第5話「引鉄」
コン、と冬の澄んだ空気に小気味よい音が響いた。
アイゼンが適当な樹木を伐り、即席で削り出した二本の木刀。大人の彼が持てば片手で扱える手頃な長さだが、小さなリンネルにとっては両手でようやく構えられるほどの重さだった。
軒先の雪を踏み締め、アイゼンはリンネルと対峙する。
アイゼンの構えは独特だった。身体を大きく半身に開き、剣を握る手とは逆の手をそっと腰の後ろに添える。無駄な力が一切抜けた、何百年という実戦の中で削ぎ落とされた洗練の型。
「……いきます!」
リンネルが鋭い呼気とともに、果敢に踏み込んできた。小さな身体をいっぱいに使い、木刀を振り下ろす。アイゼンは腰の後ろの手を動かすことすらなく、最小限の動きでそれを弾いた。乾いた音が静寂を打つ。
「腰が浮いている。足元を踏み固めろ」
「くっ……!」
指導するように、アイゼンは淡々と木刀を合わせていく。リンネルの息はすぐに上がり、額からは汗が滲んで新雪に落ちた。何度も打ち込み、何度もあしらわれ、それでもリンネルは飢えた瞳を輝かせながら、アイゼンの半身の型を必死に目で盗もうとしていた。
十数回目かの交差。
リンネルが体勢を崩した一瞬の隙を、アイゼンの木刀が容赦なく捉えた。
下から払われたリンネルの木刀が、弧を描いて雪に突き刺さる。リンネルはそのまま尻餅をつき、冷たい雪の中に座り込んだ。
「そこまでだ。今日はこれで仕舞いにする」
アイゼンは木刀を引くと、呼吸ひとつ乱さずに告げた。リンネルは悔しそうに唇を噛みながらも、すぐに立ち上がって「ありがとうございました!」と頭を下げる。その健気な姿に視線を滑らせながら、アイゼンは木刀を壁に立てかけ、そのまま暖炉のそばへと戻った。
「次は魔法だ」
リンネルが慌てて後を追い、アイゼンの前に直立不動で居並ぶ。その輝く瞳を受け止めながら、アイゼンは少し面倒そうに首を振った。
「最初に言っておくが、私は座学の教本にあるような小難しい理論は教えん。魔法など、要はフィーリングだ」
「ふぃーりんぐ……ですか?」
リンネルが不思議そうに首を傾げる。アイゼンにとって魔法とは、呼吸と同じように何百年も使ってきた『感覚』であり、いまさら呪文の詠唱や魔力の循環を言語化しろと言われても無理な話だった。
「魔法を発動させるには、二つの要素がいる。明確な『想像』と、それを解き放つ『引鉄』だ。例えば、火を付けたいならば、目の前でめらめらと激しく揺れ動く火の赤を、その熱を、頭の中で完璧に描き出す」
リンネルは生真面目に目を閉じ、うんと拳を握りしめて想像に没頭し始めた。アイゼンはその姿を見下ろしながら、右手を軽く持ち上げる。
「想像が完成したら、己の中で決めた動作で引鉄を引く」
パチン、と。アイゼンが親指と中指で小気味よく指を鳴らした。
その瞬間、何もない空間に、爆ぜるような鮮烈な炎が生まれ、揺らめいた。呪文も、魔法陣の展開もない。あまりにも一瞬で、あまりにも圧倒的な現象の顕現。リンネルは弾かれたように目を開け、アイゼンの指先で踊る炎を、文字通り目をきらきらと輝かせて見つめた。
「すごい……! 格好いいです! 指を鳴らすだけで、そんな……!」
興奮のあまり前のめりになり、アイゼンの懐に飛び込まんばかりの勢いで詰め寄ってくるリンネル。アイゼンは僅かに眉を顰めると、その小さな額を大きな手のひらでぐいっと突っぱね、強引に距離を取った。
「うるさいと言っている。私の真似をする必要はない。お前はお前なりの引き金を見つけろ。……さっさとやらんか」
立ち上がり、背を向けたアイゼンは、ふんと鼻を低く鳴らした。
リンネルに押し当てた手のひらに残る、子供特有のひどく高い体温が、どうにも小痒くて仕方がなかった。




