表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その探偵助手、黒幕につき  作者: 上山流季
第二話「あなたへ捧ぐホワイダニット」
PR
15/20

2-4・黒幕と喫茶店員

「それでは行きましょうか」

 明崎さんが警察署に向かってしまったので、テンション低く俺は言った。そのまま士道がついてくるかどうかも確認せず歩き始める。

「アンタ、本当に露骨に態度変わるな……」

 困惑気味の士道。

 そもそも今日の目的は明崎さんのお菓子を食べることなのに、事件が起きて、巻き込まれて。そのうえ肝心の明崎さんとは別行動だ。テンションを維持するほうが難しい。

 鴨居と鷹柱が心配? そんなわけあるか。どうでもいい。

 しかし俺にとってどうでもいいことでも明崎さんにとってはそうでない。であれば明崎さんの意向を尊重するのが俺という探偵助手だ。いつだって俺は明崎さんの味方なのである。少なくとも、明崎さんの前ではそうでなくてはならない。

「アンタは今日は、なんだ? 嬢ちゃんと喫茶店で待ち合わせでもしてたのか?」

 沈黙が気まずいのかアリバイ確認なのか、士道が声をかけてくる。

「そんなところです。午後一時に喫茶店に寄ったあと、事件現場を見つけるまでは駅前で仕事をしてました。午後一時の時点で店内に客は少ないように思っていましたが、たしかにゼロではありませんでした。鴨居さんもそこにいたのでしょう」

「アンタも急な仕事で離席……ってことか?」

 どちらかというと順序が逆なのだが説明が面倒なので発言は控えた。

 再び訪れた沈黙に、士道が言う。

「アンタから質問はねえのか? たとえば、なんで俺が鴨居と鷹柱にアリバイ確認したのか、とか」

「さっき明崎さんが聞いてたじゃないですか、それ」

「嬢ちゃんは探偵だからわかるだろうが、アンタは助手なンだろ?」

 暗に『意味がわかったのかどうか』という探りなのだろう。無視してもよかったが、これ以上絡まれるのも面倒なので端的に解説することにした。

「割れた窓は外側、つまり庭側にガラスの破片が落ちていた。ガラスを金属バットで割ろうと思うと勢いをつけて殴る必要があるので殴った側とは反対側にガラス片が飛び散るはずです。それが庭に落ちていたということは窓は内側から(・・・・・・)割られた(・・・・)ことになります」

 要するに、強盗殺人というのは偽装工作なのだ。犯人はまず家に(・・・・)侵入して(・・・・)から(・・)鴨居(夫)を殺し、強盗の仕業に見せかけるため窓を内側から割ったのだ。一瞬でも警察に強盗殺人を疑わせたことから、家の中が相応に荒らしてあるのだろうとも推測できる。

 ここまでの工作を十分や十五分で行うのは難しい。そうなると犯人は喫茶店を三十分近く離れていた鴨居(妻)が最有力だ。次点で郡とかいう借金取り。しかし郡は警察に通報している。犯人なら殺害直後に通報などしないだろう。まして強盗に見せかけるための偽装工作までやっているのだ。郡が犯人だとすると通報してもリスクばかりで旨みがない。

 一番の大穴は鷹柱だが、この女を犯人にすることも理論上は可能だ。鷹柱が鴨居(妻)と共謀して夫を殺したとする仮説である。鷹柱が夫を殺している間に妻である鴨居が鷹柱のアリバイを証言する、ただそれだけ。そもそも午後一時二十五分の時点で駅にいたことが嘘なら鷹柱のアリバイは存在しないも同然。電話など適当にでっちあげればいいだけの話だ。……が、今回に限ってこの仮説は成立しても意味がない。鴨居にアリバイがないからだ。双方の現場不在証明ができなければ共謀するメリットがない。

