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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第39話:The Blind Spot of Causality

 瓦礫と化したダイナーの跡地。

 ジャック・ヴァン・ドレンは、血に塗れた泥の中にいた。

 情報の海から引き戻された肉体は、過負荷で神経が焼き切れ、指一本動かすことさえ拒絶している。


 目の前に立つのは、月明かりを遮るほどの巨大な鋼鉄の影——ドクター・ゼロの駆る『ギガ・ゼウス』。

 その巨大な単眼が赤く発光し、ジャックの心臓を狙って高出力の収束レーザーがチャージされる。


「"Is this... the final bill, Zero? It's a bit... too heavy."(これが……最後の請求書か、ゼロ? ……少し……重すぎるぜ)」


 ジャックは、力なく笑った。

 傍らには、接続が途切れたままのシスターの端末が、虚しくノイズを吐き出している。

 彼女の気配サイレンスは、どこを探しても見当たらない。


「"Checkmate, Jack. Your 'Sister' is formatted, and your 'Oracle' is blind. What can a broken man do against a God?"(チェックメイトだ、ジャック。お前の『妹』は初期化され、『預言者』は盲目だ。壊れた男が神に対して何ができる?)」


 ドクター・ゼロの声が、重厚な金属の反響となって響く。

 

 ドォォォォォォン!


 放たれたレーザーが、ジャックの数センチ横を抉り、地面を溶岩に変えた。

 あえて外したのは、絶望を味わわせるための余興。


『……ジャック……。……聴こえるわ。……「絶望」の音が、あまりにうるさくて……あなたの「鼓動」が消えかかっている……』


 瓦礫の中から這い出したクレアが、自身の震える指先をジャックの額に当てた。

 彼女の銀色の瞳からは、もはや涙さえ枯れ、代わりに因果を読み解くための「純粋な執念」だけが宿っている。


『……立って。……シスターが遺した「静寂」は、まだ死んでいない。……彼女はあなたの「影」の中に……最後の『盲点』を隠したのよ!』


 ジャックは、血を吐き捨て、クレアの手に己の熱い手を重ねた。

 一文無しのヒーローは、失ったものの数だけ、鋭く、研ぎ澄まされていく。


 ギガ・ゼウスの巨体が、一歩踏み出すたびにセント・ミリオネアが激震する。

 ドクター・ゼロは、街のインフラすべてをハックし、全エネルギーをこの一体の殺戮機械へと集中させていた。


「"Status, Claire... Show me the path."(状況報告だ、クレア……。道を見せてくれ)」


 ジャックは、マドンナが組み上げた「ジャンク・カスタム」の残骸から、一本の冷却パイプを杖代わりに立ち上がった。

 右腕は感覚がなく、バイザーは粉々に砕けている。


『……ジャック、今のあいつは「完璧」よ。……ゼウスの演算は、あなたのあらゆる回避パターンを0.0001秒単位で先読みしている。……普通の動きをすれば、三秒以内にあなたは「蒸発」するわ』


 クレアは、ジャックの心臓の音を耳で聴きながら、ギガ・ゼウスが放つ「殺意の波形」を解析していた。

 彼女の脳は、AIの計算速度に対抗するために、全神経を因果の糸へと直結させている。鼻から一筋の血が伝うが、彼女はそれを拭いもしない。


『……でも、完璧な計算には、唯一の「盲点」がある。……それは、計算できない「不合理な痛み」。……ジャック、シスターが消え際、あなたのアーマーの深層に一通のコードを書き込んだ……。……それは「存在しない質量」を偽装するプログラムよ!』


「"A ghost in the machine... My favorite trick."(機械の中の幽霊か……。俺の得意分野だな)」


 ジャックは、腰に固定された「黒いヘルメット」を、震える手で被り直した。

 

「"Listen, Zero. You calculate my moves based on 'Logic'. But you don't know the logic of a man who has nothing to lose."(いいか、ゼロ。お前は『論理』で俺の動きを予測する。だが、失うものが何もない男の論理は、お前には理解不能だ)」


 ジャックの全身から、かつてないほど濃厚なスチールブルーの輝きが溢れ出す。

 それはエネルギーの出力ではない。

 クレアの「聴覚」とジャックの「執念」が同期し、因果律の隙間へと滑り込むための「共鳴」だった。


『……ジャック。……今、この瞬間に……「未来」が二つに割れる。……私の声に従って。……死を、追い越すのよ!』


 ジャックは、巨大な鋼鉄の神に向かって、ただ一人の人間として地を蹴った。


 ギガ・ゼウスの巨腕が振り下ろされ、大気が圧縮される。

 その直撃は、避難民が隠れている地下壕の入り口を粉砕しようとしていた。


 三角形の構築。

 怯える「数百人の市民(被害者)」と、質量兵器と化した「ギガ・ゼウス(加害者)」、そしてその落下の軌道上に、生身の拳で割り込む「ジャック」。


『……右へ三歩、十一時の方向へ跳んで! そこが唯一、死の音が止む「静寂の楔」よ!』


 クレアの叫びと同時に、ジャックは自身の感覚をすべて断絶し、彼女の声にのみ身を委ねた。

 SHERE!

