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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第17話:The Silent Executioner

 闇を切り裂く火薬の閃光。

 バリスティック・クイーンが放った大口径の一弾は、サイレント・シスターの側頭部を紙一重で掠め、背後のコンクリートを粉砕した。


「"Queen... you're still alive?"(クイーン……生きていたのか)」


 ジャックは膝をつき、激しい耳鳴りに耐えながら声を絞り出した。

 彼の目の前では、かつての宿敵であるクイーンが、泥と硝煙に汚れながらも、巨大な対物ライフルを肩に担いで立っていた。


「"Don't flatter yourself, Jack. I'm just here to pay my debt."(勘違いしないで、ジャック。私は借りを返しに来ただけよ)」

 クイーンは冷たく言い放ち、次弾を装填ロードした。

「あんたが私を殺さなかったせいで、死ぬタイミングを逃したわ。……その代償を、あの亡霊の女に払わせてやる」


 シスターは、感情の欠落した瞳で二人を見据えたまま、音もなく一歩退いた。

 彼女のステルス迷彩はパルスのダメージで不規則に明滅しているが、その殺意の純度はむしろ高まっている。


「"Ballistic Queen. A target with no value."(バリスティック・クイーン。価値のない標的)」

 シスターの声が、空気に溶けるように響く。

「"But if you want to be a shield for a broken king, so be it. I will silence you both."(だが、壊れた王の盾になりたいというなら、構わない。二人まとめて沈黙させてあげる)」


 SHERE!


 シスターの姿が再び闇へと消える。

 だが今度は、ジャックを直接狙うのではない。彼女は壁を走り、跳ね橋の向こう側に広がる「スラムの居住区」へとその刃を向けた。


『ジャック、だめ! 彼女、狙いを変えたわ!』

 インカムからクレアの悲鳴が届く。

『……マドンナや、あなたを助けた住民たちが……因果の線上で、次々に消えようとしている!』


「"What?!"(なんだと!?)」


「"She's hunting the witnesses, Jack."(目撃者を狩るつもりよ、ジャック)」

 クイーンが舌打ちし、ライフルを構え直した。

「あんたという『正義』を支える、その根っこを一本ずつ切り取る気よ」


 闇の向こうから、住民たちの悲鳴さえ上がらない「無音の処刑」が始まった。

 ジャックは、もはや火花を噴くだけのFINAL UNITファイナルユニットを軋ませ、自らの足で走り出した。


「"I won't let her!"(させるか!)」


 王座を追われた男を待っていたのは、彼を信じた人々が、彼の存在ゆえに殺されていくという、最悪の逆転劇だった。


 路地裏の吹き溜まり。廃棄された救急車の陰で、三人は一時の息を潜めていた。

 ジャックは、ショートして煙を上げるFINAL UNITファイナルユニットの装甲を強引に剥ぎ取り、剥き出しの回路に導線を繋ぎ直す。


「"Queen, why help me now?"(クイーン、なぜ今さら手を貸す)」


「"Like I said, Jack. Debt."(言ったでしょ、ジャック。負債よ)」

 クイーンはライフルのスコープを覗き込み、周囲の闇を監視しながら冷たく答えた。

「あんたに資産を供出されたせいで、私の復讐相手(ヴァン・ドレン社)が消えちゃったのよ。だから、代わりにこの街をゴミ溜めにしようとする『ネクスト・ジェネシス』を潰す。それだけのことよ」


『……ジャック、話している暇はないわ』

 クレアが、ジャックの手首を強く掴んだ。彼女の指先は、恐怖で氷のように冷たい。

『シスターは今、スラムの共同炊事場へ向かっている。……そこにはマドンナと、逃げ遅れた子供たちがいるの。……彼女は「音」を消すだけじゃない。その場所にある「希望」という因果そのものを断ち切ろうとしている!』


「"She wants to prove that being a hero only brings death."(俺がヒーローであることが、死を招くと証明したいわけか)」

 ジャックは、歪んだヘルメットを力任せに叩き、バイザーを再起動させた。


「"Listen, Queen. I have a plan, but I need your 'noise'."(聞け、クイーン。策がある。だがあんたの『騒音』が必要だ)」


「"Noise? That's my specialty."(騒音? 私の専門分野よ)」


「俺とクレアが地下道を通ってマドンナたちの元へ向かう。あんたは地上からド派手にぶちかまして、シスターの注意を惹きつけてくれ。……一分だけでいい。奴の『沈黙』に亀裂を入れてくれれば、俺がそこへ飛び込む」


『……ジャック、無茶よ。今のあなたの体じゃ、シスターの刃を一度でも受ければ……』


「"Don't worry, Claire."(心配するな、クレア)」

 ジャックは、光を失った彼女の瞳を見つめ、優しく、だが決然と言い放った。

「"The silence is loud, but your voice is louder. Lead me to them."(静寂はうるさいが、お前の声の方が響く。俺を彼らの元へ導いてくれ)」


