2-3・鷹の目
被害者は鴨居朗也、三十六歳男性。死因は撲殺。凶器として遺体近くに金属バットが落ちていた。鴨居(妻)の話によると、どうやら家に元々あった物ではないらしい。犯人が持ち込んだあとそのまま捨て置いたのではないかというのが警察の見解だ。
泣き崩れる鴨居を介抱する明崎さんと鷹柱を見ながら、俺はキープ・アウトの内側から改めて現場となった家を見る。
二階建ての一軒家。そんなに大きくはない。築年数は最低でも三十年弱。赤茶色の壁に、黒い屋根。ブロック塀に囲まれた中には小さく庭と呼べるスペースもある。玄関脇には枯れた植木鉢が放置されていた。
「庭に面した窓が割られています。侵入経路はおそらくそこかと」
士道が慣れていないのだろう敬語で鴨居に説明するのを聞きながら庭に目をやる。玄関の前からでは割られたという窓は確認できなかった。ブロック塀から中に入り、角を曲がったところにリビングに通じる窓があるようだ。
現場はブロック塀で守られた死角というわけだ。強盗もいい家に目を付けたものである。
「犯人は見つかっているんですか?」
士道に声をかけると「まだだ」と返ってくる。
「現在広範囲に捜査網を敷いてるが犯人に関する目撃情報は上がってきてない。近隣の聞き込みやパトロールを強化してる段階だ。なンせ、まだ発見してから一時間もたってないからな」
「なるほど。誰が通報を?」
「被害者の友人……と名乗ってる男だ。なンでも、金を返してもらうために訪ねてきたンだと」
被害者には借金があるのか。じゃあ前言撤回。金の持っていなさそうな家で殺人までして強盗はくたびれ儲けだ。
「あの……通報者ってもしかして郡さん、ですか?」
明崎さんと鷹柱の介抱でようやく泣き止んだとみえる鴨居がおずおずと士道に聞いた。士道は「その通りです」と言って郡とかいう人間の顔写真を鴨居に見せた。
セットした黒髪、スーツ、そして作り笑顔の四十代中盤の男だ。ネクタイの柄が派手で目を引く。おそらく通報後ここで撮った写真なのだろう。
しかし、これは友人というよりも。
「郡さんからは、その、主人がお金を借りていて……」
「……一応聞くけど、どのくらい?」
「えっと……三百万円ほど……でも、利子がついてて……」
士道は苦虫を噛んだような顔をしたが、事務的に「その男……郡博踏は今、署で事情聴取を受けています」とだけ説明した。
「あなたがたも、署でお話していただけますかね? ここ数時間、何をしてたとか……」
ここで鴨居ではなく黙っていた鷹柱が割って入った。
「ヒトエならアタシといたけど。ここ一~二時間はそうだったと思う。近所の喫茶店で待ち合わせしてたの。ね、明崎さん」
話を振られた明崎さんは頷く。
「正確な時間も覚えています。単衣さんは午後一時時点ではすでに喫茶店にいました。店員の今朝方さんからも証言が取れると思います。その後、午後二時には鷹柱さんが遅れて合流して、そのあとお二人はずっと喫茶店にいました。単衣さんはたしか、ランチのために店に来てからずっといますよね?」
「は、はい……十二時半には、いたかと……その、ツムちゃんから急な仕事で合流が遅れるって連絡が来て……でも、今日は元々ランチしようって約束で……」
たどたどしく答える鴨居の様子を伺いながら「ふむ」と士道は顎を撫でた。
「その……一応形式上のものだから聞くが、喫茶店にいる間、十五分以上席を外した人間はいたか? 十五分ってのは、目安としてだ。喫茶店からここまで何分の距離か俺ァ知らねえからな」
「大体四~五分だと思います」
明崎さんのフォローに「じゃあやっぱり十五分だな」と士道。
しかしその姿勢に鷹柱が噛み付く。
