春を運ぶ
今日は朝から雲一つない青空だった。太陽の光を遮ることのない、暑い、暑い夏の日に、俺はいつもの鞄を肩に掛け、一人初めての道を歩く。
駅からスマホに表示したマップを頼りに無事辿り着いたその場所は、予想していた通りの綺麗なお家だった。俺は門扉の前で立ち止まり、ハンカチで軽く汗を拭う。この暑さからか、はたまた緊張からか心臓がバクバクと体内に鳴り響くのを、深呼吸をして整える。
ようやく汗も心臓も落ち着いてきた頃、俺は最後にもう一度、今度は大きく息を吸い、人差し指を伸ばす。
「……ピンポーン」
門柱に取り付けられているインターホンが鳴る。
俺はゆっくりと腕を下ろし、静かに家主が出てくるのを待つ……。
彼女の手紙を読んだあの日から二ヶ月以上が経った。
俺は手紙を読み終えひとしきり泣いたあと、手紙を一つ一つ、丁寧に段ボールの中へしまった。段ボールの中の桜はやはり温かな色をしていて、俺は涙を一粒落とし、封を閉めた。
学校には夕方から行った。正門に着くとちょうど四限の終わりを告げる鐘が鳴り、校舎から出てくる人の流れに逆らって俺は真っ直ぐ九号館へ向かった。久しぶりに通るその道に、俺は迷いも躊躇いもなかった。
部室の前に辿り着いた時、俺はいつか見た夢のことを思い出した。扉の向こうを想像し、息を呑んだが、やはり躊躇うことなくドアノブに手を掛けた。鍵は、開いていた。
「……お疲れ様です」
扉を開けながら、俺は何十日ぶりの、いつもの挨拶をした。すると、
「お疲れ、真白」
「おつかれー」
開けた扉の先で、自席に座る架凛が、窓を開け風を浴びる尚人が、いつものように挨拶を返してくれた。
俺はドアノブを掴んだまま立ち尽くた。目の前の光景にまた泣いてしまいそうだった。けれど俺のその姿を見て、
「何してんのよ真白。早く入ったら?」
と、架凛は笑って言った。尚人は静かに目を細めた。
「そう、だね。……お茶淹れるけど、みんなはどう?」
ドアを閉め、訊ねた。
「もちろん」
「いただくよ」
二人の答えに俺は自分の机に荷物を置き、流しの前に立つと、再び立ち尽くした。
俺の視線の先、流しの隣にあるカラーボックスの上には、緑色と、オレンジ色と、白色と、桜色の、四つのマグカップが洗い乾かされていた。
俺は堪えながら四つ分のお茶を用意した。四つの机にそれぞれカップを置き、架凛が机の真ん中にお菓子を置いてくれると、写真同好会恒例のティーパーティーが始まった。
「うん、美味しい」
架凛の一言で、カップを持つ手以外に目頭も温かくなった。そして、
「おかえり、真白」
「おかえり」
二人のその一言で、堪えていた涙は机の上に零れ落ちた。この日の俺は泣いてばかりだった。
「…………ただいま」
視界がぼやける中、前髪の隙間からうっすらとオレンジと緑が光っているのが見えた。
それから俺は以前のように学校に通い、講義を受け、休み時間は裏庭で過ごし、ゼミのない日は部室に向かいサークル活動に勤しんだ。
彼女のおかげでようやく進み始めた俺の時間を、尚人と架凛は優しく見守ってくれた。まだ完全には彼女のいない日々を受け入れられた訳ではないが、それは二人も同じで、俺たちは少しずつ少しずつ、彼女のために、自分のたちのために前に進んだ。
二ヶ月ぶりに行った写真撮影は気合いを入れて少し遠出し、夏至に開催されるキャンドルナイトを撮りに行った。彼女は花火が好きだったから、きっと俺たちの写真を見て眼を輝かせたに違いない。
七月は去年同様に七夕祭りへ行った。偶然にもあの少年と再会し、少年は手を振りながら駆け寄ってくれた。その隣には、優しそうなお母さんがいた。
そうして無事前期を終え、迎えた夏休み。俺はこの休みを機に、ずっと考えていたことを実行することにした。始めに架凛と尚人に相談し、応援してくれた二人があちらへのアポイントメントと住所を教えてくれた。俺は二人と了承してくれた相手方に感謝し、そして、ついに本日、相手のお家にお邪魔することにした。
