第27話:Crowdfunded Justice
セント・ミリオネアの復興は、歪な形で進んでいた。
瓦礫が片付いた大通りには、巨大資本を持つ新興企業「フェニックス・ホールディングス」のロゴが並び、かつての住民たちは「再開発」の名の下に、再び住処を追われようとしていた。
「"Cash is king, once again."(結局、また金が王様か)」
ジャックは、スラムの廃工場に置かれた粗末な作業台の上で、一枚の「借用書」を見つめていた。
それは、マドンナや老婆、そして名もなき住民たちが、なけなしの生活費から一ドルずつ出し合って作った、総額五百ドルの「再建資金」。
「"Jack, the ledger is open."(ジャック、帳簿は開かれたわ)」
隣に立つクレアが、光のない瞳を街の喧騒へと向けた。
『……聴こえる。……人々の心に溜まった「不満」が、巨大な渦になっている。……彼らは救世主を待っているんじゃない。……自分たちの手足となって、この不当な契約書を破り捨ててくれる「代理人」を求めているわ』
ジャックは、ボロボロの黒いレザージャケットの袖を捲り上げた。
今の彼には、数千億の預金も、最新鋭のラボもない。
だが、手元には住民たちの「期待」という名の、世界で最も重い投資がある。
「"Tell them, Claire."(彼らに伝えてくれ、クレア)」
ジャックは、マドンナが修理したばかりの「VENDYS FINAL UNIT」の右腕を、力強く握りしめた。
「"The investment has been accepted. The Reconstruction starts now."(投資は受け入れられた。……『再建』を始めよう)」
その直後、フェニックス社の重機がスラムの家屋をなぎ倒そうとした瞬間、闇の中から黒い鉄の塊が躍り出た。
それはかつての「支配者」ではなく、人々の「意志」を背負った、新たな成り上がりの一歩だった。
廃工場の地下。急造された戦略本部には、マドンナやシスター、そしてかつてのヴィランであったクイーンまでもが集まっていた。
「"Crowdfunding? You've really hit rock bottom, haven't you, Jack?"(クラウドファンディング? 本当に底まで落ちたわね、ジャック)」
クイーンは皮肉を言いながらも、フェニックス社の物流ルートが記された極秘データを端末に映し出した。
「"The bottom is the best place to build a foundation, Queen."(基礎を築くには、底が一番いい場所なのさ、クイーン)」
ジャックは、住民たちから預かった資金で買い揃えた、中古の通信機器を調整する。
今回の作戦は、力による制圧ではない。「経済的妨害」と「情報の透明化」だ。
『……聴こえる。……フェニックス社の社長、マルクスの心音が。……彼は、第零区の残骸を不当に独占し、それを「新エネルギー」として高値で売りつけるつもりよ』
クレアの因果の耳が、企業の闇を暴き出す。
「"Monopoly. My old favorite game."(独占か。俺がかつて一番得意だったゲームだ)」
ジャックは冷たく笑った。
「"We're going to disrupt their logistics. Not with bombs, but with better service."(奴らの物流を混乱させる。爆弾じゃない、もっと優れた『サービス』でだ)」
ジャックは、住民たちを「従業員」として雇用し、独自の配送・防衛ネットワークを構築する計画を提示した。
資産がないなら、信頼を。力がないなら、連帯を。
かつての億万長者は、一文無しの状況から「新しい経済圏」を創り出そうとしていた。
フェニックス社の武装貨物列車が、スラムの物資を強引に運び出そうと走り出す。
線路脇には、立ち退きを拒んで拘束された「若者たち(被害者)」と、銃を構えた「フェニックスの私兵(加害者)」、そしてその行く手を阻む「ジャック」。
「"Stop the train. I have a better offer for the cargo."(列車を止めろ。その荷物には、もっといい取引相手がいる)」
ジャックはFINAL UNITを軋ませ、線路のど真ん中に立ちはだかった。
リパルサーの出力は最小限。だが、彼の背後には、マドンナたちが操縦する数十台の「改造重機」が集結していた。
三角形の構築。
恐怖に震える若者たちを庇いながら、ジャックは私兵たちの射線をすべて自身の装甲で受け止める。
