8 『し ン シ ん』
その後は雲類鷲さんが去り際に残した「絶対に騒ぎすぎるなよ、絶対にだぞ!」という忠告を見事に無視して騒ぐレイタイの面々と適当におしゃべりをしながら時間を潰した。相変わらず長い霜野さんのスタンガン談義からようやく逃れ部屋の隅で休んでいると、威斗が声をかけてきた。
「やあやあ。楽しんでる?」
「ええ、まあ」
「突然なんだけどさ、光俄君は恋と愛の違いってなんだと思う?」
突然近づいてきて何だと思ったら、いきなりとても面倒くさそうな質問をされた。本当に面倒くさいので適当に答えることにした。
「お金が絡むかどうかじゃないですかね。恋は基本無料、愛からは課金制。愛したソシャゲにしか、僕は課金しませんから」
「おおう!? なかなかバーチャルな恋愛してるんだね、君は。ちなみに俺は恋は求めるもの、愛は与えるものだと思うね!」
果てしなくどうでもいい会話だった。この人はイケメンで頭良さそうなのに、どうしてこんなわけの分からん問答をしてくるのだろうか。正直言って、反応に困る。
「それじゃあさ。恋愛と執着の違いって何かな」
執着、という言葉に少し反応してしまった僕に、気づいたのであろうカイトがニヤリと薄い笑みを浮かべ言葉を続けた。
「俺は同じだと思う」
「そう……ですか」
「執着にも色々あるよね。お金、物、あとは――復讐とか」
内心の焦りが視えないように出来るだけ無関心を装い訊いてみた。
「何が言いたいんですか」
「いやー、君の経歴は見せてもらってるよ。なかなかバイオレンスな経歴の持ち主みたいだが、それを説教したりするつもりはない」
先程までとは打って変わって真面目な雰囲気を纏い彼は言った。
「強いて言えば先輩としてのアドバイスかな。俺たちみたいに『視える』奴は、必ずと言っていいほど執着心を持ち合わせている。それはついつい他人に理由を押し付けてしまいがちだが、執着はあくまで自分の意志だ。誰かの為だとか誰かのせいでなんて思っちゃいけない」
そう言うと、威斗は先程までのニヒルな空気を取り戻し、またニヤリと笑った。
「俺もその口でね。だから、同じ視える仲間としては何かあったら是非相談してほしい。多少非合法でもそこそこ頼りあえると思うんだ、俺たち」
ああ、この人は探っているんだ――
僕の真意を。ここに入る決め手になった動機を。
それが恐らく健全でないことを承知で雇ったのだ。
「まっ、そういうことだ。いきなり先輩面して悪かったね」
「いえ……覚えときます」
本当なら頼りがいのある申し出だが、彼を、彼らを頼ることは出来ない。
僕も彼らの執着心も亡霊に対してのものだが、僕のは亡霊――六槻を守ることだ。根本的に相容れない。頼もしければ頼もしいほど脅威となる。
「人のせいにするな、か」
それはそうだ。その筈だ。
六槻を守りたいと思ったのは僕の意思であり僕の執着だ。
そうだ。
僕は、六槻を守る。
---
「お仕事ご苦労様~」
自宅に帰ると、何故か六槻が部屋の座布団に座って待っていた。
下着姿で。
「なんで下着なんだ」
「コウちゃんてばそっから訊くんだー? 私を殺した女の身体に欲情するなんてサイテー。キヒヒ」
「別に欲情なんてしてない……!」
「あれ怒った? ごめんごめん。ここに来たのは用事があったから。勝手に家に入れたのは心餽霊-ムシバミ-で鍵を開けたから。下着なのはオモシロイからだよ~!」
「心餽霊-ムシバミ-はそんな器用なことも出来るのか」
「まあ、除霊以外はそれぐらいのことしか出来ないんだけどね。こと戦闘に関しては普通の人相手だと軽く体当たりするくらい。意外と使えなくて困っちゃうよ」
そんな愚痴を言いながら軽く心餽霊-ムシバミ-を出して見せる六槻。部屋の中を小さな犬頭の霊魂が所狭しと飛び回る。それらを操りながら六槻は言った。
「こいつらは亡霊相手には強いけど、生者相手には大して強くない。防御くらいだったらそこそこ出来るんだけどね……。だから生きてる人間を手にかけるには今日やっつけた奴らみたいな手駒がいるんだ。私が直接やったらバレちゃうしね」
そう言って六槻は『綺風さん』の顔をニッコリと歪ませた。
「あいつらにはこの身体の両親を殺させたんだ」
「は?」
「綺風父と綺風母。いやー手強かったよ。一応、元心餽霊-ムシバミ-の持ち主だけあってそこそこ抵抗されちゃったけどなんとか仕留めたよ」
「仕留めたって……殺したのか」
「当ったり前じゃん。流石に娘の中身が入れ替わってたら両親は気付くでしょ。なまじ知識もある分、ほっとく訳にはいかなかったからね」
六槻が、人を、殺した?