『はい』
数秒して、インターホンから女性の声が返ってくる。
「あ、すみません。以前ご連絡させていただきました、色葉さんと同じサークルに所属する諫早真白と申します」
そう言うと、インターホンの向こうの女性は、
『あぁ真白くん……、今開けますね』
と応え、インターホンを切った音がしたあと、すぐに玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい。どうぞ中に入って」
出迎えてくれた女性は、見覚えのある柔らかい笑顔を浮かべる。
あの日、彼女のお葬式で涙ぐみながらも参列する人、一人一人にお礼をしていた人。
彼女の口ぶり、笑顔と重なる人。
その人は、間違いなく色葉のお母さんだった。
「……すみません、お邪魔します」
俺は門扉を開き、玄関へ向かう。お家に上がらせてもらい、最初に仏壇のある和室へ通してもらった。和室に入ると、香炉にはすでに短くなった線香が二本上がっていた。
「どうぞ」
色葉のお母さんは仏壇のロウソクに火をつけ座布団から退くと、そこに座るよう手のひらで指し勧める。
「ありがとうございます」
俺はお言葉に甘え座布団に座り、線香を立て、手を合わせる。伝えたいことは、決めてきた。
……色葉、お葬式ではちゃんとお別れが言えなくてごめんね。それと、あの日……。後悔する気持ちがもうないって言ったら嘘になるけど、尚人と架凛、あともちろん色葉のおかげで、ようやく俺なりに前に進めるようになったよ。
……あの日ね、俺もすごく楽しかったんだ。ありがとう、色葉。
目を開けると、ロウソクの炎の奥に置かれた彼女の遺影が目に入る。
やっぱり、今まで出会った中で一番綺麗な色だ。
俺は座布団に座ったまま後ろを向く。色葉のお母さんは俺の後ろに座っていた。
「改めて、今日はお邪魔させていただきありがとうございます。お葬式の時はちゃんとご挨拶もできず、すみませんでした……」
俺は色葉のお母さんに頭を下げる。
本当はもっと早く伺うべきだと思っていた。時間も距離も、彼女のご家族の気持ちと予定も、考慮すべきことは色々とあったが、それでも、俺自身が行動を決心するのに時間がかかってしまったことが一番の要因だ。
彼女のご家族は知っているだろうか。あの日、色葉が俺と出かけた帰りに事故に遭ってしまったことを。いくら架凛と尚人にあの日のことは俺のせいではないと言われようと、彼女のご家族は俺を、どう思っているだろう……。
俺は色葉のお母さんの返答を、頭を下げたまま静かに待つ。受け止める覚悟は、してきた。けれどそんな俺の覚悟とは裏腹に、色葉のお母さんはそっと俺の肩に手を置いた。
「……顔を上げて、真白くん。いいのよ。私たちもいっぱいいっぱいだったから。それに、色葉のために泣いてくれてありがとう。あの子と仲良くしてくれて、ありがとう」
顔を上げると、色葉のお母さんは俺に優しく笑いかけてくれた。俺は下唇を噛み、
「ありがとうございます。すみません」
と、また頭を下げた。
彼女を彷彿とさせるその笑顔で、俺は気づいてしまった。
色葉のお母さんは、全てを知った上で俺の来訪を受け入れてくれていた。
それでも俺は自分の口からあの日のことを話すべきだと、再び口を開く。けれど言葉は音となる前に、色葉のお母さんによって遮られた。
色葉のお母さんは優しい笑顔のまま目を細めて言った。
「ふふふ、やっぱり色葉の言っていた通りの子ね」
「え?」
「真白くん、よかったらお茶を飲んでいかない? 暑い中来てくれたから喉が渇いたでしょ。さぁ、リビングにどうぞ」
「え……あ、はい」
戸惑いが疑問に変わる前、色葉のお母さんはそう微笑みながら立ち上がった。俺は促されるまま座布団から立ち上がり、色葉のお母さんの後を付いて行く。「こちらにかけて」と、通されたリビングのダイニングチェアに座ると、色葉のお母さんはお茶の入ったグラスを二つトレイに運んで持って来てくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
