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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第29話:The New Throne

 セント・ミリオネアの地下から、死の脈動が響いていた。

 フェニックス社が暴走させたエネルギー・ラインは、街の血管を逆流させ、あと数分で都市そのものを内側から焼き尽くそうとしている。


「"Is this your final dividend, Marcus? A heap of ashes?"(これが最後の配当か、マルクス? 灰の山とはな)」


 ジャックは、崩壊しつつあるフェニックス社のタワー、その最上階にあるかつての「自分のオフィス」だった場所へ辿り着いた。

 FINAL UNITファイナルユニットはもはや装甲の体を成していない。剥き出しの回路からは絶えず火花が散り、ジャックの肉体も限界を超えて震えていた。


『……ジャック……聴こえるわ。……街全体の「不安」が、臨界点に達しようとしている。……でも、その下に……力強い「希望の音」が流れている……!』


 インカムから届くクレアの声。

 彼女は今、地上でラピスやシスター、そしてマドンナたちと共に、暴走するエネルギーを抑え込むための「人間の堤防」を作っていた。


「"Tell them to hold on, Claire."(持ちこたえてくれと伝えてくれ、クレア)」


 ジャックは、血に濡れた手で、目の前のメインコンソールを強引に引き剥がした。

 そこには、かつての億万長者時代には決して座れなかった、泥に汚れ、責任という名の重圧に満ちた「新しい王座」があった。


「"The Billionaire is gone. But the Janitor... is here to clean up the mess."(大富豪はもういない。だが、皿洗いの男が……このゴミを片付けに来たぜ)」


 ジャックは、自らの神経ニューラルを街の暴走する核へと直結させた。


 情報の濁流が、ジャックの脳を焼き尽くそうとする。

 フェニックス社が蓄積した膨大な「負債」のデータが、ジャックの精神を奈落へと引きずり込む。


『……ジャック! 意識を離さないで! データを「抱え込む」んじゃない、住民たちに「投資」して!』


「"Investment... right. The best way to use money is to let it go."(投資、か……。金の一番いい使い方は、手放すことだったな)」


 ジャックは、自身の脳をサーバーとして使い、暴走するエネルギーを「街の再建電力」へと強制変換し、全区画の家庭へと無償で供給を開始した。


『……信じられない……。……因果の音が、破壊の旋律から、街を動かす「生命の歌」に書き換えられていく……!』

 クレアの震える声。


「"Status, Marcus? Your monopoly is over."(状況はどうだ、マルクス。あんたの独占は終わりだ)」


 ホログラムの中で、マルクスは顔を真っ青にして崩れ落ちた。

「"Why... why would you give it all away?! With that energy, you could have bought the world again!"(なぜだ……なぜすべてを分け与える!? そのエネルギーがあれば、もう一度世界を買えたはずだ!)」


「"I already have the world, Marcus."(世界なら、もう持ってるよ、マルクス)」

 ジャックは、窓の外で自分を信じて戦っている仲間たちの光を見つめた。

「"I've got a seat in a diner, a burnt toast for breakfast, and friends who don't care about my bank account. That's a fortune you'll never understand."(ダイナーの席、焦げたトーストの朝食、そして俺の残高なんて気にしない仲間たちがいる。……あんたには一生理解できない富さ)」


 フェニックス・タワーの崩壊。

 脱出を試みるマルクス(加害者)と、爆発に巻き込まれそうになっている「フェニックス社の一般社員たち(被害者)」、そしてその瓦礫を支える「ジャック」。


 三角形の構築。

 ジャックは、自分を殺そうとした会社の社員たちさえも、不殺の意志で守り抜こうとしていた。


「"Get them out of here! Now!"(彼らを外へ! 早く!)」


 ジャックの黒い装甲が、崩れ落ちる天井の重みに軋む。

 

「"Leave us, Boss! The building is going down!"(逃げてください、ボス! 建物が持ちません!)」

 かつてジャックを裏切ったはずの部下たちが、彼の背中を見て立ち止まる。


「"I don't fire my people. Even the bad ones."(俺は部下をクビにしない。……たとえ、出来の悪い奴らでもな)」


 ジャックは、リパルサーの最後の残光を使い、社員たちを安全な避難経路へと押し出した。

 その瞬間、タワーの中枢が爆発。ジャックは炎の中に飲み込まれていった。


 炎上するオフィス。

 意識が遠のく中、ジャックは再び、父エドワードの幻影と対峙した。

 だが、その姿はもはや「神」でも「亡霊」でもなかった。

 ただ、息子を誇らしげに見つめる、一人の不器用な父親だった。


『……ジャック。……お前はついに、私を超えたな。……「持たないこと」で、すべてを手に入れる。……それがヴァン・ドレンの真の完成形だ』


「"Whatever, Dad. Just make sure the next life has better coffee."(勝手なことを言うなよ、父さん。……次の人生じゃ、もっと美味いコーヒーを用意しておいてくれ)」


 ジャックは、炎の中で微笑んだ。

 過去への執着、父への負い目、そして「ヴァン・ドレン」という名の重い鎖。

 そのすべてが、この業火の中で今、完全に灰となって消えていく。


『……ジャック……聴こえるわ。……あなたの「新しい心臓」の音が。……それは、この街全体の「希望」とシンクロしている……!』

 クレアの声が、死の淵にいたジャックを現実へと引き戻した。


 翌朝。セント・ミリオネアの街には、見たこともないほど澄み渡った青空が広がっていた。


 フェニックス社は解体され、その資産は住民たちが運営する「共同基金」へと移譲された。

 新しい街の評議会。その中央に置かれたのは、豪華な椅子ではなく、誰もが座れる「円卓」だった。


「……それで、相談役コンサルタントとしての初仕事は何だい、ジャック?」

 クイーンが、かつての険しさを消した顔で尋ねる。


 ジャックは、新しく新調された(だが相変わらず地味な)レジャージャケットを羽織り、窓の外を見つめた。

 そこには、マドンナやシスター、そして笑顔を取り戻した市民たちの日常があった。


「"First order of business... free coffee for the janitors."(最初の議題だ。……皿洗いへのコーヒーを無料にすること)」


 ジャックは、ポケットからあの一セント硬貨を取り出し、高く放り投げた。

 

 金はない。名前も、かつてのようには響かない。

 だが、彼は今、この街で最も信頼され、最も「豊か」な男として、新しい王座に座っていた。

 それは、支配するための席ではなく、共に歩むための席。


「"Status, Claire?"(……状況はどうだ、クレア?)」


『……完璧よ。……残高はゼロ。……でも、絆は無限大。……清算、完了ね、ジャック』


「"No."(いや)」

 ジャックは、クレアの手を優しく握り、夕日に染まる街へと歩き出した。

「"Our story... is just getting started. And I'm still in the black."(俺たちの物語は……まだ始まったばかりだ。……そして、俺の人生は、まだ黒字だぜ)」


 [ACCOUNT CLOSED: THE BROKE BILLIONAIRE]

 [SYSTEM REBOOT: THE TRUE KING]


 ——セント・ミリオネアの風が、新しい伝説を運んでいく。

 

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