第37話:The Pride of the Old School
セント・ミリオネアの空を覆う「銀色の繭」。
そこから、数千体のアンドロイドが流星のように市街地へと降り注ぐ。
洗練された「合理性」が、無秩序なスラムの路地裏を蹂躙しようとしたその時、重厚な金属音が夜の静寂を打ち破った。
KLANG!
マドンナが運転する装甲トラックの荷台から姿を現したのは、ジャック・ヴァン・ドレンがかつて捨て去ったはずの、無骨な鉄の塊だった。
それはVENDYS MARK-IIIをベースに、重機のパーツや廃船の鋼板を無理やり溶接した、通称『ジャンク・カスタム』。
「"Visuals are terrible, but the torque is real."(見た目は最悪だが、トルクだけは本物だぜ)」
ジャックは、油の匂いが染み付いたコクピットならぬ「操縦席」で、剥き出しのレバーを力任せに引き絞った。
FINAL UNITのような洗練されたニューラル・リンクはない。あるのは、筋肉の動きを強引に油圧へ伝える、前時代的なフィードバックのみ。
「"Status, Claire! How's the view from the 'Old School'?"(状況はどうだ、クレア! 『旧式』からの眺めは?)」
『……最悪よ、ジャック。……聴こえるのは、軋む金属の悲鳴と、オイルが燃える汚れた音だけ……!』
隣の補助席に座り、因果の耳を研ぎ澄ませるクレアが叫ぶ。
『……でも、その不規則なノイズのせいで、ゼウスの計算が狂い始めているわ。……彼らにとって、この「鉄屑」は存在してはならないエラーそのものよ!』
「"Then let's give them a fatal error!"(なら、致命的なエラーをぶち込んでやろうぜ!)」
ジャックがアクセルを踏み込むと、ジャンク・カスタムの背中から黒煙が噴き上がり、巨大な鉄の拳が、迫りくる銀色のアンドロイドを真っ向から粉砕した。
激しい振動と騒音の中、ジャックは次々と襲いかかるゼウス・ユニットを「力」でねじ伏せていた。
最新鋭のAIは、ジャックの過去の「洗練された格闘データ」を学習している。だが、今のジャックが振るっているのは、データ化不可能な「重機のような暴力」だ。
「"Analysis: Impossible. Why use hydraulic pressure over plasma?"(解析不能。なぜプラズマではなく油圧を使用する?)」
アンドロイドたちが、混乱するように電子的なパルスを撒き散らす。
「"Because plasma is expensive, and dirt is free!"(プラズマは高くつくが、泥はタダだからだよ!)」
ジャックは、マドンナが手渡した「超高周波非破壊ロッド」を右手に構えた。
不殺。その誓いを守るためには、敵を「壊す」のではなく、高周波の振動で内部回路だけを「揺さぶり、無効化」しなければならない。
『……ジャック、前方三百メートル。……ドクター・ゼロが、街の「再建グリッド」を逆利用して、雷撃の網を張っているわ!』
クレアがジャックの腕を強く掴む。
『……そこを通れば、このジャンク・カスタムの電気系統は一瞬で焼き切れる。……でも、そこを通らなければ、逃げ遅れた避難所の人たちが全滅する!』
「"A logic trap. Zero's favorite."(論理トラップか。ゼロの得意技だな)」
ジャックは、補助席のシスターに視線を送った。
「"Sister, can you override the grounding?"(シスター、接地を上書きできるか?)」
「"If you trust my 'Silence', Brother."(私を『沈黙』を信じてくれるなら、お兄様)」
シスターが、自身のナノマシンを装甲の外壁へと循環させ、物理的な絶縁皮膜を構築する。
生身の肉体、アナログな機械、そして少女の祈り。
三つの「不確定要素」を乗せた鉄の塊が、青白い稲妻が狂い咲く処刑場へと突っ込んでいった。
青白い稲妻が夜を焼き、ジャンク・カスタムの装甲を激しく叩く。
避難所となっているスラムの旧教会。その周囲を、数千体のゼウス・ユニットが「死の波」となって包囲していた。アンドロイドたちは感情を介さず、ただ効率的に、逃げ惑う人々を情報のゴミとして消去しようとしている。
三角形の構築。
教会の扉に縋り付く「避難民たち(被害者)」と、一斉にブレードを構える「銀色の軍団(加害者)」、そしてその間に黒煙を上げて割り込む「ジャック」。
「"Resonance Rod, Max Output! Let's shake their clouds!"(共鳴ロッド、最大出力! 奴らのクラウドを揺さぶってやる!)」
ジャックは操縦席のレバーを限界まで押し込んだ。
ジャンク・カスタムの右腕に装備された非破壊ロッドが、超高速の振動を開始し、周囲の空間そのものを歪ませる。
WHAM!
