信を持って勧めるほどのメニューなのか? これが?
気圧されるかたちで「じゃあ、俺もそれで」と言ってみる。
「了解ッス。ご注文繰り返すです。大人様ランチふたつ」
大人様ランチ分の紙幣を前もって準備し俺に手渡してくる明崎さんのご機嫌な様子を眺めていると、そのうち料理がテーブルに届けられた。
写真の通りの料理だった。ハンバーグに、エビフライ、スパゲティとサラダ、そして旗の刺さったオムライス。特に意外性はないように思ったが、明崎さんは嬉しそうに顔をほころばせるとスマホで写真を撮り始めた。
「ちょっとした憧れとノスタルジーがありますよね、大人様ランチ」
「いや、絶対ウケるとオレは思うんで。店長に言ったんスよ。メニューに載せましょって。絶対ウケるとオレ、思ってるんで」
「はい、ウケると思います」
これがか?
俺はオムライスの旗を抜いて模様を眺めた。赤のインク一色でナイフとフォークがクロスした様子が描かれている。これが、ウケる? この子どもっぽいメニューが?
「旗の模様は特注ッス」
今朝方が誇らしげに言う。特注。これが。こんなものにそんなコストを。これに。
「いただきましょうか、黒繰さん」
「うん……」
俺は旗をプレートの端に置いて、ナイフとフォークを手に取った。
「………………」
どこから食べるのが正解かわからない。
「私はエビフライからかな~」
明崎さんが楽しそうに食べ始める。エビフライから食べるのがマナーということか?
「黒繰さんも、好きなのから食べちゃってください! それが大人様ランチプレートです!」
「はあ」
全然ピンと来ない。が、とりあえず明崎さんが食べるのと同じような順番で食べ進めていく。明崎さんがおいしそうに食べるだけあり、味は悪くない。
二人でディナーにランチプレートを食べながら明崎さんが言う。
「今日も、なんだか大変でしたね。せっかくのゴールデンウィークではあるんですけど、このあとの展開が気になるっていうか……」
「そうだね。やっぱり貴志くんが犯人なのかな?」
俺の言葉に「秘密の暴露ですね」と明崎さんは頷いた。
秘密の暴露とは、警察の他は犯人しか知りえないような情報を被疑者がつい口にしてしまうことだ。今回、俺の鞄にハチが紛れ込んでいたことは俺と、警察と、俺が直接伝えた明崎さんと安曇しか知らないはずの情報だった。それに対してなぜか貴志が言及した。その『なぜ』を論理的に追及していくと、そもそも俺の鞄にハチを紛れ込ませた犯人が貴志だからという推理が成り立つ。
「でも、貴志さんが犯人だとして、一体いつ……」
明崎さんはオムライスに刺さる旗を見ながら呟く。そう、問題は貴志がいつ王鞍にハチの針を刺し得たか、だ。それがわからなければ貴志を完全に追い詰めることはできないだろう。
俺は、オムライスを食べるためフォークからスプーンに持ち変えつつ「貴志くんの出番は、終盤はとても少なかったよね」と言った。
「そうなんです。終盤は王鞍さんと瑞木さん、二人の関係性に焦点が当たっていました。瑞木さんが包丁を刺す以前の貴志さんの最後の出番は、王鞍さんが倒れる演技をする十五分以上前です」
それに、今回の演劇はあくまでリハーサルだ。劇の途中で針が刺さるような痛みと共にアレルギー症状が出れば流石に王鞍の独断で演技を中断していいレベルと言える。
しかし、今回そのような気配はなかった。
「包丁で刺されたとき、あるいはその周辺にハチに刺されているはずなんです」
明崎さんは言いながら、オムライスの旗を抜いて眺める。ナイフとフォークがクロスして描かれた、特注の旗。
その模様を眺めながら「そういえば話が変わるんですけど」と明崎さん。
「劇場の舞台の上、色付きのガムテープが貼ってありましたよね。あれってなんなんでしょう?」
「ああ、あれはバミリテープだよ」
「バミリテープ?」
明崎さんは旗を置いて俺を見た。
「舞台上に色のついたガムテープを貼ることで、大道具や役者の立ち位置が目で見てわかるように示してあるんだ。場を見るで場見り、それを表すテープだからバミリテープ。単にバミテと略されることもあるかな」
「なるほど、それで黒とか黄色とか緑とか、あんなにたくさん……」
「やっぱり目印がないと難しいんだと思う。最後、王鞍くんはきちんと舞台の中央に倒れたことでスポットライトを印象的に浴びたけど、あれはライトをその場で動かしてるわけでも、動かせるわけでもないんだ。人間のほうが合わせなきゃ」
明崎さんは「なるほど。じゃあ……」と言葉を探るようにして言った。
「王鞍さんが倒れる位置は、テープで固定されていた……ってことですか?」
「そうなるね」
「そのテープの上に必ず倒れるんですね?」
俺は、たしかにそういう言い方もできるなと思いながら頷いた。
明崎さんは「なるほど……なんとなくわかりました」とオムライスを一口頬張った。