「アタシたちのこと、疑ってるのかな?」
「いや、その、あくまで形式上だ。こういうことを聞くように決まってるンだ」
「だったら配慮が足りないな。ヒトエは旦那を亡くしてショックを受けてるの。もっと優しい言い方、できないかな」
士道は「……どうもすみませんねえ!」と言いながら顔を引きつらせている。なるほど、奥さんがいたらなんだかんだ尻に敷かれるタイプと見た。
士道と違って落ち着いた様子の明崎さんが「そういえば」と言葉を発する。
「午後一時半、鷹柱さんが来るまでの間に単衣さんは席を外していましたよね? 三十分くらい……」
鴨居単衣は「そ、それは、郡さんから連絡があって……」と釈明した。
「今すぐお金を返してほしい、さもなければ家に来る、そういう電話で……それで、私、慌てて銀行にお金を下ろしに行ってて……でも、郡さんと連絡がつかなくて、結局会えずに引き返してて……」
士道が片眉を上げた。
「それを証明する人間は?」
「いいえ……。でも、通報があったってことは、結局、郡さんは家に来た、んですよね……?」
「そうだな。だから、そういう電話があったことは事実なンだろ」
含みのある言い方だ。想像した通り、鷹柱が噛み付く。
「それ、どういう意味かな? ヒトエが、その郡って男が来るまでの間に旦那を殺したとでも言いたいのかな?」
鷹柱の言葉に鴨居は両手で口元を覆った。顔色は真っ青だ。
「ち、ちが、違います! 私、そんなこと……!」
「とにかく、続きは署で個別に聞かせてもらう。ここではこれ以上はナシだ」
「待ちなよ! そうやって個室に追い込んで自白を強要するつもりなんだ? 警察ってホント最低だね。大丈夫、一人になんてさせないよ。ヒトエのことはアタシが守ってあげる」
鷹柱は怯える鴨居の手を取り、握る。そうして扉を開けて待っているパトカーへの乗車を拒否した。
その様子に苛立ちを隠せない士道が「怪しいのは単衣さんだけじゃねえぞ」と鷹柱に睨みを効かせる。
「約束の時間より二時間以上遅れて到着した鷹柱さん、アンタも容疑者だ。どこで何をしていたのか、説明及び証明できるか?」
「普通に仕事に追われてた。けど、アタシはどっか途中の段階でヒトエと電話してる。そのときは駅にいたよ。たぶん、午後一時半前だね」
鷹柱の様子に明崎さんが「たしかに電話しているのを見ました」と言った。
「午後一時半頃、単衣さんは二件の電話をしていたと記憶しています。一件目はおそらく鷹柱さんにかけたものでしょう。二件目が、郡さんという方からの電話を受けたものです。そのあとすぐ単衣さんは喫茶店から出て行っています」
「鷹柱さん、アンタがいた駅ってのはどこだ?」
「職場の最寄りだよ。ここに来るまでには乗り継ぎ込みで三十分。でも、午後二時にはアタシは喫茶店についてる」
「証明できるか?」
士道の言葉に、控えめに鴨居が手を挙げた。
「ツムちゃんはたしかに駅にいました。後ろから路線名のアナウンスが聞こえていたので……すぐ電車が来たので通話自体は短いですけど、スマホに記録が残ってます……」
「差し支えなければ、確認しても?」
手を差し出す士道に向け、しかし鴨居は抵抗する様子を見せる。
「そ、そもそも、強盗殺人……なんですよね? どうして私たち、疑われてるんですか……? そんなことより、早く、強盗を捕まえてください……私もツムちゃんも、人殺しなんかじゃ……」
鴨居に便乗するように、鷹柱も「そうだよ!」と語気を荒くする。
「強盗殺人って言い出したのは刑事さんだよ! 強盗が見つけられないからって、無実の市民を疑うのはどうかと思うな! 大体、その郡って男が怪しいんじゃないの!? お金がないから旦那を殺して、家を漁ったって可能性もあるよね! あるいは、保険金目当てかな!」