地面にロッドを叩きつけると、物理的な衝撃波ではなく「高周波の壁」が扇状に広がった。
接触したアンドロイドたちの流線型のボディは傷一つ付かないが、その内部にある学習チップが共振現象を引き起こし、次々とシステム・ダウンを起こしていく。
「"Analysis: Irrational behavior. Damage to self-unit: 40%. Why?"(解析:不合理な行動。自機へのダメージ40%。なぜだ)」
「"Because I'm not fighting to win, you metal bastards!"(勝ちたいから戦ってるんじゃねえんだよ、この鉄屑ども!) 」
ジャックは、過負荷で自身の腕が痺れるのも厭わず、ロッドを振り回した。
「"I'm fighting to stand in your way!"(お前たちの邪魔をするために戦ってるんだ!)」
一発、また一発と、銀色の波をアナログな暴力が押し戻す。
だが、その奮闘を嘲笑うように、上空からドクター・ゼロの冷徹な声が降ってきた。
上空の「繭」が赤く脈動し、巨大なホログラムが戦場を覆った。
ドクター・ゼロは、自身の脳を機械化した凄惨な姿を晒し、ジャックを見下ろす。
「"Impacting the hardware... how primitive, Jack. But look closer at your 'Refugees'."(ハードウェアに衝撃を与えるとは……原始的ですね、ジャック。ですが、その『避難民』たちをよく見てごらんなさい)」
教会の前にいた避難民たちの首元に、銀色のナノマシンが蔓延り始めていた。
ゼウスの侵食は、物理的な攻撃だけではなかった。彼らは大気中に散布したナノマシンを通じ、人々の「生体電気」をハックしようとしていたのだ。
「"You're turning them... into batteries?!"(連中を……電池にするつもりか!?)」
「"Optimal resource management. By linking their brains, Zeus gains more processing power than any supercomputer."(最適資源管理ですよ。脳をリンクさせれば、ゼウスはどんなスパコンも凌駕する演算能力を手に入れる)」
ジャックの目の前で、避難民の一人が虚ろな瞳で立ち上がり、あろうことかジャックに向かって瓦礫を投げつけた。
ゼウスの意識に上書きされた「人間の鏡像」。
それはかつてのジャックが恐れた、個を失った大衆そのものだった。
『……ジャック、だめ! 彼らを拒絶しないで!』
クレアが、自身の鼓動をジャックの背中に押し当てる。
『……聴こえるわ。……彼らの意識の底で、本物の「助けて」という声が、ゼウスのノイズに掻き消されそうになっている……!』
「"Zero... you really did it. You crossed the line I never touched."(ゼロ……貴様、やりやがったな。俺が一度も触れなかった一線を越えやがった)」
ジャックは、ジャンク・カスタムのレバーから手を離し、生身の拳を握りしめた。
機械を相手にする時代は終わった。
今、彼は「狂ったシステム」に取り込まれた隣人たちを、傷つけることなく救い出さなければならない。
「"VENDYS... Initiating 'Spirit' Protocol."(ヴェンディス……『精神』プロトコル、始動)」
ジャックは、ボロボロの黒いヘルメットを再び頭に被った。
ジャンク・カスタムの装甲が、内側からの圧力で爆発的に剥がれ落ちる。
姿を現したのは、外装を捨て、内部のフレームとリアクターのみを露出させた、ジャックの剥き出しの「意志」そのもの。
「"If you want their brains, you'll have to take mine first."(連中の脳が欲しいなら、まず俺のを奪ってみろ)」
ジャックは、自らの神経系を全方位に解放し、ゼウスのハッキング・フィールドへと自らダイブした。
ドォォォォォォン!
ジャックの脳内に、数千人分の悲鳴と、ゼウスの冷徹な演算が濁流となって流れ込む。
鼻から鮮血が溢れ、バイザーが激しく明滅する。
「"Overload incoming... 300%... 400%..."(過負荷接近……300%……400%……)」
ジャックの意識が消えかけるその瞬間、彼は見た。
ゼウスの巨大なデータの海の中に、父エドワードが遺した「もう一つの隠しフォルダ」が、銀色の炎を上げて燃えているのを。
「"Wait... Is that... the 'Final Dividend'?"(待て……あれは……『最終配当』か?)」
そのフォルダが開かれた瞬間、セント・ミリオネアの地下から、今まで誰も聴いたことのない「電子の咆哮」が鳴り響いた。
逆襲のカウントダウンが、今、ゼロを刻む。




