7 『れ イ タ い』
「いやぁー、助かったッス。ウーちゃんが助けに来てくれなかったらどうなってたか」
その後。
なぜかいいタイミングで助けてもらった僕らは、綺風さん達が用意したワゴン車に乗せられレイタイへと到着した。
説明で警察と言っていた通り普通に六階建ての警察署の待合室の様なところに連れてこられた。現在、『綺風さん』と一緒にいた小柄な男の子が色々と事後処理手続きなどをしてくれているらしいのでしばらく待つ、とのことだった。
「はっ! 別にオレ達だけでもヤれたけどな」
音子ちゃんが、ティッシュで鼻血を抑えながら喋った。この状況でよく言えるなと褒めたいくらい、完全な負け犬の遠吠えだった。
「生意気言ってくれるわね。だいたいあいつらは私達一係の管轄だったんだけど。うまくいったから良かったものの、失敗してたらどうしてくれるのよ」
先ほど虎の様な心餽霊-ムシバミ-を使役していた女の子が音子ちゃんの安い売り言葉に反応してつっかかった。
「知るかよ! もとはと言えばそーいう大事な情報を全部隠してるそっちが悪いんだろ」
「黙りなさい。所詮はゼロのレイタイ。名前の通り何もしなくていいのよ」
「なんだと! テメェ!」
「下焔、やめなさい」
見かねた『綺風さん』が仲裁に入った。
「でも初氷さん……」
「いい加減にしなさい。二課の人は一緒に戦う仲間です。侮辱は許しません」
「わ、わかりました。すみません」
眼光鋭い『綺風さん』の言葉に、下焔と呼ばれた虎の子は少し怯えながら矛を収めた。
「ウチの者が失礼致しました」
「いいッスよ。ほら、ナオちゃんもあんまり言っちゃダメッスよ~」
横で虎の子を睨んでいた音子ちゃんを霜野さんが注意した。音子ちゃんはまだ言い足り無さそうだったが、不服そうにしながらも大人しくなった。
しかし、音子ちゃんはともかく霜野さんは腹部に蹴りのクリーンヒットをもらっていたので、あまり表には出さずにいたが、とても痛そうだった。
「いやいや。それにしても危ないところを助けてもらっちゃいました。私、久々にウーちゃんのムシバミ見れましたけど相変わらず強いッスねー!」
「心餽霊-ムシバミ-、か」
それまで強烈なアウェー感から黙っていたが、気になるワードが出てきたので訊いてみた。
「あっ、心餽霊-ムシバミ-っていうのはですね、この前もチラッと言ったッスけど、ウーちゃん達だけが使える霊獣のことです。光俄さんも見たッスよね」
霜野さんが得意げに説明してくれた。
「ああ、あれが心餽霊-ムシバミ-っていうんだ。あれに論理的な説明求めるのもどうかと思うけど、あれってどうなってるの?」
「それ以上の情報はは一般人には開示されませんので」
興味本位で雑な質問を霜野さんにすると、虎の子が横から釘を刺してきた。しかし、またしても『綺風さん』がこちらに助け船を出した。
「この人は今日から二係にお勤めされる方です。それぐらいは教えてあげても問題はありませんよ」
そういうと『綺風さん』はこちらをまっすぐに見て、ニッコリ笑った。
「心餽霊-ムシバミ-は私、綺風とそこにいる謝花下焔、妻鳥一人、今はいませんが月限月姫の四家に代々継承されてきた除霊専用の霊獣です。除霊に関しては絶大な力を持ちますが、だからこそ同時に我々には大きな責任が発生します。そう。つまり、ノブレスオブリージュです」
『綺風さん』は霜野さんと対照的に的確な説明をし、最後に決まり文句の様に『ノブレスオブリージュ』を付け加えた。どうやら昨今の除霊業界ではこのフレーズが流行っているらしい。
「かっこいいっー! ウーちゃん、それかっこ良すぎッスよっ!!」
「ふふ、ありがとね」
そして、ノブレスオブリージュという単語に素晴らしいリアクションを見せる霜野さん。
一見正反対な『綺風さん』と霜野さんは、しかし仲良しのようだった。
説明が終わったところで、『綺風さん』は僕にだけ見えるような角度で悪戯っぽくニヤついて僕の方を向いた。
「それにしても氏浦さん、昨日はあまり乗り気じゃないように見えましたが。初日からお勤めだなんて一体、どのような心境の変化ですか?」
六槻は、自分が命令しておいて意地の悪い質問をしてきた。これも復讐の一環か。僕は急いで周りへの言い訳を考える。
「いや、霜野さんの話を聞いてたらやる気になったんだ」
「本当ですか?」