いや落ち着け。分かっていたはずだ、六槻が昔と違っていることは。そりゃ亡霊になんてなっているんだ、人くらい殺すさ……。
「どうしたのコウちゃん。顔が青いよ?」
ニヤニヤしながら。六槻が僕の顔を覗き込む。
内心の動揺を悟られないように平静を装う。
「何でもない」
「ひょっとして怖気づいちゃった? そうでしょ?」
「別に、何でもないってば!」
しつこく追求する六槻に、僕は自分にも言い聞かせるかのように言い放った。
「ダメだぞ、女の子に理想を押し付けたら。最近のJKは親ぐらい平気でぶっ殺しちゃうんだからさー。それくらいで怖気づいてたらモテないんだよ?」
「僕は、それくらいでお前を見捨てたりしないから」
「いいよいいよ、その調子! 大丈夫、コウちゃんはあいつらみたいな捨て駒じゃないから。ここぞというときに使う切り札だから! ビシッ!」
六槻は嬉しそうに言いながら心餽霊-ムシバミ-を自分の身体に戻し始めた。
「ふう、やっぱりずっと出してるとすごい疲れるなあ」
「それで、用事っていうのは?」
「あっ、そうそう、それなんだけどね。コウちゃんにしか頼めない超重要な任務なのです!」
重要、という言葉に再び動揺する。人殺しを捨て駒にやらせるのだ、切り札とまで言われた僕は一体何をさせられるのだろうか。そう思い至り思わず身体が固くなる。
「えーとね。アオちゃんを、デートに誘ってほしいのでーす!」
「はぁ!?」
お腹から空気が漏れた。どういうことなんだ。亡霊はおかしいやつが多いという話だったが、六槻は思考すらできなくなってしまったのか。
「ん? なんだね、その目は。別に冗談で言ってる訳じゃないんだからね」
「じゃあなんで霜野さんをデートに誘わなきゃいけないんだ」
「それはね、アオちゃんが危険だからだよ」
「危険?」
確かにテーザーの腕前は凄かったが。それ以外は……本人には失礼だが『どんくさい子』という固定イメージが出来つつある。
「対亡霊用の組織はレイタイだけじゃないんだ。特に最近は世界的にファントムハザードが起きてるからね。この街は他の特異点と比べても結構活発な亡霊が多くてさ、レイタイ以外の組織にも目を付けられちゃうんだよねー」
「なるほど。でもそれと霜野さんがどう関係してるんだ?」
「彼女、去年こっちに越してきたんだけど、越してきてすぐレイタイに入ってるんだよ。本人は雲類鷲さんにスカウトされたとか言ってるけど、さてどうだかね?」
「それは……」
「ついでに言うと彼女、両親が他界してるんだけど、身元引受先が親族でも何でもない国の役人でね。『泉名』っていうんだけど。噂だけど身寄りのない霊視を持つ子供は国に集められて対亡霊用の兵隊にされるんだってさ」
「そうだったのか」
「そこでデートなのです!」
ドヤ顔で言い放たれた。再開して此の方少々説明不足感が否めないが、もしかしたら余計なことを言わないようにワザと言葉数を減らしているのかもしれないと思った。なので、こちらから提案してみることにした。
「あーつまり……彼女に取り入って、あわよくば何か聞き出せ、と」
「そんな感じかな。聞き出す内容は『他の怨霊』についてだよ。まあ多分、対怨霊用に送られてきたのは彼女だけだから当面の対策はそれで十分。私が怨霊だとバレない限りはね」
「……はぁ!? お前怨霊なのか」
あまりにもあっさり言われたので一瞬気付かなかったが、とんでもないカミングアウトをされた。
