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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第32話:The Law of the Shield, The Sword of the Shadows

 「"Eviction Notice"(立ち退き勧告)」


 その赤い紙切れが、スラムの家々のドアに雪のように貼り付けられた。

 エイドリアン・ヴァン・ドレン率いるフェニックス・キャピタルは、国の土地収用法を盾に、ジャックが一年かけて築いた「住民共同体」を法的に解体し始めたのだ。


「"Legality is the most efficient weapon ever invented."(『合法』ってのは、これまでに発明された中で最も効率的な武器だな)」


 ジャックは、皿洗いの手を止め、濡れた前掛けを外した。

 ダイナーの外には、エイドリアンが雇った私設の執行官エンフォーサーたちが並び、冷徹な目で住民を監視している。


『……ジャック。……聴こえるわ。……紙が破れる音と、人々の「尊厳」が踏みにじられる乾いた音……。……彼らは、暴力ではなく「ルール」で私たちを殺しに来ている』


 クレアが白い杖を握りしめ、かつてないほどの緊張感で告げる。

 今のジャックは、アーマーを着て敵を殴り倒すことはできない。それをすれば、街は「テロリストの拠点」として完全に国に制圧されてしまう。


「"The rules were written by the rich, Claire. It's time we wrote some footnotes."(ルールは金持ちが書いたもんだ、クレア。……なら、俺たちが『脚注』を書き加えてやる番だ)」


 ジャックは、地下の隠れ家へと続くマンホールの蓋を開けた。

 そこには、かつての宿敵たちが「影の評議会」として、一文無しの王の召集を待っていた。


 地下の作戦会議室。モニターにはエイドリアンの資産フローが映し出されている。


「"Shadows, status report."(影の評議会、状況を)」


「"Their accounts are clean, Jack. Too clean."(奴らの帳簿は綺麗すぎるわよ、ジャック)」

 ラピス・レイザーが、青白い光を放つキーボードを叩きながら告げる。

「"They're laundered through state-sponsored reconstruction funds. If we touch them, we're fighting the central bank."(国の復興基金を経由して洗浄されてる。手を触れれば、中央銀行と戦うことになるわ)」


「"I've fought gods. A bank is just a building with a lot of locks."(俺は神と戦ったんだ。銀行なんてのは、鍵の多い建物に過ぎない)」


 ジャックは、クイーンが持ってきたエイドリアンの「私兵リスト」に目を落とした。

 そこには、かつてヴァン・ドレン社が極秘に開発していた、不殺の技術を悪用した「麻痺兵器」が並んでいる。


『……ジャック。エイドリアンの狙いは、あなたを「暴力」の場に引き摺り出すことよ』

 クレアがジャックの手に、自身の冷たい手を重ねる。

『……彼が一番恐れているのは、あなたが「正しいまま」でいること。……あなたが誰かを傷つけた瞬間、彼の「偽りの正義」が完成してしまう……!』


「"Don't worry, Claire. I'm not using my fists tonight."(心配するな、クレア。今夜は拳は使わない)」

 ジャックは、かつて自分が捨てたはずの「最高経営責任者の印章」を模した、偽造不可能なデジタル・キーを取り出した。

「"We're going to give them a 'Market Crash' they'll never forget."(奴らに、一生忘れられない『市場暴落』をプレゼントしてやる)」


 深夜の中央銀行、データセンター。

 エイドリアンが住民の財産を「国庫」へ強制移転させようとする、最後のクリックの瞬間。


 三角形の構築。

 預金を奪われようとしている「数万の市民(被害者)」と、端末を操作する「エイドリアンの会計士たち(加害者)」、そしてその回線に割り込む「ジャック」。


「"Transaction denied. Reason: Insufficient soul."(取引拒否。理由:魂の不足だ)」


 ジャックは、ラピスのハッキングを中継し、システムの深部へ「一文無しのコード」を流し込んだ。

 

「なんだ、このノイズは!? データが消えていく……いや、書き換えられているのか?!」

 会計士たちがパニックに陥る。


 その時、データセンターの扉を破り、エイドリアンの私兵たちが突入してきた。

「"Found you, Ghost!"(見つけたぞ、幽霊!)」


『……ジャック、十二時の方角! 催涙ガスと麻痺弾よ!』

 

 ジャックは、影の中から現れたシスターに合図を送る。

「"Sister, the 'Silent Lobby'."(シスター、『沈黙のロビー』だ)」


 シスターは武器を使わず、施設の空調システムを操作。

 高濃度の「ミストレス・マインドの香料」を霧散させた。

 

 私兵たちは倒れない。だが、彼らの脳内では「自分がどれほど愚かなことをしているか」という倫理的な後悔が爆発し、引き金を引く指が止まった。

 

「"No blood. No noise. Just a change in the budget."(血も音もなし。……ただ、予算が少し変わっただけだ)」


 データセンターのメインビジョンに、激昂したエイドリアンの顔が映し出された。


「ジャック! 生きているのは分かっている! こんな泥臭い妨害で、ヴァン・ドレンの威光が守れると思っているのか!」


「"I'm not protecting the name, Adrian. I'm protecting the people who live in it."(名前を守ってるんじゃない、エイドリアン。そこに住む人々を守ってるんだ)」

 

 ジャックは、カメラに向かって素顔を晒した。

 かつての贅沢な肌艶はなく、傷跡に刻まれた、今のジャック。


「"You're using my father's old scripts. But you forgot one thing."(お前は親父の古い台本を使っているが、一つ忘れているぞ)」


「何だと……?」


「"The ending was changed. By me."(結末は書き換えられた。……俺の手でな)」

 

 ジャックが示したのは、エイドリアンが洗浄していた資金の「真の出所」――それがかつてのネクスト・ジェネシスの残党によるものだという、決定的な証拠だった。

 エイドリアンは「国の代理人」ではなく、「テロリストの資金源」として法的に自己破滅する罠に、自ら足を踏み入れていた。


『……ジャック。……彼の心が、恐怖で凍りつく音が聴こえる。……あなたがかつて経験した、あの「破産」の瞬間の音が……』


 エイドリアンの資産凍結が宣告され、住民たちの「共同基金」は守られた。

 影の評議会による、完全なる「合法的勝利」。


 だが、地下道を通って引き上げるジャックの耳に、クレアが震える声でささやいた。


『……ジャック。……まだ終わっていない。……エイドリアンの背後で、別の「心臓」が動いている……。……それは、人間のものでも、AIのものでもない……』


「"What is it, Claire?"(何なんだ、クレア?)」


『……「血」の音よ。……セント・ミリオネアの地下深くに、ヴァン・ドレン家が代々隠し続けてきた……「起源オリジン」が目覚めようとしている!』


 その瞬間、街全体を襲ったのは、これまで経験したことのない「重厚な振動」。

 

 エイドリアンはただの捨て駒に過ぎなかった。

 彼が資金を動かしたことで、街の地下に眠る「ヴァン・ドレン家の真の遺産」――都市そのものを生贄にする、最古の自動防衛システムが起動してしまったのだ。


「"The past is back with a vengeance."(過去が、復讐しに戻ってきやがったか)」


 ジャックのポケットで、かつてないほど激しくスチールブルーの輝きを放つ「最後の一セント」の硬貨。

 影の評議会さえもが息を呑む中、本当の「清算」が、その牙を剥いた。


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