第4話「覚悟」
小さな白兎の死体から、一本の細いナイフで皮が剥がされていく。
アイゼンの手付きには、躊躇も、生命への憐れみもなかった。ただ機械的に刃を滑らせ、純白の毛皮を剥ぎ取り、内臓を切り分けていく。雪山で狩ってきた魔獣の肉。それは生きるために不可欠な食事の準備のはずだが、アイゼンにとってはそれすらも、ただ肉体を維持するためだけの退屈な作業に過ぎない。
その血生臭い光景を、リンネルは怯えることなく、むしろ飢えた獣のような真剣さで見つめていた。アイゼンが肉を切り分け、串に刺して暖炉の火に炙る。やがて、脂の爆ぜる芳ばしい匂いが部屋に満ちていった。
焼き上がった肉を無造作に差し出すと、リンネルは両手でそれを受け取り、熱さに身を縮めながらも夢中で噛みついた。アイゼンもまた、感情の失せた目で自分の分の肉を口へと運ぶ。静かな咀嚼音だけが響く中、リンネルがふと、肉を咥えたままアイゼンを見上げた。
「……アイゼンさんは、狩り以外にどこかへ出掛けたりはしないんですか?」
「特にない」
アイゼンは感情を交えずに短く答える。
「この山を降りれば街もある。だが、私が行く理由がない。言葉も街の形も、そこにいる人間も、どうせ数十年もすればすべて入れ替わる。無駄だ」
突き放すような物言いに、リンネルは小さく視線を落とした。
串の先端をいじるようにして、僅かに言葉を濁す。しかし、その後に続いた声には、妙に芯の通った響きがあった。
「ぼく……自分で生きられる力をつけたら、いつか、村に戻りたいんです」
アイゼンは動かしていた手を止め、少年の顔を見た。
「魔術師に、知り合いはすべて殺されたと言っていなかったか」
「みんな、もういないって分かってます。でも……」
リンネルは強く頷き、顔を上げた。
その瞳には、暖炉の炎よりも強く、烈しい光が宿っている。
「それでも、行きたいんです。あのときは怖くて、ただ泣いて逃げることしかできなかったから。このまま何も知らないふりをして生きていくのは、嫌なんです。一度は逃げちゃったけど……自分の目で、ちゃんと確かめたい」
まだ小さな、脆い子供の身体。
衣服の隙間から覗く首筋は、折れてしまいそうなほど細い。だが、その眼差しに宿る熱量は、アイゼンの冷え切った胸を容赦なく貫いた。
アイゼンは目を細め、窓の外へと視線を滑らせた。
どこまでも平坦で、何の変化もない白銀の世界。その退屈な永遠の中で、目の前の少年だけが、あまりにも短く激しい生の火花を散らしている。かつて、同じように己の命を燃やし、アイゼンを置いて去っていった人間たちの残像が雪景色の中に重なっては消えた。
アイゼンは吐息とともに視線を戻すと、パチリと爆ぜた暖炉の灰を見つめながら、小さく呟いた。
「……剣術と、魔法を教えてやる」
リンネルの身体が、弾かれたように跳ね上がった。
その瞳が、文字通りきらきらと輝き始める。
「えっ……ほんとう、ですか!?」
身を乗り出し、今にも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくるリンネルの顔を、アイゼンは大きな手のひらで無造作に押し戻した。
「うるさい。気が変わらぬうちに、さっさと食え」
アイゼンは立ち上がり、リンネルに背を向ける。
その際、ふんと鼻を低く鳴らして、己の内に生じた微かな動揺を誤魔化すように、冷えた闇の奥へと歩いていった。