「"Go, Jack. Before I change my mind."(行きなさい、ジャック。気が変わらないうちにね)」


 クイーンが引き金を引くと同時に、戦場スラムの夜が、火薬の爆音によって一瞬だけ昼間のように照らされた。

 その光を背に、ジャックとクレアは、暗い下水道の入り口へと姿を消した。


 スラムの共同炊事場。そこは今、皮肉にも「死の待合室」と化していた。

 マドンナは数人の子供たちを背後に庇い、震える手で錆びついたレンチを握りしめている。

 周囲を支配するのは、心臓の鼓動さえ聞こえなくなるほどの、異様な無音。


 SHERE!


 闇を裂いて放たれた「無」の刃が、マドンナの頬を薄く切り裂いた。

「……ッ、どこなの……! 出てきなさいよ、この女狐!」

 マドンナの叫びさえ、シスターが展開する沈黙の結界に吸い込まれていく。


 KABOOM!


 その時、炊事場の天井が爆音と共に崩落した。

 地上でクイーンが放った対物ライフルの弾丸が、建物の構造材を粉砕し、シスターの「静寂」を強制的に打ち破る。


「"Surprise, ghost!"(驚いたか、亡霊!)」


 瓦礫の煙の中から、黒い鉄塊――ジャックが躍り出た。

 FINAL UNITファイナルユニットの足部のシリンダーが限界まで圧縮され、猛然とシスターへと肉薄する。


 三角形の頂点。

 怯える子供たち(被害者)と、姿を見せないシスター(加害者)、そして盾となる自分。


「"VENDYS, Support Mode! Kinetic Shield!"(ヴェンディス、サポート・モード! キネティック・シールド!)」


 CH-CH-CHAK!


 ジャックは攻撃を捨て、背後のマドンナと子供たちを覆うように自身の装甲を展開した。

 剥き出しのフレームが剥き出しの殺意を受け止める。


 SHERE! ――KLANG!


 シスターの刃が、ジャックの脇腹を深く切り裂いた。

 装甲が紙のようにめくれ、ジャックの肉に冷たい金属の感触が走る。


「ガ、アアッ……!」


『ジャック! だめ、そのままじゃ彼女の「無音」にあなたの命が吸い取られる!』

 背負われたクレアが、ジャックの肩に必死に縋り付く。

『……シスターの狙いはあなたじゃない。……あなたの背後にいる人たちの「絶望」よ。……彼女は、あなたが彼らを守りきれずに死ぬのを待っている!』


「"Then she'll have to wait... until hell freezes over!"(なら地獄が凍りつくまで待たせておけ!)」


 ジャックは血を吐き捨て、シスターが潜む闇に向かって一歩踏み出した。

 右肩を削られ、左脚の油圧が死にかけていても、彼の背中は子供たちにとって唯一の「揺るがない壁」だった。


「"Why?!"(なぜ!?)」

 シスターの当惑した声が、闇の中で初めて揺らいだ。

「"Why suffer for them? You are a Van Doren! You were born to be served, not to serve!"(なぜ彼らのために苦しむ? お前はヴァン・ドレンだ! 奉仕されるために生まれたはずだ、奉仕するためじゃない!)」


「"Maybe. But I'm also Jack."(そうかもな。だが俺はジャックだ)」

 ジャックは、不気味に、だが温かく笑った。

「"And Jack doesn't let his friends cry in the dark."(そしてジャックは、友人を暗闇で泣かせたりはしないんだよ)」


 ジャックが右拳を握りしめた瞬間、シスターの「無音」がかつてないほどの激しさで膨れ上がった。


「"You still don't get it, do you, Jack?"(まだ理解していないようね、ジャック)」


 シスターの姿が、闇の中で陽炎のように揺らぐ。

 彼女は攻撃を止め、代わりに自身のスーツの記録装置を周囲の壁へと投影した。そこに映し出されたのは、ジャックさえも知らなかった「父エドワードの極秘指令」の全容だった。


「"Is that... the 'Silent Cradle' Protocol?"(それは……『沈黙の揺りかご』プロトコルか?)」


「そうよ。あなたの父親が最後に望んだのは、セント・ミリオネアの完全な静止。……彼はこの街の全住民に、無意識下で『音を拒絶する』ナノマシンを埋め込んでいた。……私たちが今流している『沈黙』は、彼らが望んでいた安らぎなのよ。……それを乱しているのは、あなたの方だわ」


 壁の映像には、幼い日のジャックにその「沈黙」のプロトタイプを施そうとする、父の震える手が映し出されていた。


「……"Father... you wanted to kill our voices?"(……父さん……俺たちの声を殺そうとしたのか?)」


「"He wanted to protect you from the 'noise' of the world, Jack."(彼はあなたを世界の『騒音』から守りたかったのよ、ジャック)」