 まあ、どれでもいい。誰が犯人でも別にどうでもいいことだ。それに犯人当ては俺の仕事ではない。きっと明崎さんが華麗に決めてくれるだろう。

 俺からの回答を受けた士道は「ま、そういうこったな」とため息をついた。

「やりづれえや、ホント。鴨居が一番怪しいのは間違いねえンだが、問題は鷹柱だよ。気を遣ってるつもりなのはホントだが、ああも目のカタキにされると対応に困っちまう。過度にお伺いを立てるべきじゃねえンだが、あんまり高圧的だと今度は鴨居が萎縮しちまう。あーあ、やりづれえ」

 別に返答を求めての愚痴ではないのだろうが、俺は言った。

「そもそも警察という時点で第一印象が悪いんじゃないですか? 士道さんがどれだけ心を尽くしても意味なんかありませんよ。立場の問題です」

「滅茶苦茶ドライだな。いや、言いたいことはわかるンだけどよ……」

 士道は低く呟く。

「それでも、人に寄り添ってこそだろ、警察なンてよ」

 後ろを歩く士道へ目をやる。士道は「なンだよ」と顔を険しくした。

「いいえ。本心なんだな、と」

 俺は足を止めることなく辿り着いた喫茶店の扉を開けた。

「いらっしゃいです。……いや、おかえり? お兄さんはおかえりです。あ、そっちのお客さんはいらっしゃいです」

 今朝方が胡乱な挨拶で来店を出迎える。士道はスーツの内ポケットから黒革の手帳を取り出し「警察だ」と告げた。

「ちょっと事情を聞きたいんだが、いいか? まず、この女性に見覚えは?」

 士道は現場前で撮影した鴨居の写真を今朝方に提示した。泣いた直後だったので少々目が腫れている。

「おー、警察の方……お疲れ様ッス」

 一度頭を下げたあと写真を確認して「お、常連さんなんで知ってる人ッス。カモイさん……だったかな。今日、いらっしゃってたですよ」と言ったあと俺を見た。

「お姉さんが焼けたお菓子をお裾分けしてたッス。三時より早く焼き上がったんで」

「具体的な時間ってわかるかな?」

 士道を差し置いて今朝方に詰め寄る俺。この『具体的な時間』というのはもちろん明崎さんのお菓子が焼き上がった時間のことだ。

「そうッスね~……カモイさんは十二時半には来てたとオレは思うんで。そのあとランチプレートをご注文になって、一時半頃かな、一回お会計して店を出てったッス。二時前には戻ってきてまたお飲み物をご注文になったですね。履歴自体は注文の機械に残ってるんじゃないかな~とオレは思うんで、ご確認してもらって大丈夫ッス。そのあと五分くらいしてからお友達の人が……名前は知らないんスけど、たまに来るお客さんです。その人と合流して、お茶してたですね。でも三時十五分頃にはなんか警察から電話が来たとかで、カモイさん、お友達の人、あともう一人、アキサキさんって名前の常連さんがサポートするカンジで店を出たッスね」

「なるほど……」

 手帳に今朝方の証言をメモし始める士道に構わず、俺は「そうじゃなくて」と今朝方との距離をさらに詰める。

「お裾分けされたという明崎さんのお菓子は、いつ、出来上がっていたのかな? 少なくとも三時十五分よりは前という計算になるんだけど、具体的には?」

 今朝方は少々ビビるような挙動をしたあと「お菓子は二時四十五分には焼き上がってて……でもお兄さんと連絡がつかないし、お菓子冷めちゃうしってことで、お姉さんがお客さんみんなに振る舞ったんスよ」と言い訳するように一歩後ろに下がった。

 俺は、今朝方が逃げないよう腕を掴んだ。

「お菓子、もしかして全部配っちゃった?」

「いや! いやいや! 違うですよ! ちゃんとお兄さんの分はあるです! ホントですよ! そもそも多めに焼いてて、最初からお客さんみんなに配るつもりだったんじゃないかな~とオレは思うんで! っていうか、お菓子は一度にたくさん作ったほうが美味しいみたいなことをお姉さんが言ってたんで! オレも一個もらったッスけどマジちゃんと美味しかったッスよ!」