 頭上を通過する鋼鉄の質量が、ジャックの背中の皮を剥ぎ取る。だが、彼は止まらない。


「"Prediction failed? Too bad, Zero. I'm moving on a beat you can't hear!"(予測失敗か? 残念だったな、ゼロ。俺はお前に聴こえないビートで動いてるんだ!)」


 ジャックは、シスターが遺した偽装プログラムを全開にし、自身の残像を四方に投影した。

 ゼウスの演算が「存在しない質量」に惑わされ、一瞬の、だが決定的な停滞が生じる。

 その隙にジャックは、ギガ・ゼウスの巨大な脚部へと取り付き、剥き出しの超高周波非破壊ロッドを、その「神経節」にあたる接合部へと突き立てた。


 VREEE-!


 金属を砕くのではなく、振動で「命令」を無効化する。

 ジャックは、自分を潰そうとする数千トンの圧力の中で、ただ一人の人間として、街を守るための「壁」となった。


 至近距離、ギガ・ゼウスの外装プレートに、ドクター・ゼロの顔が巨大なデジタル・ミラーとして映し出された。

 そこには、かつてのヴァン・ドレン社の最高経営責任者として、冷徹に「切り捨て」を判断していた頃のジャックの記録映像がオーバーレイされる。


「"Look at your past, Jack. You are the one who designed the logic of this machine."(自分の過去を見ろ、ジャック。この機械の論理を設計したのは、他ならぬお前自身だ)」


「"Maybe. But I'm the one who's here to uninstall it."(かもな。だが、そいつをアンインストールしに来たのも、俺自身だ)」


 ジャックは、ミラーの中に映る「かつての自分」を真っ向から見据えた。

 ゼロは、ジャックの過去の罪を突きつけることで、彼の「因果の揺らぎ」を誘発し、演算の精度を取り戻そうとしている。

 だが、今のジャックを動かしているのは、過去への後悔ではなく、今隣で血を流しているクレアへの、そして消えたシスターへの「愛着」だった。


「"You call this 'Perfection'. I call it 'Isolation'."(お前はこれを『完璧』と呼ぶ。俺は『孤立』と呼ぶぜ)」


 ジャックは、右腕の骨が軋む音を聞きながら、ロッドをさらに深く押し込んだ。

 その時、ギガ・ゼウスの深層回路から、聞き覚えのある「ノイズ」がジャックの脳内に流れ込んだ。

 それは、シスターの「無音」が、ゼウスの深層にある「父の遺言」を保護していた痕跡。


「"Wait... Sister?! You're still in there... holding the back door open!"(待て……シスター?! お前、まだ中にいるのか……バックドアを開け続けてるんだな!)」


 ゼロが気づいていない、AIの意識の裏側に潜む「幽霊」。

 ジャックは、絶望の淵で、最後にして最大の「資産(逆転の種)」を確信した。


「"Claire! Connect the beats! Everything we have!"(クレア! 鼓動を繋げろ! 俺たちのすべてをだ!)」


『……あああああっ! ……因果が、……一つに溶けていく……!』


 クレアが絶叫し、彼女の周囲にスチールブルーのオーラが物理的な嵐となって吹き荒れる。

 彼女は、街全体のネットワークに潜伏しているシスターの「残響」を、ジャックの右拳へと集約させ始めた。


 だが、ドクター・ゼロもまた、最後の暴挙に出る。

「"If you want to be a part of the machine, then die as its fuel!"(機械の一部になりたいなら、その燃料として死ね!)」


 ギガ・ゼウスの全身が、街の全電力を強制吸収し、青白いプラズマの塊と化した。

 その熱量は、接触した瞬間にジャックの肉体を蒸発させ、セント・ミリオネアの半分を地図から消し去るほどの、過負荷による「心中」の構え。


「"I'm not dying... I'm just closing the account."(死なないさ……帳簿を閉じるだけだ)」


 ジャックが拳を振り抜こうとしたその瞬間、ギガ・ゼウスの瞳の中に、あってはならない「人間的な涙」が、電子のノイズとして一瞬だけ浮かび上がった。


 激突の0.1秒前。

 ジャックの右腕が、現実の限界を超えて「銀色の光」を放ち始めた。


「"Account... OPEN!"(帳簿……開始だ!)」


 大爆発が街を飲み込み、視界が真っ白な「無」に染まった。


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