「えっ、気づいてなかったの? もーコウちゃん相変わらず鈍感だなぁ」
「普通の亡霊は一発スタンガン食らったら成仏しちゃうでしょ? 私は二発撃たれないと死なないよ。あっ、もう死んでるけどね、テヘッ!」
おどけて見せる六槻に、さらに動揺する僕。なんだ、さっきから一気に情報が詰め込まれてパンク寸前だ……。
「あれっ? 怨霊って聞いてビビっちゃった? ん? ん?」
自分では気づかなかったが恐らく顔に不安が出てしまっていたのだろう、六槻がおちょくるように言った。
「いや、だからお前がどんなだろうと僕はお前を見捨てないって言ってるだろ」
「どうだかねー。昔は見捨てたしなー」
軽く。しかし重い過去の罪を、六槻は突きつけてきた。
「……知らなかったんだ。お前がいじめられてるなんて僕は――」
「言い訳するなっ!」
突然声を荒げた六槻に胸ぐらをつかまれて押し倒された。目前の『綺風さん』の瞳から六槻の激情が伝わる。
「どいつもこいつも、例えコウちゃんでも、絶対許さないから」
「ああ。分かってる」
間を置かずに僕がそう答えると、六槻は顔を僕の肩口に持っていき耳元で囁いた。
「怨霊のこと、教えてあげる」
「怨霊はね、他の亡霊よりも強い執念を持って死んだ者がなるんだ。そして明確な『願い』を持って生まれてくる。私の願いはね」
「世界中の『加害者』の皆殺し」
そこまで言うと六槻は僕を開放し、立ち上がって僕を見下ろした。その目にはもう、先程までの妄執はなかった。
「他の怨霊をたくさん吸収して完全なカタチになった怨霊の願いが成就される」
「加害者……って」
「加害者は加害者だよ。世の中ハッピーになること間違いなし!」
そう言って彼女はもう用はないとばかりに服を着だした。
「とりあえずアオちゃんの件だけはくれぐれもよろしくね。それじゃ!」
「なあ!」
僕は堪え切れずに六槻を呼び止めた。
「復讐をするな、なんて言わない。僕だって復讐の為にここに帰ってきた。僕は何があってもお前の味方だ。でもお前はそれでいいのか? 関係ない人を巻き込んで、それでお前は平気なのか?」
棚上げも甚だしい僕の問い掛けに、六槻はまるで人形のような無表情で答えた。
「この世界に『関係ない人』なんていないよ。どんな人でも誰かを助けられるし、誰だって他人を殺せる。この女が私を殺したように、私がこの女の両親を殺したように、ね」
期待してるよ、と言い残し六槻は去って行った。
その後長い時間、虚しさを感じながら一人取り残された部屋で立ち尽くしていた。
結局、六槻の真意を聞き出すことは出来なかったが、しかし、どちらにしても僕のすることは変わらない。
でも、本当は。
真に六槻のことを想うなら、今すぐ彼女を止めるべきなのだろう。
それは無理だ。
僕は六槻に生きていてほしい。どんな姿であろうとそれは変わらない。何故ならそれが僕の執着だからだ。
『関係ない人を巻き込んで、それでお前は平気なのか?』と質問したが、僕の方こそそんな質問をする資格はない。
僕は関係ない人を巻き込んでも平気だ。何も感じない。でなければならない。だってそれは、六槻の為なのだから。
威斗は執着を他人のせいにするなと言っていたが、こればかりはどうしようもない。五年間そうやって生きてきたのだ。今更変えられない。
僕は。
六槻の為なら何でも―――




