魔王、ヒロインに文句を言われる
今日の前半は、割と幸福を噛みしめていた。
あの夢は思い出させてくれた。今、恭司と同じ学校に行ったり、毎日のように話ができることがいかに幸せなことかを。
唐突にそれが終わることもありえるのだと、前世でわかっていたはずなのに。
私はいつしか、それを忘れていた。
「おはよう」
「おす、もう体調は大丈夫か?」
「ああ、しっかり眠れたぞ」
恭司と挨拶を交わし、
「今日はハンバーガー弁当だ! 中にチーズも入れてみたぞっ」
「おう、いつも悪いな」
「気にするな、好きでやってることだからな。後で感想も聞かせてほしい」
恭司のために弁当を作って差し入れ、
「では橘、135ページ3行目から」
「はい。『彼女は思わず悲鳴を上げ、たたらを踏んだ。光太郎は……』」
恭司の姿を1秒でも長く見つめていられる。
こんなに幸福なことはない。
……はっ。に、にやけてないか? 顔に出ていたりしないよな?
他の連中はともかく、恭司に「変なものでも食ったか?」とか言われるのはさすがに恥ずかしい。
落ち着け、平常心だ、なんでもない顔になれっ……ふうっ。
それにしても、この世界は幸せで、そして――恐ろしい。
平和や幸せが当たり前すぎて、その尊さをいとも簡単に忘れてしまう。
それでも、恭司には――争いばかりのあの世界よりもここの方がふさわしい。
笑うことも断然多いし、前世では見られなかった表情も見せてくれる。
前世で監視していた時よりも、きっと現在の姿が本来の「勇者コーイチ」に近いものなのだろう。
それを見られるなんて、この世界に生まれてよかった。恭司に出会えてよかった。
人間となった今、神とやらに100回ほど感謝しても許されるはずだ。
なにせ、前世は魔王だったからな。
名目上は勇者の監視だが、恋と自覚してしまってからはついつい屁理屈をつけてはその行動を覗いてしまう。
……そういえば、思い出した。
寝ていたところが映ったので思わず寝顔に見入ってしまったら、メイドがいきなり入ってきて慌てたことがあったような気がする。
もしかしたら、あの時に勇者への恋心がばれていたかも知れない。
前世のことはさておいて、だ。
……とにかく、今は同じ人間だ。
好いた男を見つめるくらい、何の問題もない。
それに、人間が死ぬのは本当にたやすい。
たとえここが比較的平和でも、病気や事故はあるからな。
だからこそ、何事もなく生きて会えるのはいいことなのだ。
こんな幸福が続けばいい。
そんなささやかな祈りを中断せざるを得なくなったのは、放課後になってからだった。
「あんたのせいねっ!?」
習い事もあるし早めに帰ろうとしていたら、天宮ちとせにいきなり怒鳴りつけられた。
……私のせい? 何がだ?
その問いを口にする前に、再び天宮ちとせが怒鳴った。
「恭司も直人も祐介も、みんな性格違っちゃってるじゃない!! あんたが何かしたんでしょ!?」
……この面子の性格が違うということは、やはり『ゲーム』のことを言っているのだろうか。
少なくとも、直人についてはこの前恭司と話したばかりだ。
何故か、天宮ちとせは全て原因が私だと思っているようだが。
「直人はともかく、恭司や祐介は私のせいでああなったわけではないのだが……」
詳細は聞いてはいないが、祐介については恭司が関わった影響だと言ってたぞ。恭司が。
まあ私は、祐介がゲームではどうだったかなどまるで知らぬが。
その恭司は元々ああだったから、二人に関しては別に私は悪くないはずだ。
「しらばっくれるんじゃないわよ!! あんた以外の誰のせいだというのよっ!!」
訂正、思い込んでるようだ。
この様子では、説得に時間がかかりそうだな……面倒な。
「これじゃイベントも起こらないじゃない、どうしてくれるのよ!!」
「そうは言われてもな……」
そもそも、イベントとやらがどういうものなのかも知らない。恭司に聞いても教えてもらえなかったしな。知らないものをどうしてくれると言われても困る。
代替案を用意するわけにもいかない。というか、代替案が思いつかない。
……おや。これは、どうしようもないのではないか?
私の脳内などお構いなしに、天宮ちとせの怒号は続く。
「大体、悪役のくせにおかしいのよ!! 嫌がらせしまくって、おとなしくざまあされなさいよ!!」
……ざまあされろ、とは何だ?
悪役だから、嫌がらせまではまだ理解できるが。「ざまあみろ」とは違うのか?
……あ、恋敵なのだから「私に負けろ」という意味か?
なるほど、ついに恋のライバル同士としての戦いが始まるのか。
挑まれた以上、ここは応えてやるのが筋だろう。
直人や祐介はともかく、恭司の心を手に入れたいのは私とて同じ。
ならば、負けるわけにはいかぬ。
「わかった。望みどおりにしてやろう、外へ出ろ」
短いですが、今回はここで切ります。
この先は、どうしても勇者視点で書きたいので。




