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9 『か ン ケ い』



 数日後、学校へ行くと霜野さんがゴシゴシと机を拭いていた。


 近づいて「おはよう」と声を掛けたが、僕の声が聞こえないかの如く俯いてせっせと机を拭いていた。机には『死ね』だとか、まぁ所謂イジメのテンプレもいいとこの、浅はかな文字がたくさん書いてあった。


 恐らく、僕を自分のイジメに巻き込まないようにいじらしく聞こえないフリをしているのであろう霜野さんを見ながら、一つの疑問が浮かんでいた。


 この数日間を見るに霜野さんはなかなかどうして、紛うこと無きイジメられっ子ようだったが、今のところ僕が行為が行われている現場を見たことは一度もない。誰がどう見ても事なかれ主義者ばかりのこのクラスなら正面きっていじめてもおかしくはなさそうなものだ。


 もしかしたら。僕に分からないように犯行しているのかもしれない。僕に見つからないように気を付けて。

 そしてそれは僕の過去の前科に起因するものかもしれない。

 まあ昔暴力事件を起こした小学校と同じ地域の高校なのだ。僕が過去に新聞に載るような暴力事件を起こしたことを知っている者もいるだろう。


 霜野さんがその僕と急に仲良くなったら、イジメている側の人間が警戒するのは当然だ。

 それなら、それを利用してでもやめさせることは出来そうだが、当の霜野さんが迷惑がるかもしれない。

 


 でも。



 それこそ、僕の『執着』だ。こんなもの、を見過ごせるわけがない。多少強引でもこんなこと止めさせてやる……。

 霜野さんには悪いが、元より僕は自己中心的な人間だ。だから。



 「あー、ちょっとすいませーん!注目して下さーい!」


 大声をだした。


 そこそこにざわついていたクラスが一気に静まる。やや気恥ずかしさを感じるが、なりふり構ってはいられない。

 イジメを放っておけば、死人が出ることだって、ある。後から公開したって遅いことが、ある。


 霜野さんの机を指差す。霜野さんが驚いた顔で僕を見上げる。


 覚悟を決めろ――


 「誰だか知らないけどっ! 次やったらブッ殺すっ!」


 そして、分かりやすく中指を立ててやった。汚い連中にはこれで十分だ。


 これで良い。前科者がこれくらい言えば、そこそこの効果はあるだろう。あとは、これで霜野さんへの迫害が止むことを願うしかない。でないと本当に暴力に訴えることになる。昔のように。


 クラスメイト達は気まずそうに顔を見合わせていた。ヒソヒソと話している者もいる。

 当の霜野さんは呆然と、音子ちゃん風に言うならハトがバズーカを喰らったような顔をしていた。


  「へー。やるもんだね。キミ。流石に『本物』は違うって感じ」

  突然横の席から話しかけられた。先程まで机に突っ伏していた女の子だった。それに気づいて霜野さんはさらに焦った反応をした。

 「ちょっ!? モイモイ、私に話しかけちゃダメッスよ!」

 「もう大丈夫っしょ。本物の前科者があんだけ言ったら誰も手出しできないって。いやー、これでやっとあんたと友達再開できるね、葵ちゃーん」



---



 昼休み。


 いじめが沈静化する気配を感じ取ったや否や、急に馴れ馴れしく話しかけてきた『モイモイ』こと佐倉萌依サクラ モイは屋上でお昼ご飯を食べることを提案してきた。


 「だってあんなクラスじゃ落ち着いて話も出来ないでしょ」


 弁当箱を突っつきながら桜井萌依が言った。霜野さんに一応名前だけ紹介されたが、イマイチどういう人なのか分からなかった。霜野さんのいじめにはつい先程まで完全ノータッチを貫いていたらしいので事なかれ主義者だと思ったのだが、だとすると今、僕や霜野さんと仲良く膝突き合わせてお昼を食べるのは主義に反してはいないだろうか。