 シスターの刃が、静かに、だが確実にジャックの喉元へと吸い寄せられる。

「"The residents you saved... they are hurting because you're forcing them to 'hear' the reality. Why not let them sleep in peace?"(あなたが救った住民たち……彼らはあなたが現実に『耳を貸せ』と強いるから苦しんでいる。なぜ安らかに眠らせてあげないの?)」


 ジャックの右拳が、重く、力なく地面に落ちた。

 バイザーの中に流れる「不殺のプログラム」が、住民たちの苦悶の声に反応し、エラーを吐き出し始める。


『ジャック、だめ! 彼女の言葉に溺れないで!』

 背負われたクレアが、ジャックの頬を両手で挟み込み、無理やり顔を上げさせた。

『……聴こえるわ。……父さんの声の裏側で、彼が流していた「涙」の音が。……彼は、自分の過ちをいつかあなたが止めてくれることを、心の底で願っていた……!』


「……"Wished for me to stop him?"(……俺が止めるのを願っていた、だと?)」


 ジャックは、自身の脳内で鳴り響く「沈黙の誘惑」を力任せに振り払った。

 バイザーが激しく明滅し、スチールブルーの輝きが再び闇を切り裂く。


「"Silence isn't peace. It's just a grave with no name."(静寂は平和じゃない。名前のない墓場なだけだ)」

 

 ジャックは、血に濡れたFINAL UNITファイナルユニットの右拳を、自分の胸に叩きつけた。

「"If they can't shout, I'll shout for them! If they can't hear, I'll make enough noise to wake the dead!"(連中が叫べないなら、俺が代わりに叫んでやる! 聞こえないなら、死人が起き出すほどの騒音を立ててやるさ!)」


 その瞬間、ジャックの体から、ミストレス・マインドの毒さえも焼き切った「意志の共鳴」が、物理的な衝撃波となって解き放たれた。


「"VENDYS, Resonance Overdrive! BREAK THE SILENCE!"(ヴェンディス、共鳴過負荷! 沈黙を打ち破れ!)」


 ジャックは肺にあるすべての空気を絞り出し、天に向かって咆哮した。

 FINAL UNITファイナルユニットの各所から安全弁が吹き飛び、蓄積されたすべての熱とエネルギーが、物理的な「音」の壁となって全方位へ放射される。


 VREEEEEE-!


 耳を劈く衝撃波が、シスターが展開していた「沈黙の結界」をガラス細工のように粉砕した。

 無音を前提とした彼女の感覚器センサーは、この暴力的なまでの騒音に耐えきれず、漆黒のスーツから火花を散らしてショートした。


「……ッ、ガ、アアアッ!」

 闇の中から、シスターが無様に転がり出る。

 ステルス迷彩は完全に剥がれ、そこには耳を押さえてうずくまる、蒼白な少女の姿があった。


「"The stage is loud now, Sister. How do you like the music?"(ステージが騒がしくなったぞ、シスター。この曲の住み心地はどうだ?)」

 ジャックは煙を上げる装甲を軋ませ、一歩ずつ彼女へと歩み寄る。


 だが、勝利の予感は、背後から響いた「異質な静寂」によって遮られた。


『……あ……ジャック……。……聴こえる……。……もっと「深い」沈黙が……足元から……!』


「"Claire?!"(クレア?!)」


 ジャックが振り返ったとき、クレアを支えていた影が、底なしの沼のように広がり、彼女の体を飲み込もうとしていた。

 シスターの背後に控えていた『ネクスト・ジェネシス』の真の影――ディストピアの「肉体」を持つ実体アバターが、いつの間にかそこに立っていた。


「"The Silence is not an absence of sound, Jack. It is the end of time."(沈黙は音の欠如ではない、ジャック。それは時間の終わりだ)」


 ディストピアの巨大な鋼鉄の手が、クレアの喉元を優しく、だが逃れられない力で包み込む。

 シスターは囮だった。

 奴の狙いは、最初からジャックの「眼」であり、唯一の光であるクレアを、情報の奈落へと直接連れ去ることだった。


「"LET HER GO!"(彼女を放せ!)」


 ジャックが跳躍しようとした瞬間、FINAL UNITの右脚が限界を迎え、派手な金属音と共に砕け散った。

 

 ジャックは泥の中に倒れ込み、遠ざかっていくクレアの絶望に満ちた瞳を、ただ見つめることしかできなかった。

 

「……"Claire..."(……クレア……)」


 彼女を飲み込んだ闇が消えたとき、炊事場に残されたのは、機能停止した黒い鉄屑と、己の無力さに絶叫するジャックの慟哭だけだった。


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