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白鉄のレクイエム〜不老不死の元英雄と、記憶を失った風術師の少年。滅びた故郷から始まる魔王の呪いを巡る旅〜  作者: 幻翠仁


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第13話「同行」



「赤と黒の刺繍のローブ……心当たりがある」


 台座の魔法陣をブーツの底で踏み消したアイゼンが、暗闇の中で低く呟いた。その声には、懐かしさなど微塵もない、酷く冷え切った響きがあった。


「え……? 知っているんですか、ガダンのことを」

「ガダンそのものは知らん。だが、その意匠には見覚えがある。魔王がまだ討伐されていなかった時代、奴を神と崇め、その眷属たらんと狂信していた教団がいた。魔王討伐を期に歴史の表舞台からは姿を消したはずだが……生き残りの残党どもが地下に潜り、今なお活動を続けていると見て間違いないだろう。ガダンがその魔教団の所属であることもな……」


 アイゼンはそこまで一気に語ると、腰の黒い大剣の柄に一度触れ、それから未だ困惑の渦中にいるリンネルへと視線を戻した。


「私は長年、この身体に刻まれた魔王の呪いを解くべく、世界中を巡って調査を続けてきた。……ここでようやく、本物の手掛かりを見つけたわけだ」


 アイゼンの青い瞳が、暗闇の奥で確かな目的を帯びてギラリと光る。


「私は、この村を出て調査の旅に出る」


 その言葉に、リンネルの胸がドクンと跳ねた。置いていかれる、という明確な恐怖が指先まで駆け抜ける。


「なら、ぼくも行きます。ぼくにも、関係があることです。ガダンがぼくの記憶を奪い、村を滅ぼしたのだとしたら、ぼくが彼を──」

「駄目だ」


 遮るアイゼンの声は、壁のように容赦がなかった。


「ここから先は、ただの記憶探しの旅ではない。魔教団の闇へ自ら飛び込む、命の保証などどこにもない危険な旅になる。お前とは、ここで別れる」

「何故です!?」


 リンネルは思わず叫んでいた。

 石室の壁に、少年の悲痛な声が反響する。


「ぼくは、あの雪山でアイゼンさんに鍛えられて、強くなりました! 魔法だって、前よりずっと上手く扱える! 足手まといには……足手まといにはならないはずです!」

「それでもだ」


 アイゼンはリンネルから視線を逸らし、大きな背中を向けた。その肩が、微かに強張っているのをリンネルは見逃さなかった。


「私は……もう、知り合いが死ぬのを見たくない」


 ぽつりと溢れたアイゼンの本音。

 それは、数百年もの間、彼が愛した者たちを全員見送ってきたという、孤独な英雄の生々しいトラウマそのものだった。リンネルを大切に思っているからこそ、危険に巻き込みたくないという、不器用な拒絶。


 けれど、リンネルは引かなかった。

 アイゼンの背中に向かって、一歩を強く踏み出す。


「ぼくは……死にません。絶対に」

 きっぱりと言い切り、さらにその背中に言葉をぶつけた。


「それに、アイゼンさん。あなたも……死なせません」

「私は死なない。呪いのせいでな」

「そういう意味じゃありません!」


 リンネルの瞳から、堪えきれぬ涙が溢れ、頬を伝う。


「魔王の呪い……それを解いたら、あなた、死ぬつもりでしょう」

「……」

「そのために、旅に出るんでしょう……っ!?」


 図星だった。アイゼンは反論せず、ただ沈黙で肯定した。

 彼にとって呪いを解く旅とは、生きるためのものではない。ようやく人間として「死ぬ権利」を得るための、終わりの旅なのだ。


「ぼくは、ぼくは……アイゼンさんに死んでほしくありません! そんな、悲しいこと言わないでください……!」


 ボロボロと涙を流しながら、子供のように縋り付くリンネルの声。

 普通の人間なら、その涙を見て「この子のために生きよう」と踏みとどまるのかもしれない。残される者の悲しみを想い、生に繋ぎ止まるのかもしれない。


 だが、アイゼンにとって、その『他者ありきの生』こそが、数百年もの間、彼を縛り付け、心をすり減らし続けてきた最大の檻だった。世界のため、勇のため、残された仲間たちのため……誰かの感情のために、死ぬことすら許されずに生き続ける絶望。


 アイゼンはゆっくりとリンネルを振り返った。その表情には、リンネルの涙に絆された優しさなどひとかけらもなかった。あるのは、己の死に場所を誰にも邪魔させないという、冷徹なまでの固い決意。


「……好きにしろ」


 アイゼンは吐き捨てるように、短くそう言った。

 だが、安易な救いを求める少年の瞳を真っ直ぐに見据え、突き放すような、けれどあまりにも残酷なエゴの宣言を重ねる。


「だが――私は、お前のために生きる気はない。私は私の思うままに生き、私のために死ぬ。他者のために生きるのは……もう、うんざりだ」


 お前が悲しむから生きる、などという美しい理由で、私の死を呪縛するな。

 それは、リンネルの愛を真っ向から拒絶する言葉。しかし同時に、「勝手についてきて、私の最期を見届けるというなら、好きにしろ」という、アイゼンが差し出せる限界の、歪な同行の許可でもあった。


 アイゼンはそれ以上何も言わず、出口に向かって歩き出す。

 リンネルは溢れる涙を袖で強く拭うと、その頑なで、どこまでも孤独な背中を追って、暗闇の中を走り出した。



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