『綺風さん』はさもわざとらしく、あからさまに作り物の『俄かには信じられない』という表情でこちらを見てきた。
「ほ、ほんとッスよ……」
焦って霜野さんの口調が移ってしまった僕に対して愉悦の眼差しを向けつつも、それ以上僕を追及することはしなかった。
その時ちょうど手続きが終わったらしく、小柄な男の子が帰ってきた。
「お待たせしました……。えーと、とりあえず今回の二係の独断行動は不問にするとのことでした……。以上です」
男の子がオドオドとそう言うと、『綺風さん』と虎の子はすぐに席を立ち、ドアへと向かった。
「それじゃあ葵ちゃん、氏浦さんをお願いしますね」
「了解ッス また明日ッス!」
綺風さんと霜野さんは仲良さ気に挨拶を交わしていた。しかし、音子ちゃんは男の子の発言が気に食わないらしく、三人が視界から消えるまで睨みつけていた。
「何が不問だ。ちょっと心餽霊-ムシバミ-使えるからって、偉っそーに上から物言いやがって」
「ナオちゃん、あんまり言っちゃダメッスよ。それより光俄さん、今からレイタイに案内するッス」
そういえば色々あって頭から離れていたが、今日の一応の目的はレイタイに挨拶に伺うことだった。
「んじゃこっちッス」と言うと霜野さんは先陣を切って通路を歩き始めた。
「アネキ、そっちじゃねーよ」
音子ちゃんが反対を指差し霜野さんに声をかけた。建物でも方向音痴は健在らしい。霜野さんは恥ずかしそうにこちらに戻ってきた。
結局、音子ちゃん先導のもとレイタイ本部? へと歩を進めた、が。
「ここが警察庁特殊犯罪対策課二係、レイタイ本部だ」
「あの」
「ん? なんだ後輩。どうした? ハトがバズーカ喰らったみてぇな顔して」
「地下準備室って書いてあるんだけど」
そうなのだった。一階にもかかわらず階段を下ったあたりから何かおかしいとは思っていたのだが、連れられてきた先のドアの上には紛れもなく『地下準備室』と記されていた。
「あぁん? 文句言うな! しかたねーだろ、元々倉庫だったんだから。中はちゃんとしてるから安心しな」
そう言って音子ちゃんはドアを開けた。
その瞬間。
「レイタイへようこそー!」
男の声で盛大に出迎えられた。
準備室という割にそこそこ大きめの部屋は、個人用デスクが二つと会議用テーブルが一つ配置されているオフィスと会議室を融合したような空間だった。しかし今、小学生のお誕生日会の様に飾り付けられており、恐らくこの部屋が普段見せているであろう真面目な雰囲気は皆無だった。
「氏浦光俄君、だよね? いやあ、よく来てくれたね! レイタイは全力で君を歓迎するよ」
そう言って男が握手を求めてきた。
「俺は朝倉威斗。よろしくっと」
二十歳くらいで痩せ形の高身長、黒っぽいスーツを着崩しており、左目を完全に隠した髪型が特徴的な人だった。ヘラヘラ笑っている男の表情とは対照的に、なんとなく鋭い印象を受けた。だがチャラい。間違いなく。
「よろしくお願いします……。なんですか、これ」
握手に応じながら端的に疑問を述べた。
「歓迎会だよ。なにしろ新しい子が入るの久しぶりだからね」
「はあ」
見た目通り小学生レベルの歓迎会をされるらしい。別にうれしくない訳ではないのだが、歓迎する側が一人だけという悲しい状況を見るに、レイタイの人手不足は相当なものらしかった。
「あの、レイタイってこれだけですか」
「いや、もう一人いるよ」
とその時、ちょうどそのもう一人がやってきた。
「泉名ぁ! テメエまた勝手にやらかしやがったなぁ! とりあえず救急箱取ってこい!」
がなりたてながら現れた人物はそれまでとは違い髪をオールバックにして服装、姿勢共にキッチリした、いかにも公務員といった感じの中年の男性だった。
縁無し眼鏡をかけたちょっと怖そうな目で音子ちゃんを睨みつけ、今度は霜野さんに向かって怒鳴った。
「霜野! お前もお前だ。よりにもよって新人をいきなり現場に連れて行くバカがあるか! それとケガちゃんと手当てしろよ!」
お叱りを受けた霜野さんはすっかり萎縮して音子ちゃんの陰に隠れてしまった。怒り心頭の男性は、しかし一旦怒りを収め僕の方を向いた。
「氏浦光俄君、だね。私は特殊犯罪対策課二係の係長、雲類鷲正午だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
雲類鷲正午、と名乗った男は、先程までと打って変わって猫なで声で挨拶してきた。その代り様に僕は少し警戒心を強める。
