第3話「模倣」
朝は、いつもと変わらない冷気とともに訪れた。
アイゼンが目を覚ましたとき、部屋の中はすっかり冷え切っていた。暖炉の火は落ち、灰色に変色した薪の骸が転がっている。いつもなら、彼はそこから数時間を寝台の中で無為に過ごす。起き上がる理由も、活動を始める意味もないからだ。だが、今朝は違った。
寝台から身を起こすと、視線の先、暖炉の前で丸まっている小さな塊が目に入った。魔獣の毛布に包まれたリンネルだ。その呼吸は昨日よりも深く、安定している。死に損ねた命が、確かにそこで拍動を続けていた。
アイゼンは音もなく床に足をつき、冷えた部屋の中を歩く。
昨日と同じように、指先を軽く振って暖炉に火を点けた。パチ、と小さな音がして、再び部屋にオレンジ色の光が戻る。その微かな音と熱に反応したのか毛布の塊がもぞもぞと動き、リンネルが顔を出した。
「……あ、アイゼン、さん」
まだ眠気の残る目で、リンネルがアイゼンを見上げる。アイゼンは答えず、壁際に立てかけてあった古びた鉄の斧を手にした。暖炉の火を絶やさないためには、薪を割っておかねばならない。自分にとっては凍えようと関係のないことだが、この小さな子供には必要なものだった。
アイゼンが扉へ向かうと、リンネルが慌てて毛布を跳ね除け、裸足のまま床に降り立った。
「ぼくも、行きます」
「足手まといだ。そこにいろ」
「嫌です。生きる方法を、見なきゃいけないから」
リンネルの瞳には、昨晩の飢えたような輝きがそのまま残っていた。凍えるような床の冷たさに小さな身体を震わせながらも、その足は一歩も引かない。
アイゼンは小さく舌を打ち、そのまま木扉を開け放った。
昨日の猛吹雪は嘘のように止んでいた。雲の切れ間から差し込む朝陽が、新雪の表面をきらきらと残酷なほど美しく反射している。どこまでも静寂が満ちる中、アイゼンは軒先に積まれた丸太の前に立った。
丸太を台座に据え、斧を構える。何百年と繰り返してきた動作だ。大した力も入れず、ただ刃の重みに任せて振り下ろすと、乾いた音を立てて丸太が真っ二つに割れた。リンネルはその様子を、瞬きも惜しむように見つめていた。その視線があまりにも純粋で、アイゼンはふと手を止める。
「……何を見ている」
「アイゼンさんの真似をすれば、ぼくも死なないで生きられるから」
リンネルは、冷気で赤くなった手を擦り合わせながら、真っ直ぐに言った。
「ぼく、何でもやります。お水も雪を溶かせば作れるし、お掃除も。だから、置いていかないでください」
その言葉を聞いた瞬間、アイゼンの脳裏に、かつて同じように自分を頼り、そして歴史の彼方に消えていった者たちの顔が、一瞬だけ過った。数百年ぶりに呼び覚まされた記憶の痛みに、アイゼンは無意識に胸の古傷をさする。
「勝手にしろと言ったはずだ。真似したければ、好きにすればいい」
アイゼンは割ったばかりの薪をリンネルの腕に一抱え分、無造作に押し付けた。リンネルは重さにふらつきながらも、落とさないよう必死にそれを抱え込んだ。薪から伝わる冷たさに、小さな身体が強張る。
「……ただし、私はお前を守らない。お前がいつ死ぼうと、私の知ったことではないからな」
突き放す言葉。しかし、リンネルは嬉しそうに、小さく、けれど確かな声で「はい!」と頷いた。