「"Why are you doing this?! You gain nothing from these bums!"(なぜこんなことをする! こんな奴らを助けても一銭にもならないぞ!)」
「"In business, reputation is everything."(ビジネスにおいて、評判はすべてだ)」
ジャックは、私兵の銃を素手で掴み、その銃身を力任せに曲げた。
「"And today, my reputation says: 'Don't touch my neighbors'."(そして今日の俺の評判はこう言っている。……『俺の隣人に触るな』とな)」
ジャックは、私兵を傷つけず、ただ重機を使って列車を物理的に停止させた。
奪われた物資は、その場ですぐに住民たちへと分配される。
「……あの男、本当に……一円も取らずに配ってるぞ」
若者たちの瞳に、失われていた「希望」という名の灯火が戻る。
だが、その様子を遠くから監視する、フェニックス社の「真の主」——プライムの技術を盗み出した新ヴィランの影があった。
物資の分配が終わり、住民たちがジャックを称える。
だが、ジャックの脳内には、今しがたハッキングしたフェニックス社の財務データが、冷酷な現実を突きつけていた。
「"It's a mirror... of my old self."(……昔の俺の、鏡合わせだ)」
ジャックは、データの裏側に隠された「ヴァン・ドレン社」時代の投資スキームを見つけ出した。
フェニックス社を操っているのは、かつてジャックの側近だった男たち。彼らはジャックが遺した「負の資産」を再利用し、以前のジャックよりもさらに冷徹に、街を搾取しようとしていた。
『……ジャック。……聴こえる。……「過去」のあなたが、あなたを嘲笑っている音が』
クレアが、ジャックの震える肩に手を置く。
『……フェニックス社は、あなたが破産したことで生まれた「真空」を埋めるために現れた……。……彼らを倒すことは、あなた自身の過去を、もう一度殺すことと同じよ』
「"I've died once already, Claire."(一度は死んだ身だ、クレア)」
ジャックは、画面に映るかつての部下たちの顔を見つめた。
「"They think they're following my lead. But they've forgotten the most important lesson: A king without a people is just a man in a big chair."(奴らは俺の背中を追っているつもりだろう。だが、一番大切な教訓を忘れている。……民のいない王は、ただの椅子に座った男だ)」
ジャックは、父の手帳に記された、決して使ってはならないと言われていた「緊急財政凍結コード」を思い出した。
それは、街の経済を一度死なせる代わりに、すべての「嘘の契約」をリセットする禁じ手。
使うか、使わぬか。ジャックは再び、鏡の中の自分に問われていた。
夜のセント・ミリオネア。
ジャックたちが立ち上げた「再建ネットワーク」の端末が、一斉にアラートを鳴らした。
「"Jack! Phoenix is retaliating! They've frozen the residents' accounts!"(ジャック! フェニックスが反撃してきた! 住民の全口座を凍結したわ!)」
クイーンの叫び。
フェニックス社は、ジャックが住民に配った物資を「盗難品」として告発し、その補填としてスラム全体の資産を強制徴収し始めたのだ。
ジャックが築きかけた「信頼」が、法の壁によって再び破壊されようとしている。
「……"Fine. If they want to play dirty with money..."(……いいだろう。奴らが金で汚い遊びをしたいってんなら……)」
ジャックは、機能停止寸前のFINAL UNITのヘルメットを被った。
「"I'll show them how a billionaire goes to war... with nothing in his pockets."(一文無しの大富豪が、どうやって戦争をするか教えてやるよ)」
その時、ジャックの背後に、意外な人物が姿を現した。
「……久しぶりだな、ジャック。……君に『投資』したいという変わり者が、私の他にもう一人いてね」
現れたのは、かつてジャックを窮地に追い込んだはずの、ラピス・レイザーだった。
彼女の手には、フェニックス社のシステムを内側から崩壊させるための「鍵」が握られていた。
再建の道は、再び血と鉄の匂いに包まれていく。