「俺より先に明崎さんのお菓子を? 君が?」

 顔面蒼白の今朝方は、二の句を継げず口を数度開け閉めした。

「あー……ッスね……そういうことに……ッス……あー……」

「そっか。美味しかったんだね」

「……ッスね……あー……はい……ッス……」

 俺は今朝方の首を人さし指で軽くなぞった。

「今朝方くんは、辞世の句って概念は知ってるかな?」

「待て待て待て待て!」

 士道が、俺と今朝方の間に割って入った。

「事情はよくわからんが証言者を殺そうとすンな! いや証言者じゃなくても殺そうとすンな! あと警察を差し置いて関係のない質問をすンな!」

「お、オレ、死ぬんスか……?」

 怯える今朝方。この様子では辞世の句という概念は知らないのだろう。

「死なない死なない! えーっと、今朝方さん? でいいか? 時間について確認が取りたいんだ。注文履歴を見せてもらっても?」

「この事件が終わったら、オレ、どうなるんスか……?」

「どうもならない! 大丈夫だ! 落ち着いて!」

「事件が終わったら切腹の作法を教えるからね」

「アンタは黙ってろ!」

 店にいると今朝方が萎縮するからと、俺は士道によって店を追い出された。案内させるだけさせておいて外に追いやるとは警察の横暴も極まったものだ。

 しかし頭を冷やす時間としてちょうどいいのも確かである。

 スマホに来ていた会社の人間からの安否確認のメッセージに適当に返信しながら、俺は状況を整理する。

 十二時半、鴨居が喫茶店に到着。

 一時二十五分、鴨居が鷹柱に電話をする。最寄りまで三十分かかる駅にいたと鴨居が証言している。

 一時半、鴨居が郡からの電話を受け、直後店を出る。銀行で金を下ろし郡との合流を試みるも不発に終わる。

 二時前、鴨居が店に戻ってくる。

 二時、鷹柱が店に合流。その後事件が発覚する三時十五分まで二人にはアリバイがある。

 そして三時十五分、家を訪ねたらしい郡の通報によって事件が発覚。郡はそのまま事情聴取に応じ、鴨居と鷹柱も現場に駆けつけたのち聴取に応じている。

 警察の最初の見立て通り強盗殺人である可能性は、ハッキリ言って低い。なぜならリビングの窓が内側から割られているからだ。犯人は現場となった家に入るためのなんらかの手段を持っている人物ということになる。

 怪しいのは当然鍵を所持しているだろう鴨居(妻)、その鴨居(妻)から鍵を借りられそうな鷹柱、そして、家を訪ねても内側から鴨居(夫)によって鍵を開けてもらえそうな郡の三人だ。

 鴨居(妻)は士道が疑うように一時半から二時前までの三十分に空白が生じている。この間に帰宅して夫を殺し、部屋を荒らすことは不可能ではない。

 次に鷹柱。この女に関しては二時からしかアリバイがない。しかし一時二十五分の時点で最寄りまで三十分かかる駅にいたと鴨居(妻)が証言している。が、証言者は鴨居(妻)だけだ。鍵を借りることとアリバイの証言を共に頼めば犯行は可能だろう。

 最後に、郡。この男は第一発見者、兼、通報者だ。一時半の時点で鴨居(妻)に対して金を返さなければ家を訪ねると予告し実際その通りに行動している。が、家に到着したのは電話から二時間近く経過した三時十五分。その間に鴨居(夫)を殺し部屋を荒らすことは十分可能だろう。

 とはいえ俺は郡博踏という男に会ってもいないし喋ってもいない。流石に情報が足りない。まだ推理すべきときではないということだ。

 そして俺が推理する必要もない。俺の役割は探偵助手。明崎さんのフォローと、その活躍の目撃こそが本来である。状況の整理はその前準備にすぎないのだ。

 それにしても。

「明崎さんのお菓子、いつになったら食べられるんだろう……」

 やがて店を出てきた士道とパトカーに乗り合わせるかたちで明崎さんを迎えに警察署へ赴くのだが、俺のテンションは結局、少しも上がることはなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