第6話「微熱」
パチン、パチンと、乾いた音が部屋に虚しく響いていた。
リンネルは暖炉の前で、必死に右手の親指と中指を擦り合わせている。だが、まだ幼く柔らかい少年の指先は、小気味よい音を立てることもできず、ただスカッと空を切るだけだった。当然、火花の一片すら生まれやしない。
「言ったはずだ。私の真似をするな、と」
寝台の縁に腰掛け、ナイフで木片を削っていたアイゼンが、手元を見つめたまま冷淡に告げた。
「お前と私とでは、生きてきた時間が違う。肉体に染み付いた感覚の絶対量が違うのだ。形だけをなぞったところで、それは真似事にすらならん」
「……でも、アイゼンさんみたいに、格好よくやりたくて」
リンネルは赤くなった指先をきゅっと握りしめ、悔しそうに俯いた。
アイゼンは削る手を止め、冷徹な視線をまっすぐにリンネルへと向けてくる。その瞳はいつも感情が失せていて、何を考えているのか読み取ることができない。
「格好などどうでもいい。お前が求めたのは、生きる力だろう。ならば、お前自身の引鉄を探せ。お前が最も強く、己の生を自覚する瞬間はどこだ」
己の生を、自覚する瞬間。
リンネルはハッとしたように目を見開いた。
思い出すのは、あの雪山だ。全身が凍りつき、感覚を失っていく中で、目の前の男が心臓を貫かれてなお平然と起き上がってきた恐怖。そして、生き永らえてしまった自分。あのとき、全身の血液が沸騰するような、耳元でうるさいほどに鳴り響いていた、あのドクドクという確かな音――。
リンネルは、ゆっくりと目を閉じた。
ベースとなる激しい火の『赤』を頭の中に描きながら、躊躇うように、けれど確かな意志を込めて、右手を自分の胸元へと添える。
トク、トク、と、衣服の向こうから手のひらに伝わる、小さくて、けれど狂おしいほど必死に脈打つ心臓の鼓動。これこそが、かつて惨劇から逃げ延び、今もなお生きたいと叫び続けている、リンネル自身の命の証だった。
(めらめらと、燃える火。ぼくを温めて、生かしてくれる、強い火……!)
胸に添えた手のひらに、ぎゅっと力を込める。それが、彼の引鉄だった。
ゴッ、と、静かな部屋の空気が微かに震えた。
「……あ」
リンネルが弾かれたように目を開ける。
胸から離した彼の小さな掌の上には、ぽつんと、けれど消えそうにない、橙色の小さな火種がゆらゆらと揺らめいていた。アイゼンの出した烈しい炎に比べれば、それはあまりにも小さく、頼りない灯火だ。
しかし、それは紛れもなく、リンネル自身の『生』が形を成した魔法だった。
「できた……できました、アイゼンさん! ぼくの、ぼくの火です!」
掌の火種を消さないよう、壊れ物を扱うように大切に両手で包み込みながら、リンネルは顔を綻ばせた。その頬は、興奮と、自身が初めて生み出した魔法の熱で、微かに赤く染まっている。
アイゼンは木片を削る手を止め、その小さな灯火をじっと見つめていた。その表情は暖炉の影に隠れてよく見えない。ただ、いつもより少しだけ、目を細めているようにリンネルには見えた。
アイゼンはふんと鼻を低く鳴らすと、ナイフを鞘に収めて立ち上がり、部屋の奥へと歩いていってしまう。
「……さっさと薪をくべろ。その火を絶やすな」
背中越しにぶっきらぼうに投げかけられた言葉に、リンネルは「はい!」と嬉しそうに頷き、掌の上の小さな温もりを、大切に暖炉の薪へと移した。