差し出されたグラスを手に取る。揺れる氷がカランと心地のいい音が鳴らした。
「……おいしい」
ゴクンと一口飲むと冷たさと潤いが口の渇きを癒していく。自分が思っていたよりも体は水分を求めていたようで、俺は続けてゴク、ゴクとグラスを傾けた。
「ふふ、お口に合ってよかった。……実はね、真白くんの話はずっと色葉から聞いてたの」
「……そう、なんですか?」
前の席に座った色葉のお母さんの言葉に、俺はそっとグラスを口元から離す。色葉のお母さんは「えぇ」とグラスの縁を親指で撫で、懐かしむような表情と色を浮かべた。
「学校に素敵なお友達がいるって。あの子は昔からたくさんお友達の話をしてくれたけど、その中でも真白くんのことは飛び抜けて嬉しそうに話してたわ。真白くんがあの子と同じサークルに入ってくれたって話は、本当に何度も何度も聞いたのよ?」
「……そう、なんですか」
楽しそうに話す姿、話し方がやはり彼女と重なる。俺はいつの間にかいつもの調子で話を聞いてしまっていた。
「そうだ。真白くん、あの手紙は届いたかしら?」
「……はい」
「そう」
色葉のお母さんは手元に視線を落とし、もう一度グラスの縁を撫でる。
「……本当はね、どうしようかずっと迷っていたの。あの子の荷物をこっちに運んでくる時に、ダンボールの中の手紙のことは気づいていたんだけど、そこには宛て名がなくてね。きっとあの子が誰かに宛てて書いたものだったんだろうけど、誰に宛てたものなのか、それが分かっても勝手に私たちが送っていいものか……。だからずっと、手紙はそのままにしていたわ。けどその数日後に、今度は色葉があの日持っていたバッグを整理していたら、中からシワの寄った手紙を見つけて。すぐにあのダンボールに入っていた手紙と同じものだと気づいたわ。それでその手紙も段ボールの中に一緒にしまおうとしたその時、なんだかあの子に『手紙を届けて』って言われたような気がしてね。ふふ、おかしいでしょ。けど、どうしても気になって……。その手紙を裏返すと、初めて宛て名のところに名前が書いてあったわ。それが真白くん、あなたの名前だったの」
色葉のお母さんは視線を上げ、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
「独りよがりだったかもしれない。もしかしたらあの手紙だけが真白くん宛てで、他は別の人に宛てたものだったかもしれない。そんな心配が何度もよぎったけど、結局、私は架凛ちゃんと尚人くんにお願いして手紙を届けてもらったわ。……真白くん。あの子の手紙は、『全部』、届いたかしら?」
色葉のお母さんの優しさに溢れた色に不安が織り混ざる。
俺は両手を膝の上に置き、真っ直ぐに色葉のお母さんの目を見つめ返した。
「……はい、ちゃんと、全部、届きました」
その不安を取り除くように、安心と感謝を上から重ねられるように、俺は答える。
「あの手紙を届けてもらわなかったら、俺は今もあの日を後悔し続けて、一人暗闇の中にいたと思います。あの手紙を運んでくれた尚人と架凛にも、届けようとしてくれた色葉のお母さんにも、手紙を書いてくれた色葉にも、感謝が尽きないです」
俺は改めて色葉のお母さんに頭を下げる。あの手紙が、俺が忘れてしまった全てを思い出させてくれた。
そっと顔を上げると、俺は安心した。
色葉のお母さんから暗い色が抜け落ちていく。そして、
「ねぇ真白くん、最後の手紙にはなんて書いてあったのか、訊いていいかしら?」
「……楽しかった。今日のことを一生忘れない、と」
「…………そう。……ありがとう、真白くん」
不安は完全に抜け落ち、その桃色に淡く温かい、光が宿った。
