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その探偵助手、黒幕につき  作者: 上山流季
第三話「舞台に立つ者そつなく演ぜよ」
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3-4・衝突

 大学の正門前にはすでに明崎さんと安曇が二人で立っていた。明崎さんは俺に向け手を振ろうとして、しかし姫宮の姿がないことに気付くと隣の安曇と顔を見合わせる。

「お待たせ」

 声をかけると、明崎さんは「えっと、まりんちゃんは……?」と尋ねてきた。

「ああ、姫宮さん。彼女は戻ってくる途中でヒールが折れてしまってね。歩けないし危ないから、一度家に帰るよう言ってタクシーに乗せたんだ。大丈夫、怪我はしてないよ」

 俺からの説明に安曇が「あのヒールってたしかこの前買ったばっかだって自慢してなかった……?」と明崎さんに確認した。

 明崎さんは笑顔の俺と不審そうな顔つきの安曇を交互に見たあと、悩ましい表情で言った。

「改めて確認しますが、まりんちゃんに怪我はないんですね?」

「幸運なことにね」

「じゃあ……そうですね、そういうことで……了解です」

 明崎さんが言うと、安曇がため息をつきながら「あかりが言うなら、そういうことにしとくか」と言って俺を見た。

「流石に、これだけのイケメンに手酷くフラれたんならもう戻って来ないだろ。サークルへの顔出しだけするか」

「そうですね。まりんちゃんは帰っちゃいましたけど……」

 明崎さんは苦い顔で俺に向け説明する。

「そもそも、今日の見学はまりんちゃんが主催なんです。劇の主演が、えっと、まりんちゃんの彼氏さんで……」

 なるほど、彼氏が舞台に立っている隙に別の男を誘惑するとは余程の女優だったと見える。しかも明崎さんたちの反応を見るに、常習犯なのだろう。

 ああいう手合いは自身の魅力に絶対の自信を持っている。それを一蹴しプライドをへし折り帰らせることに成功したのは、俺としても悪くない気分だ。謝罪の気持ちとか罪悪感とか全然湧いてこない。どんどん姫宮への株が下がっていく。一周回って気分がいい。ざまあみろ。

「それじゃあ行こう。ホールまでの道案内はお願いしても?」

 俺が音頭をとると、明崎さんは「もちろんです。……ちょっと、気まずいですけど」と安曇と目配せして歩き始めた。


 桜花宴大学、(あおい)ホール。赤茶けたレンガのレトロな外装に反し、中身は近代的なホールのそれだった。二階席こそないものの三列ほどに分かたれた客席群が階段状に舞台を見下ろしている。椅子は赤い布で覆われており統一感と高級感を演出していた。収容人数はざっと見積もって五百から六百といったところか。緞帳(どんちょう)は、今は上がっている。舞台上には劇に使用するのだろう大道具や小道具が置かれ、床には色とりどりのガムテープが貼られていた。このガムテープはバミリテープと呼ばれるもので、大道具の位置や役者の立ち位置の目印である。

 劇場内で台本と思しき紙束を持つ学生に明崎さんが声をかける。どうやら楽屋に案内してもらえるらしい。どのみち、事情は話しておかなければならないだろう。主催の姫宮はヒールが折れて帰ってしまったのだから。

 一度劇場から出て通路を歩き、やがて共同控室となっている大きな楽屋に辿り着いた。

「お疲れ様です」

 明崎さんの挨拶に、楽屋内で集まって会議していたらしい演劇サークルの面々がこちらを向いた。彼らは舞台化粧を施しており、衣装も本番用のものを着込んでいるようだ。観客もいないのにご丁寧かつ本格的なことだ。あるいは、新入生への指導も兼ねているのかもしれない。大学サークルなんて三、四年もすればメンバー全員が入れ替わるのだから技術の継承は必須だろう。

 楽屋にいるのは全部で四人。男子学生が三人、女子学生が一人。うち三人が顔に化粧を施しており、唯一化粧をしていない男子学生は手に台本を持っている。彼はおそらく監督とか演出とかそんな立ち位置なのだろう。