「もちろんその線で捜査もしてる。ただ、郡さんは事情聴取に応じてる。アンタらはまだ応じてない」
士道の毅然とした態度に、鷹柱は一瞬言葉を詰まらせた。
「一刻も早く事件を解決するために協力してほしいって言ってるだけなンだがな。俺の態度はそんなに横暴か? 言い方に配慮は足りねえかもしれねえが、これでもアンタらに対して気は遣ってるつもりだ。疑いを晴らすためアンタらのアリバイを立証するのも俺の仕事なンだ。不満をぶつけるのは構わねえが、非協力的な態度は心証を下げるだけだぞ」
鷹柱は黙ると、悔しそうに俯き「それでも……」と呟いた。
鴨居は、そんな鷹柱の様子に動揺したのか、スマホを士道に差し出した。
「あの、これ……見てもらえばわかります。ツムちゃんと通話したってこと。この時間、ツムちゃんは確かに駅にいました」
士道は「失礼します」と言って鴨居のスマホを操作し「たしかに、午後一時二十五分に発信記録がある」と確認する。
「その、電話をかけるほんの少し前、ツムちゃんからメッセージが入っていて。でも、急いでいたからだと思うんですけど、打ち間違ってて。それですぐ電話したんです。何か急用なのかもって」
鴨居の言葉に、士道はメッセージアプリを開いてそちらも確認する。たしかに、そこには『おやつまた!すくまむかぬれ』と表示されていた。
スマホのフリック入力だと仮定すると『終わった!すぐ向かう!』が正しい文章だと推理できる。およそ急用ではないだろうが、仕事が終わったなら電話しても問題のないメッセージではあるだろう。
「なるほどな……話の続きは署でお願いできますか?」
士道の言葉に、鴨居は躊躇いがちに頷いた。
「はい……わかり、ました……。行こう、ツムちゃん……」
鷹柱は「わかった。けど、手短にお願い」と言って、案内されるままパトカーに乗り込んだ。
士道は運転席の警官と二言三言話したあと、現場に残る判断をした。おそらく事情聴取は女性の警察官が担当するのだろう。これ以上士道があの二人から話を聞くのは、たぶん無理だ。鴨居はともかく鷹柱が応じない。
パトカーが発車したのを受けて、明崎さんが言った。
「強盗殺人だと言ったのは士道さんです。私もそう思いました。どうして、お二人のアリバイ確認を?」
士道は明崎さんをちらと見下ろしたあと「捜査状況は一般人には話せない」と言った。が、直後呟く。
「ただ……割れた窓は外側、つまり庭側にガラスの破片が落ちていた。以上だ」
その一言で明崎さんは難しい顔つきになり、追求することをやめた。
「……私も警察署に伺ったほうがいいですよね?」
「そうだな。俺ァその喫茶店っつーので店員の話を聞いてくる。嬢ちゃんも、署で事情を話してやってほしい。女性警官が話を聞いてくれるはずだ」
「わかりました」
ここで明崎さんは久しぶりに俺を見た。
「えっと、黒繰さんは……」
少し言葉に迷う様子で明崎さんは続ける。
「その……予定とは違うんですけど、でも、鴨居さんと鷹柱さんのことは放っておけなくて……。申し訳ないんですけど、今日もお願いできますか? 助手……」
表情選択に悩んだが、とりあえず真剣な顔で頷いておくことにする。
「わかっているよ。あの二人が心配なのは俺も同じ。だから、今回の事件も解決に向けて動こう。できる限り、明崎さんのことサポートするから」
それから士道へ「喫茶店への案内は俺がしましょう。歩いて五分ほどのところです」と今後の動きについてそれとなく説明する。
明崎さんは安堵したように微笑むと「ありがとうございます。じゃあ、また」と言ってパトカーに乗り込んだ。




