第7話「星霜」
バササッと雪の積まった木々の隙間から、何羽かの野鳥が飛び立っていく。
静まり返った雪山の家屋の扉が、外から勢いよく開け放たれた。滑り込んできた冷気とともに現れたのは、見違えるほどに体格の引き締まった少年の──いや、もう青年と呼んでも差し支えのない、一人の若者の姿だった。
「アイゼンさん、戻りました」
リンネルは、仕留めたばかりの白兎の長い耳を、片手で無造作に掴んで持ち上げてみせた。かつては衣服の隙間から折れそうなほど細い首筋を覗かせ、血生臭い解体の光景に飢えた瞳を丸くしていた子供の面影は、もうどこにもない。一人で魔獣を狩り、凍てつく冬山を駆けるだけの強さを、彼はこの数年で完全に我が物としていた。
暖炉の傍らで古い本をめくっていたアイゼンが、静かに視線を上げる。その瞳は、数年前と何一つ変わらない、退屈と諦念に満ちた冷徹な色のままだ。
「……随分と手際が良くなったな。どれだけ腕を上げたか、成果を測る」
アイゼンは本を閉じると、壁際に立てかけてある木刀を手にした。
リンネルの胸が高鳴る。彼にとってアイゼンとの稽古は、己の成長を証明できる唯一の、そして最も過酷で愛おしい時間だった。新雪がまばゆく朝陽を弾く庭へ出ると、二人は数歩の距離を空けて対峙した。
「いきます」
リンネルは静かに息を吐き出すと、右手をそっと自分の胸元へと添えた。
心臓のドクドクという力強い鼓動を指先に感じ──己の生の引鉄を引く。
そこからの構えは、完全にアイゼンの模倣だった。
身体を大きく半身に開き、剣を握る手とは逆の手を腰の後ろにそっと添える。かつての不格好な真似事ではない。数年間、来る日も来る日もアイゼンの背中を見つめ、その一挙手一投足を血に馴染ませてきたリンネルの型は、無駄な力が一切抜けた、恐ろしいほどに美しい洗練をまとっていた。
アイゼンが僅かに目を細めた、その刹那。
リンネルの身体が爆発的な速度で雪を蹴った。
踏み込みと同時に木刀を鋭く一閃させる。
アイゼンは腰の後ろの手を動かすこともなく、最小限の軌道でそれを受け流した。パキィン、と凍った空気を切り裂くような硬い音が響く。
だが、リンネルの攻撃はそれだけでは終わらない。
リンネルが得意とするのは、目に見えない大気を操る風の魔法だ。
「はあぁッ!」
木刀が風を孕み、アイゼンの防御をすり抜けるように、不可視の鋭い風刃となって空気を切り裂きながらアイゼンの喉元へと殺到した。
剣術と魔法の完全な融合。
しかし、アイゼンは顔色ひとつ変えなかった。
アイゼンは魔法を使うことすらなく、手にした木刀一本の重みだけで、リンネルの放った不可視の風の刃を正面から叩き潰したのだ。凄まじい衝撃波が周囲の雪を円状に吹き飛ばす。
「──魔法の乗せ方は悪くない。だが、剣筋がまだ軽い」
吹き荒れる雪煙の向こうから、アイゼンの冷徹な声が響く。
気がついたときには、アイゼンの木刀の先端が、リンネルの眉間の僅か数ミリ手前でピタリと静止していた。まだ、届かない。目の前の男は、どこまでも圧倒的で、底の知れない、高くて美しい壁のままだった。
リンネルは荒い息を吐きながらも、悔しさ以上に、胸の奥から湧き上がるような高揚感に突き動かされていた。アイゼンの型をなぞり、その背中を追いかけるたび、自分が確かに生きているのだと強く実感できるからだ。
アイゼンは静かに木刀を引くと、いつものようにふんと鼻を低く鳴らし、背を向けて家屋へと歩き出した。
「さっさと兎を捌け。昼食にする」
「……はい!」
そのぶっきらぼうな背中を見つめながら、リンネルは木刀を強く握り直し、弾んだ声で返事をした。