 自分で言うのも憚られるが、僕のような『本物の前科者』と一緒に昼食をとるような飛んで火にいるタイプの人間では、ないだろうに……。


 「佐倉さんは霜野さんとは仲が良かったの?」

 「えっ、いやまあ、そこそこかな」


 何とも歯切れの悪い答え方に、霜野さんが目に見えて気を落とした。


 「まっ、本当に仲良かったらああいう状況で放っとかないよね」

 「そこを突かれると痛いけれど。でもさ、誰もがキミみたいに勇敢な振る舞いを実行できるわけじゃないんだよ? だからそんな怒んないでよっ」


 なかなかにサバサバした性格だった。


 「それで、そこそこにしか仲良くない佐倉さんは僕達に何か用かな?」

 「光俄さん! あんまり言っちゃダメッス!」


 僕の威圧的な物言いに、霜野さんがアワアワしながら止めに入った。助けるつもりがハラハラさせて申し訳ない限りだが、不安の種は早めに取り除いた方が良いのだ。


 「いやいや、いいんだよ葵ちゃん。おっしゃる通りだから」


 全く動じずに桜井萌依が答えた。それを聞いて霜野さんが「えっ、じゃあ仲良くないってことスか……?」と呟いてまたしてもガックリした。


 「私も亡霊が視えるんだ」

 「……レイタイのメンバーってこと?」

 「いやいやいや、違う、私はレイタイじゃないよ。ただの一般人。だけど一応挨拶しておこうと思ってね。主に氏浦クン、キミにね」


 ニヤリと笑い、桜井萌依は僕の耳元で霜野さんには聞こえないように小さく口を動かした。


 「怨霊『上条六槻』の協力者クン」


 聞いた瞬間、僕はズバッと霜野さんの方に勢いよく体を捻り、声を張った。


 「霜野さん! ジュース買ってきてくれない!?」

 「へっ? それってパシリ――」

 「お願い、今すぐ飲みたいんだ、何でもいいから、はい千円、おつりはいらないから早く」


 今日一番の困惑顔を見せる霜野さんに無理やり千円札を押し付けて屋上のドアから校内に押し込んだ。


 「あはは、そんなに慌てなくてもってうわっ!」


 僕は制服からスタンガンを取り出し桜井萌依に突き立てた。


 「お前、亡霊かっ!?」

 「違う違う。キミと同じ、亡霊の生きた協力者だよ。私なりに正確に言うと傍観者ってとこかな」

 「何故六槻のことを知っている。誰から聞いた」

 「もう、がっつかないでよ。……私の知り合いの亡霊から。私んとこの亡霊、キミんとこの上条六槻と連絡取りあってるからさ」

 「それを僕に言って、お前は何が目的だ」

 「何も。私は中立だから。それを言っておきたくてね。進んで亡霊を狩ることはしないし、逆に人間側に肩入れしたりもしない。こっちから明かしたのは、上条六槻の協力者なら遅かれ早かれバレると思ってね。先手を打ったってわけ」


 変わらずドライ一辺倒な口ぶりで佐倉萌依は続けた。


 「ってかさ、キミ何葵ちゃんのこと助けてんの? キミにとって彼女は敵でしょ。もし今回のことで余裕が出来たせいであの子のカンが冴えわたって上条六槻がヤられちゃったらどうするの? そんなこと無いって、可能性はゼロだって言い切れる? 目的の為にはもっと非情になった方が良いと思うけど」


 私はどうでもいいけど、と付け加えて桜井萌依は忠告を終えた。

 僕はやや警戒しながらも返答する。


 「これも作戦の内だよ。お前に心配される義理はない。あと気安く六槻のことを口にするな」

 「ふーん。聞いてた通り従順なワンちゃんだ、キミ。亡霊からすればさぞ頼もしいだろうね。私らみたいに生きてる協力者は普通はいないからね。メリットないし」

 「お前はなんで協力してるんだ」

 「別に私は誰にも協力なんてしてないよ。私はあらゆることに関わりたくないだけ。加害者にも被害者にもなりたくないから」

 「関係ない人間なんていない」

 「あはは、如何にも上条六槻の忠犬が言いそうなことだね。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。まあそれはともかくとして氏浦クン。これからあんまり私と関わらないでね。よろしく」


 結局、全速力でかっ飛ばして任務完了した霜野さんが尋常でない早さで戻ってきたので、彼女との話はそこで一旦おしまいにした。



---



 放課後。


 霜野さんと一緒にレイタイに向かう道すがら僕は六槻からの難儀な依頼デートをこなす為、頭を捻っていた。


 非常に遺憾ながら今までの人生で女の子をデートに誘った経験などない。経験不足は熱意とやる気でカバーするしかないだろう。

これがもし、本当に好きな女の子を誘うのであればそれで良い……。



 …………。



 問題は。



 僕は霜野さんのことがそこまで好きではないということだ。もちろん、友人としてはそこそこ面白い子だな、と思うくらいには好きになってしまっているような気はする、するのだが……。