そのあと俺は色葉のお母さんに訊ねられたこと、主にサークルのことや色葉との思い出を少し話し、あまり長居しない時間で席を立った。色葉のお母さんは嬉しそうに話しを聞き、玄関先まで見送りに出てくれた。
「今日はありがとうございました。お茶も、ごちそうさまです」
「いいえ。またいつでも色葉に会いにきてね。今度はサークルのみんなで」
「はい。……あ、そうだ」
大事なことをすっかり忘れていくところだった。俺は鞄の中に手を伸ばし、今日ここに来た理由の一つであるそれを取り出す。
「あの、よければこの本を色葉のところに置いていただけませんか」
「この本は……?」
俺はちらりと本の表紙を見る。
「色葉に貸す約束をしていた本です。俺はもう暗記しちゃうくらい読み返したので……」
そう言って俺は色葉のお母さんに本を差し出す。色葉のお母さんは割れ物に触れるように優しく受け取ってくれた。
「ありがとう、ちゃんとあの子に渡しておくわ」
「お願いします。……あと」
これは最後まで訊くかどうか迷ったが、結局、俺は訊ねることにした。
「色葉がつけていたミサンガは……、どうなりましたか?」
色葉のお母さんが一瞬、目を見開く。俺はその反応に息を呑んだが、色葉のお母さんはそのままふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「あのミサンガは私たちが迎えに行くまでついていてね。そのあとすぐに切れてしまったんだけど、千切れた痕はなくて、自然に擦り切れて外れたみたいなの。だから、あの子の棺に一緒に入れたわ。……きっと、どこかであの子の願いを叶えているのかもしれないわね」
そう言って優しい表情のまま、色葉のお母さんは空を仰いだ。空は相変わらず、雲ひとつな晴天だ。
「……そうですか。……うん、そうですね」
俺も空を仰いだ。
「きっと、叶っていると思います」
ふわりと柔らかな風が吹き上がる。
俺は心の底から、自然と溢れ出るこの気持ちを、表情に乗せた。
「キーンコーンカーンコーン」
四限終了の鐘が鳴る。講義が終わり周りの学生たちがぞろぞろと教室を出ていく中、俺はふと窓の外を眺める。鐘が鳴ったばかりだというのに、すでに多くの学生たちが思い思いの意図で校舎の外を歩いていた。
帰宅する人、サークル活動に勤しむ人、友人とどこかへ向かう人……。学校でよく見るなんてことない普通の光景。けれど、俺にはそれがとてもカラフルでキラキラと輝いて見える。
「……さてと」
俺は机の上のペンケースとノートを鞄へしまい、教室を後にする。
みんなはもう集まっているだろうか。俺は歩く速度を少し上げる。行き先はもちろん、九号館の一階、正面出入り口から左に進んだ四つ目の教室。
「お疲れ様です」
鍵のかかっていないドアを開けながら、俺はいつもの挨拶をする。
「お疲れ、真白」
「おつかれー」
ドアの向こうからは、やはりいつものように架凛と尚人が挨拶を返してくれた。
「あ、真白ごめん、ちょっとペンを貸してくれる?」
「ペン?」
部室に入って早々、自席に座る尚人は手を合わせながら俺に言う。机の上には何かレジュメのようなものが乗っていた。
「聞いて真白。ナオったら今日ペンケースごと家に忘れて来たらしいわよ」
「いやぁ、講義は全部タブレットでどうにかなったんだけど、流石に紙の提出物はペンがないと厳しいね」
あははと困ったように笑う尚人に、前の席に座る架凛はおかしいと言わんばかりに笑みを深める。
「いいよ。黒のボールペンでいい?」
「うん、サンキュ」
俺は自席へ移動し、鞄を机に置いてペンケースを取り出す。手探りでペンを二本出すと、運良く黒のボールペンを取り出せた。
「はい」
「ありがとう」
差し出したペンを受け取り、尚人は何やら書類に書き足していく。
「珍しい配色ね」
「え?」
斜め前の席で架凛がそう呟く。架凛の視線は俺の手元、もう一本のペンに向いていた。
俺は手元の四色ボールペンを見つめる。
「そう、かな」