 明崎さんは暫定監督の男子学生に「これ、差し入れです」と紙袋を手渡す。それから、姫宮が急遽来られなくなったことを説明しようとして、

「お前か、まりんを傷付けたのは!」

 怒声と共に男子学生の一人が俺に近付いてきて勢いよく胸倉を掴んだ。

「おっとと」

「どのツラ下げて来やがった! 口止め料なんてふざけたマネしやがってよォ! 男として恥ずかしくねェのか!? あァ!?」

 俺と同じくらいの身長の男だ。髪はセットされた明るい金髪、襟足長めのミディアムカット。耳にはピアスが開いており若干チャラついた印象だ。衣装なのか、Tシャツの上に派手な緑のジャケットを羽織っている。ズボンは緑と黒のストライプ。男子学生は化粧の施された顔を険しく怒らせており、どことなく般若面を連想させられた。

「ちょ、ちょっとプリンス!」

 暫定監督の男子学生が止めに入る。なるほど、プリンスというのが呼び名らしい。言われてみればなかなか整った顔立ちをしている。俺の次くらいに。

「なにニヤニヤしてんだ!」

「やめなって!」

 しかしプリンスを無力化したのは、暫定監督ではなく意外にも安曇だった。さっきまで明崎さんの隣にいたと思ったが、いつのまにか、彼女は俺とプリンスのかたわらに立っており、右手でプリンスの手首を掴んでいるのだった。

「やめときなよ、王鞍(おうくら)。ウチが空手有段者だって知ってるだろ? 今なら、誰も怪我してない」

「こ……こんな奴を庇おうってのか!?」

「黒繰さんはどっちかっていうと被害者じゃないかと思うけど」

「はぁ……!?」

 納得はしないながら、プリンス改め王鞍は俺の服から手を離し一歩後退する。俺は胸元を整えながら「ありがとう」と安曇に礼を言った。安曇は「いえいえ、知り合いがすんません」と返した。

「……このメッセージを見ても同じことが言えるのかよ!」

 王鞍は、メンバーで囲んでいた机の中心から一台のスマホを持ってくると安曇に向け掲げた。どうやら姫宮とのメッセージ履歴のようだ。

「安曇さんも明崎さんも、読んだほうがいいよ」

 暫定監督がそう助言する。この様子だと、場にいる演劇サークルメンバーは全員がメッセージを読んでいるようだ。女子学生は自分を守るように両腕を押さえて身構えているし、胸倉を掴んでこなかったほうの男子学生もまた、俺を強く睨みつけ敵意を剥き出しにしている。

 そんな雰囲気を感じてだろう、明崎さんが「拝見しますね」と王鞍からスマホを受け取り中身を確認した。

「…………」

 確認を終えた明崎さんは険しい顔で安曇にスマホを手渡した。読んでみろということだろう。

「じゃ、ウチも失礼するよ」

 安曇がメッセージ履歴を読むのを、後ろから覗き込んで一緒に中身を確認する。それは王鞍と姫宮の個人メッセージ画面で、大体このようなことが書かれていた。

『こわい むり たすけて』

『ごめん 今日行けそうにない』

『あかりちゃんのつれてきた男の人におそわれそうになった』

『壁際に追い込まれて』

『抱きつかれて』

『キスされそうになった』

『黙ってろってお金わたされた』

『こわかった 今日はもうむり』

『ごめんね』

 なるほど、俺は姫宮海心を過小評価していたらしい。

 明崎さんと安曇からの視線が一転して俺を疑うものになっていることを確認し、ため息をつく。

「言い訳があるなら聞くぜ」

 勝ち誇った表情の王鞍に、場に満ちる懐疑の眼差し。

 姫宮海心は女優なんかじゃない、名女優だ。あれだけの短時間でここまで俺を追い込む手腕、演出、そして演技。どれも一級品に値する。

 さて、俺は名女優と言う人種が大嫌いだ。

 叩き潰したい。徹底的に。

「なんとか言えよ!」

 吠える王鞍。しかし俺はまだ姫宮の潰し方を考えている最中だ。五分くらい待てないのだろうか。

 ここで、明崎さんがサークルメンバーに向け釈明する。

「待ってください。黒繰さんはそんなことをするような人じゃありません。……たぶん」

「たぶんじゃねえか!」

「とにかく、今はまだまりんちゃんの言い分しか聞いていません。私たちは、黒繰さんから『まりんちゃんのヒールが折れたからタクシーで帰らせた』とだけ聞いています。その件が本当かどうか、もう一度この場で確認します」