 この件に関して言えば、僕は間違いなく加害者だ。今朝はイジメっ子に対してあんなに偉そうに口火を切った僕が、その舌の根も乾かぬうちから裏切り行為だ。


 隣をテクテク歩く霜野さんを見ながら、なぜだか若干以上の罪悪感を覚えた。

 六槻の為なら何でもする覚悟だが、なぜ、恋愛が絡むとこんなに罪悪感が湧くのだろうか。人間の精神は謎だ。


 「今日はトクタイの妻鳥君が見つけた亡霊のアジトを潰しに行くらしいッス。トクタイの人も一緒なんで前ほど危なくないッスよ」

 「そっか」

 「最近ホントに多いんスよ。あっ、テーザーはちゃんと持ってますか? もし忘れてたら私の予備を貸すッスよ?」

 「ん。大丈夫。ちゃんと持ってきてるよ。霜野さんはスタンガンたくさん持ってるよね。どこかで買ってるの」

 「はい! 雲類鷲さんには内緒なんスけど、駅通りの裏に護身用グッズを扱ってるお店があってですね、スタンガンがいっぱいあるんスよ! それはもう夢の国ッス……。雲類鷲さんには内緒ッスけど!」


 恍惚とした表情で危なそうな場所について話す霜野さんに僕は自分との精神的な温度差を感じるも、正直、霜野さんを攻めるならここしかない、と思った。


 「それじゃあ、今度僕もそこに案内してくれない?」

 「で、でででデートですか!? うひゃああ」

 できる限りオブラートに包んでやんわりお誘いしたつもりが、とんでもない大声で過剰反応されてしまった。け、今朝の意趣返しなのか……!? ここまで盛大に反応されると、とっても恥ずかしい。


 「…………うん、まあ、デート、……ですはい」


 なんだこのやってしまった感は。


 霜野さんは赤面しつつも横目に僕を見て「も、もち、いいッスよ……」と快諾してくれた。


 「で、デートって言ってもあれッスよねあれ、友達として? みたいな。そう、フレンドッス。どっちかっていうとスタンガンメインみたいな」

 「そう……だね」


 断じてスタンガンをメインにするつもりはなかったが、僕はもう反論する気力を失っていたので頷いた。


 「えっ、あ、そうッスよね、はは……」


 何故か落ち込む霜野さん。いや、何故かではないか。スタンガンメインは流石に言い過ぎか。言ったのは僕ではないけれど。


 「霜野さんともっと仲良くなりたいな、と思って。霜野さんには色々とお世話になってるしスタンガン見た後でお昼でも奢るよ」

 「アオちゃん、こんにちはっ」


 その時、不意に後ろから声がかかった。声の主は六槻もとい『綺風さん』。


 「氏浦さんも、こんにちは?」

 「……ああ、おはようございます『綺風さん』。改めて、この前は助けていただいてありがとうございました」

 「いえいえ、お気遣いなく。持つべきものとしては当然の義務ですから」


 霜野さんの前なので、自作自演の茶番会話で適当にお茶を濁す。


 「あ! ウーちゃんおはよッス。実はその……」

 「ほらね、言った通りになったでしょ? 私は最初から貴方達は上手くいくと思っていたわよ」


 それはそうだろう。裏でお前が色々と画策していたんだから。


 「ウーちゃん、シィー!」

 「氏浦さん、アオちゃんは私の親友なんですから、よろしくお願いしますよ?」

 「ち、違うッスよ!? 私と光俄さんはスタンガンを買いに行くだけッス! なんならウーちゃんもついてきて欲しいッス。っていうかついてきて下さいお願いしますっ」

 「えー? ……二人っきりの方がいいんじゃないかしら」

 「絶ッッ対ッ会話が持たないッス! 私のメンタルが死ぬッス! 来てくれないならウーちゃんとの仲もこれまでッス!」

 「うーん、困ったわ。どうしましょう」


 そう言いながら『綺風さん』は霜野さんから顔を背け僕の方を見た。口元が思いっきりニヤついていた。どこからどう見ても困ってはいなかった。むしろこの状況を楽しんでいた。


 「分かったわ。親友の頼みだもの。では当日は私のこともきちんとエスコートして下さいね、氏浦さん?」


 上品な顔立ちに似合わぬ薄ら笑いを浮かべながら、六槻は僕に軽く会釈をした。


 しかし少し心配になる。六槻のことがだ。


 今回のデートの一件もそうだが、六槻の怨霊としての事情を鑑みれば、霜野さんと関わり合いを持ち、あまつさえ親友と呼べるほどに時間を共にするのは危なくはないだろうか。


 何故明確な敵である霜野さんと交友を持つ方を選ぶのだろう。

 情報源である霜野さんから情報を引き出す為、油断させるため、という理由が大きいのだろうが……。



 ひょっとすると。



 僕から見ても似て見える霜野さんに、六槻本人もなにかシンパシーのようなものを感じているのかもしれない。

 ……まあ考えても仕方がない。僕にわかることなんて微々たるものだ。


 「ふっふふ~ん、ふっふふ~ん♪」


 霜野さんはといえば、すっかり浮かれ気分でルンルン歩きだった。これで本当にスパイとして組織の二股が務まるのだろうかと思わざる負えない。


 だが油断禁物だ。とにかく他の怨霊について聞き出さなくては。




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