「すまなかったね。いきなりあんな現場に連れて行かれてさぞ怖い思いをしただろう。だが、安心して欲しい。毎度、今回の様に危険が伴っている訳ではない。むしろ今回が特別危険だったと思ってもらえれば幸いだ」
そう言うと、雲類鷲さんは僕の両肩に手を置き、期待のこもった眼差しを僕に向けながらこう言った。
「それじゃあ、この書類にサインしようか」
いつの間にかすぐ横のテーブルに置かれていた書類を指し、雲類鷲さんは告げた。肩に置かれた手に力が入る。痛い。
「レージさんそれパワハラじゃないの?」
朝倉が横からつっこんだ。
「うるさい。それよりお前は部屋を片付けろ。ここは小学校じゃない」
「へーい。あっ、ちなみにその書類にサインすると一定期間辞められないからね」
相変わらずヘラヘラしながら忠告してくれた。そんなセリフを聞こえなかったかのように無視し、雲類鷲さんは続けた。
「氏浦君。これはとても大事な仕事なんだ。理解者は少ないが誰かがやらねばならない責務だ。君にはそれを――」
「あの!」
長くなりそうだったのですぐに返事をしてしまうことにした。どのみち答えは決まっているのだ。しかし、その前に肝心な質問をしておくことにした。
「ここに綺風さんは居ますよね?」
本人から聞いてはいるが、一応確認を取っておきたかった。
「ああ、居るが。何故かね」
急に具体的な名前を出したことをやや不審に思ったのか、雲類鷲さんは僕に探りを入れてきた。
「いえ、彼女にスカウトされたもので。一応確認しておきたくて」
「ああなるほど! 彼女は部署が違ってね、彼女が所属するのは一係だ。だが、我々の主な職務は彼女たちのサポートだ、仕事をしていれば会うことも多いだろう。さあ、ハンコを!」
そう言って、さらに僕の腕をきつく握った。結構力が強い。痛い。
しかし、六槻がちゃんと所属していることが分かった以上、断る理由は無い。「分かりました」と言い、僕は書類に名前を書き込んでハンコを押した。
すると、ウルワシさんは素早く用紙を取り上げ、大事そうに鞄の中にしまった。
「よし! これで君は我が二係のメンバーだ。よろしく頼むよ」
なんだかちょっと怖い笑顔で僕の肩をポンポンと叩く雲類鷲さん。
喜ぶ霜野さんとは反対に、ヤレヤレ顔の威斗と音子ちゃん。
「あぁ……またしても犠牲者が」
「ん? 何か言ったか、威斗」
「いえ、なんでも?」
威斗を一睨みし、再び僕の方を見る。
「霜野から、大体の説明は聞いているだろうが、この対策室での君の立ち位置は民間協力員となる。なので出勤は任意だし、私にもそれを強制する権利はない。だが。しかし」
一度は解放された僕の両肩にまたしても置かれた手。メリッと肩の骨が軋んだような気がした。
「出来れば! 毎日出勤してもらいたい。強制ではないがね強制では。しかし、君の中に眠る苦しむ人を助けたいという正義の心がある限り、我々二係に休息の時は無いのだ」
「分かりました……。分かったので手を放してください……!」
「おお、すまんすまん、つい力んでしまったようだ」
ヒリヒリする肩をさすりながら助けを求め霜野さんに視線を向ける。しかし霜野さんはブツブツ「正義の……心……クフフ」と独り言の最中だった。
「まっ、諦めるんだね。ここ結構ブラックだから覚悟しときなよ?」
威斗がいつの間にか僕の隣にきて何の慰めにもならないフォローを入れてくれた。
「んで、なんか訊きたいことはあるん?」
「あ、はい。対策室と亡霊のことなんですけど、まだイマイチ分からないので」
「ってことは、ほぼ全部だね」
威斗がそう言うと、雲類鷲さんが呆れ顔で「霜野はいったい何を説明したんだ……」と言い、説明を開始した。
「まず、ここ最近、世界各地で動機不明の謎の殺人や自殺、事故死が多発していることは知っているね」
「はい、よくニュースでやってるんでそのくらいは」
「そのほとんどが亡霊と呼ばれる一種の黄泉がえり現象の影響だ。君もそうだが、我々が見ることのできる、人に纏わりつく黒い霧、あれがそうだ。少し前までは数も少なく大した脅威ではなかった。だが、この一年間で爆発的に奴らの数が増えている。正確には分からんが恐らく十倍から二十倍、しかも世界同時で、だ」
「一部じゃ『地獄が満員になった』なんて言ってる人たちもいるよ。まっ、俺はテレビの見すぎだと思うけどね」
