第33話:The Rebirth of Origins
ドォォォォォォン……!
セント・ミリオネアの地面が、内側から押し上げられるように震えた。
崩壊した第零区のさらに底、父エドワードさえも触れることを禁じた「聖域」の封印が、エイドリアンの不当な資金流用をトリガーにして解かれたのだ。
「"The ghost of the family... finally came out to play."(一族の亡霊が……ようやくお出ましってわけか)」
ジャックは、崩れゆくダイナーの壁を支え、住民たちを外へ逃がした。
地割れから噴き出したのは、青白いプラズマではない。それは、ドロドロとした黒い液体金属——ナノマシンの「原液」だった。
それはヴァン・ドレン家がこの街を創り上げるために使った、自己増殖する「意思を持つ泥」だ。
『……ジャック! 聴こえるわ! この泥の中にある、数千人分の「支配欲」が……不協和音となって街を飲み込もうとしている!』
視力を失ったクレアが、自身の瞳を覆い、激痛に顔を歪める。
因果の音が、あまりの憎悪の密度に耐えきれず、彼女の脳を直接引き裂こうとしていた。
「"Claire! Hold on!"(クレア! しっかりしろ!)」
ジャックは彼女を抱き上げ、激震が走る路地裏を駆け抜けた。
背後では、エイドリアンが用意した最新鋭の私兵たちが、その黒い泥に飲み込まれ、叫び声と共に「一部」へと変貌していく。
かつての「成り上がり」の果てに、ジャックは自分自身のルーツである「ヴァン・ドレン」という名の原罪と、物理的に対峙することとなった。
地下の「影の評議会」本部も、浸食を始めていた。
ラピスがクリスタルの防壁で黒い泥を食い止め、クイーンが火炎放射器でその増殖を焼き払う。
「"It's not an AI, Jack. It's 'Biological'!"(AIじゃないわ、ジャック。こいつは『生体』よ!)」
ラピスの叫び。
「"My father called it the 'Legacy of Blood'. The foundation of the city... and its ultimate judge."(父さんはこれを『血の遺産』と呼んでいた。……街の礎であり、最後の審判を下すものだ)」
ジャックは、ボロボロの作業用グローブを嵌め直した。
この泥は、ヴァン・ドレンの血を引く者の「命令」にしか従わない。だが、それは支配者の傲慢さを燃料にする。
『……ジャック。エイドリアンは……泥に飲まれたわ。……彼の劣等感が、この怪物をさらに巨大にさせている……』
クレアが、ジャックの首筋に冷たい手を添える。
『……彼は今、泥の中心で「本物の王」になろうとしている。……この街すべてを、自分の肉体にするつもりよ……!』
「"A king of mud... how fitting."(泥の王か。……奴にはお似合いだ)」
ジャックは、かつて父が遺した最後の一セント硬貨を取り出した。
それはただの金ではない。ヴァン・ドレンの権限をすべて「ゼロ」にするための、唯一の物理的な無力化キー(キルスイッチ)だ。
「"The bank is full of mud. It's time to drain the vault."(銀行が泥でいっぱいだ。……金庫を空にする時間だな)」
中央議事堂の前。
黒い泥の津波が、逃げ惑う「市民たち(被害者)」を飲み込もうと迫る。
その津波の頂点には、泥と一体化し、異形の姿となった「エイドリアン(加害者)」が君臨していた。
「ジャック! 見ろ! これが本当の力だ! ヴァン・ドレンは死なない! この街そのものになって永遠に生き続けるのだ!」
三角形の構築。
恐怖に震える親子を背負いながら、ジャックは武器も持たず、泥の波の前に立った。
「"Stop it, Adrian! You're not a king, you're just a stain!"(やめろ、エイドリアン! お前は王じゃない、ただの汚れだ!)」
「黙れ! 一文無しに何ができる!」
エイドリアンが泥の触手を振り下ろす。
WHAM!
ジャックは、自身の肉体を盾にして触手を受け止めた。
黒い泥が彼の皮膚を焼き、ヴァン・ドレンの記憶が直接脳内に流れ込む。だが、彼は一歩も引かない。
『……ジャック! 今よ! 彼の中にある「因果の核」が露出したわ!』
クレアがジャックの背中で、自身の命を削るような咆哮を上げる。
ジャックは、一セント硬貨を指の間に挟み、泥の波の中心部へと飛び込んだ。
「"I don't need magic, Adrian. I just need a 'Zero Balance'!"(魔法なんていらないんだ、エイドリアン。……俺が必要なのは『残高ゼロ』だけだ!)」
ジャックの右拳が、エイドリアンの心臓部にあった「オリジナルのナノチップ」へと叩き込まれた。
泥の内部。そこは、ヴァン・ドレン家の数百年分の「業」が渦巻く精神世界だった。
ジャックの目の前に、エイドリアンの歪んだ顔が現れる。
「なぜだ……なぜお前は、この万能の力を拒む!? この泥があれば、お前は再び億万長者になれる! 失ったものすべてを取り戻せるんだぞ!」
「"I've already found something better than gold, Adrian."(金よりいいものを、もう見つけちまったんだよ、エイドリアン)」
ジャックの脳裏に浮かぶのは、ダイナーの騒がしい笑い声。焦げたトーストの匂い。そして、視力を失っても自分を信じ続けてくれるクレアの温もり。
「"You're chasing a ghost. I'm living with the living."(お前は亡霊を追ってる。……俺は、生きている奴らと生きてるんだ)」
ジャックは、自分自身の鏡像――かつての傲慢な自分――が泥の中から這い出し、自分を抱きしめようとするのを見た。
『ジャック……戻ってこい……。お前は王として生まれてきたのだ……』
「"Sorry, Old Me. The account is closed."(悪いな、昔の俺。……帳簿はもう閉じたんだ)」
ジャックは自らの意志で、自らの血の中に流れる「支配のプログラム」を拒絶した。
不殺を貫くという誓いは、今やナノマシンの命令さえも上書きする「絶対的な不協和音」へと進化していた。
『……聴こえる。……泥の呻きが……「拒絶」の叫びに変わっていく……!』
KABOOM!
中央議事堂が激しく発光し、黒い泥が一斉に結晶化して崩れ落ちた。
エイドリアンは人間の姿に戻り、意識を失って瓦礫の中に沈む。
ヴァン・ドレン家の「起源」は、ジャックという名の「ゼロ」によって、一時的に沈黙した。
「……ハァ、……ハァ……」
ジャックは、血に濡れた拳を開いた。
手の中の一セント硬貨は粉々に砕け、ヴァン・ドレンの権限は、物理的にも、血脈的にも、この世界から完全に消滅した。
だが、安堵する間もなかった。
『……ジャック! 逃げて! 空から……「本物の裁き」が来るわ!』
クレアが、血の涙を流しながら空を指差した。
雲を割り、セント・ミリオネアの上空に現れたのは、これまでのヴィランとも、ネクスト・ジェネシスとも違う、白い翼を纏った巨大な空中戦艦。
[NATIONAL SECURITY FORCE IDENTIFIED.]
(国家安全保障軍を確認)
[TARGET: ST. MILLIONAIRE. ORDER: TOTAL PURGE.]
(目標:セント・ミリオネア。命令:完全パージ)
一族の闇を清算した直後。
今度は、この街そのものを「危険な特異点」として抹消しようとする、国家という名の「巨大な正義」が牙を剥いた。
「"The more I pay, the bigger the bill gets."(払えば払うほど、ツケがデカくなりやがるな)」
ジャックは、動かない右腕を無理やり引きずり、迫りくる白い影を睨みつけた。