「ものは言いようだなァオイ!」

 明崎さんは凛とした眼差しで俺に聞いた。

「なにが起きたのか、もう一度、今度はちゃんと説明してもらえますか?」

 明崎さんの瞳は、俺を疑う気持ち半分、信じたい気持ち半分といったところか。中立の立場で俺の言い分を聞きたいということなのだろう。

 俺は「わかった」と返すと王鞍に歩み寄った。

「実演するから相手役を頼めるかな?」

「は?」

「姫宮さんにやったこと、言ったことを再現するということだよ。まず、壁際に移動してほしい」

「やっぱり壁際に追い込んでんじゃねえか!」

 俺は、王鞍の罵声には乗らずもう一度「まず、壁際に移動してほしい」と繰り返した。

 王鞍はしばし逡巡していたが、全員からの視線を受け、舌打ちしたあと渋々壁際に移動した。後ろを俺もついていく。王鞍が壁からこちらを振り向いたところで彼の左手首を掴むと、右肩を強めに押し壁に縫い留めた。

「は……!?」

 咄嗟のことに対応できなかったと見え大きく口を開ける王鞍。周囲のサークルメンバーや安曇、そして明崎さんが息を呑む気配を感じながら、続けて王鞍の両足の間に右足を差し込み、左右の逃げ道を腕で塞いで抱き合うように身体を密着させる。

「ちょっ……オイ!」

 目と鼻の先の距離で怒鳴る王鞍に向け、俺は嘲笑を浮かべると耳元で甘く囁いた。

「断るよ。俺は君ほど暇じゃない。君じゃ全然釣り合わない。君には少しも価値がない。興味がない。関心がない。俺にとって、君は死ぬほどどうでもいい」

 場は水を打ったように静まり返った。

「……、は?」

 行動と台詞のミスマッチに王鞍がフリーズしているうちに、殴られない程度の距離まで離れて俺は言った。

「慰めてあげたい、なんて誘われたから断ったんだ。たしかに、見ようによっては俺が壁際に追い込んで抱きついてキスしようとした、ようにも見えるね。黙っていろとは言わなかったけど、ヒールが折れたことにして帰るように、とアドバイスはした。そのときにタクシー代を渡した。彼女が具体的に俺をどう誘惑しようとしたのかは、姫宮さん本人に聞くといい。今晩は暇だと言っていたよ」

「て……テメェ!」

 殴りかかろうとする王鞍を、安曇が「ストップ!」と叫んで取り押さえる。

「今のが本当ならどう考えてもまりんが悪いだろ! 八つ当たりすんな!」

「うるせえ! 絶対に許せねえ! ぶっ殺してやる!」

 全体としては、女性陣を中心に『そもそも姫宮が悪いのでは』といった空気に変わっていた。俺の行動に対して驚きはしたのだろうが、自業自得というかなんというか、やらかしたからやり返されただけということにある程度の理解を示している感じだった。

 俺はスーツの襟を正しながら言う。

「俺もちょっと大人げなかったね。反省してる。それに、怖い思いをさせてしまったようだ。姫宮さんを傷付けてしまったらしいことについては謝罪するよ」

「ふざけんな! 大体、俺がいるのにまりんが今晩ヒマしてるわけねえだろうが! でっちあげだ!」

「俺だって姫宮さんに恋人がいると知っていたならあんな追い払い方はしなかったよ。でも、そういえば彼氏がいるとは聞かなかったな」

「こ……殺す!」

「王鞍!」

 安曇と暫定監督、そしてそれ以外のサークルメンバーたちが暴れる王鞍を宥める中、明崎さんが俺のもとにやってきた。

「あの、黒繰さん」

 背後の喧噪が遠のいて、明崎さんの姿と声だけが浮かび上がるように感じた。

「思うに、やりすぎです」

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