「ええ。……でも、私はその四色、好きよ」
「俺もだよ」
いつの間にか尚人も俺の手元を見て言う。二人ともその表情、色に、喜色を滲ませていた。
「……でしょ。俺の、お気に入りの色なんだ」
俺はペンを持っていない方の手で、不意に前髪を押さえる。けれど髪が俺の視界を覆うことはもうない。
彼女が教えてくれた。俺がそう感じるようになった。
俺の目に映るこのカラフルでキラキラと輝く世界は、まるで色とりどりの花を集めた花束のようで、とても美しい。
『色葉へ
お元気ですか。俺は元気にやっています。もちろん、尚人と架凛もね。
本当は「背景」とか「時候の挨拶」とか書いた方がいいと思ったんだけど、かしこまった書き方より、普段の会話のように書いた方が俺たちらしくいいと思って、思うままの言葉で書くことにしました。(初めて書く手紙だから拙いのは許してね)
さて、まず何から書こう。手紙って自由な分、内容を選ぶのが難しいね。
色葉の手紙を参考にすると、身の回りのこととか、それに対する感想とかが主だったかな。
それじゃあまず現状報告から。最初に書いた通り、みんな元気にやってるよ。それぞれ忙しくて顔を合わせる機会は少なくなったけど、集まった時は以前と変わらず過ごしてる。
裏庭にも暇さえあれば通ってるよ。
今年も裏庭の桜が綺麗に咲いたんだ。相変わらず全く人が来ないから、俺の貸切状態になってるけど(笑)
よかったら色葉もお花見に来てね。
あとそうだね、俺ごとだけど最近課題に追われて図書館にこもってることが多いかな。なんとなくやりたいことがあって、そのために今は勉強とか色々頑張ってる。
正直、本当に自分にできるのかって不安だけど、周りの人たちが応援してくれるし、それにある少年と約束したから。もうしばらくは自分を信じてみることにしてる。(色葉にも向いてるって言ってもらったしね)
現状報告はこれくらいかな。
うん、色葉とみんなおかげで、楽しく過ごしてる。
あの本はどうだった? 楽しんでもらえたかな?
内容はもうあらかた話しちゃったからワクワクした気持ちで読むのは難しかっただろうけど、それでも楽しんでもらえたなら嬉しいな。
今度ぜひ、感想聞かせてね。
そうだ、本で思い出した。
色葉が手紙で色々胸の内を話してくれたから、俺も一つここで打ち明けるね。
……実はね、二年生のあの春……そう、色葉がペンを届けに来てくれたあの時、俺は色葉のことを、桜の妖精かと思ったんだ。
あ、もしかして笑ってる? でも冗談じゃないよ。
あの満開の桜の中にいた君は、本当に桜から出てきたんじゃないかと思うほど、同じ色で咲ってた。
桜の妖精……、色葉を表すのにぴったりな表現だとずっと思ってたんだ。
けどね、今は……というか、あの日、色葉と二人で出かけた日から、ちょっと違う。
じゃあ今はどう思ってるかって? そうだね……。
古本屋さんで本を紹介したあとに見せてくれた色葉の笑顔。あの笑顔がね、不思議と本の中に出てくる妖精の笑顔と重なったんだ。
本の中に妖精の絵が書いてあるわけじゃないし、本当に俺の想像でしかないんだけど、でもきっと妖精は色葉みたいに、こんな幸せそうに笑ってるんだろうなって思った。
それからね、この本に出てくる妖精と色葉は似てるなって思ったんだ。
色葉は俺に、前に進む勇気をくれた。
色葉は俺に、温かい光を射してくれた。
色葉との出会いは、俺の世界を変えてくれた。
だからね、今は……、
君はきっと、春を運ぶ妖精……かなって、そう思ってる。
手紙を書くのって、なんだかこそばゆいね。もしかして色葉の手紙を参考にしたからかな(笑)?
はは、冗談だよ。
それじゃあこの辺でペンをおかせてもらうね。
色葉の手紙みたいに、この拙い手紙が、色葉にとっての宝物になれたらいいな、なんて。
…………ねぇ色葉。またいつか色葉と出会うことができたら、今度は俺からいっぱい声をかけて、君を笑顔にするね。
諫早真白』