威斗が重たい話の途中で割り込んできた。この人は大人っぽく見えるが、案外、おちゃらけているのかもしれない。
そんな威斗を無視して雲類鷲さんは話を続ける。
「『警察庁特殊犯罪対策課二係』、通称レイタイは多発する亡霊がらみの犯罪、とり憑き事件に対処するためだけに特別につくられた部署だ。そのため、一般の警察とは雇用体系や権利など切り離して考えて欲しい」
「俺たちがすることは基本的に亡霊がらみの事件だけってこと。ここまではオッケイ?」
「はい」
雲類鷲さんと威斗の分かりやすい説明に、やっと必要な情報を得ることが出来て僕は安堵の溜息をつくと共に、頷いた。
「部署は三つに分かれている。心餽霊-ムシバミ-持ち限定の一係、霊視のみの二係、それと、あー……まあ三係はちょっと特殊でな。私も詳しくは知らないんだ」
「噂じゃヤバい仕事ばっかりやってるヤバい連中らしいよ。まっ、関わらないが吉だね」
「威斗! 憶測でものを言うな。我々には味方が少ないんだ、不用意な発言をしてくれては困る。さて、氏浦君。次は亡霊のことなんだが……」
ズイっと。僕の方へ一歩乗りだし威圧的に雲類鷲さんは告げた。
「言うまでもないが、ここで聞いたことは全て、他言無用で頼むよ」
「分かりました」
「よし。我々も全てを把握している訳ではないが、分かっていることは全て伝えよう。まず、名前からも気づいているとは思うが亡霊の正体は無念を残して死んだ元人間の魂だ」
「はい」
「そして奴らは生きている人間にとり憑き、程度に差はあれど犯罪行為を行う。また、オーバードライブといってとり憑いている対象の身体能力を限界以上に引き上げる亡霊もおり、非常に危険だ。まあとり憑くこと自体、許されることではないがな」
「そうですね」
適当に相槌を打ちながら、同じ説明なのになぜ、霜野さんとこうも説明時間と内容のクオリティに差があるのだろうとボンヤリ思った。口に出すと霜野さんが落ち込みそうなので言わないが。
「奴ら亡霊は世界的に見てもありとあらゆる場所に現れるが、ごく数か所、特に多く出現するとされている地域が存在する。この美乃匡町を中心とした地域もその一つだ。。また、奴らが人間にとり憑いていないときにどのような形状、特性があるのかは判明していない。その状態では我々にも視認できないからな。しかし、そのようなアドバンテージがあるにも関わらず他人にとり憑くことに執着することから、恐らく亡霊自身だけでは長期の活動は出来ないと思われる」
「そうなんですか……」
「トクタイの奴らが隠してっから、こっちには全然情報が回ってこねーんだよ。ったく」
それまで我慢してたのか黙っていた音子ちゃんが、横槍を入れた。すると威斗が補足してくれた。
「トクタイっていうのは一係の俗称だよ。一係がトクタイ、二係がレイタイ」
雲類鷲さんがわざとらしくゴホン、と咳き込んだのを見て威斗は下がった。
「一係とは確かに連携の不備がある。しかし、共に戦う仲間であることに変わりはない。さて、亡霊関連だとあとは『怨霊』の説明かな」
「怨霊……亡霊とは違うんですか」
「ああ。全部で四体いて亡霊とは一線を画した能力を保有しているらしい。私が知っていることはこのぐらいだ。仕事用のスタンガンと民間協力員の証明書は後で渡すから少しここで待っててもらって構わないか」
「分かりました。説明ありがとうございました」
「んじゃあ、改めてメンバー紹介するね!」
一通りの説明が終わると、威斗が待ってましたと言わんばかりにそう言い放った。
「そこの地味そうな顔したスタンガンオタクが霜野葵。その隣にいるのが赤毛のヤンキー中学生、泉名音子。オールバックに眼鏡のパワハラ公務員、雲類鷲正午さん」
全員から激しいクレームを受けながら、威斗は一人ずつ指差していった。
「そして俺。朝倉威斗、二十歳独身。普段はダイニングバーを経営してまーす。良かったら遊びに来てねー。まっ、お金はちゃんと取るけどね」
雲類鷲さんに「未成年にバーを宣伝するな」と注意されながらも、ニヤッと笑いながら言った。
「よろしくお願いします、朝倉さん」
「威斗でいいよ。もちろん俺たちは皆、亡霊が視える。霊視持ちの少数派同士仲良くしよーぜ! ということで」
そう言うと、威斗はどこからか取り出したクラッカーを構えて「レイタイへようこそー」と盛大にパーンと鳴らした。




