第12話「隠蓑」
アイゼンが告げたその言葉の重みに、石室の空気は凍りついたようだった。
台座から放たれる朱殷の光が、リンネルの視界をどす黒く染め上げていく。ドクドクと不快に脈打つ己の心臓の音を聴きながら、リンネルは胸元を強く握り締めた。思いだそうとするたびに脳裏を掠める、あの悍ましい冷気。それが、目の前で禍々しく拍動する魔法陣と同じ根を持つというのなら。
「……ぼく、にも」
気づけば、乾いた声が唇から溢れていた。
「ぼくにも、その……魔王の呪いが、掛かっているんでしょうか……?」
アイゼンはゆっくりと立ち上がると、短く首を振った。
「それは分からん。お前の身体に直接その術式が刻まれている形跡は、今のところ見当たらんからな。……だが、無関係とも言えんだろう」
安易な気休めを口にしないアイゼンの冷徹な現実主義が、かえって事態の深刻さを物語っていた。アイゼンが僅かに首を動かすと、光魔法の淡い灯りを受けて、その美しい白銀色の髪がさらりと暗闇に靡いた。そのまま彼はリンネルの方へと真っ直ぐに向き直る。
その青い瞳に宿っていたのは、雪山で見せていた退屈そうな光ではない。獲物を限界まで追い詰めるような、真剣で、どこか執拗な眼差しだった。
「リンネル。お前の言う魔術師とやらが全ての鍵だ。……奴について、知っていることを全て話せ」
「っ……」
元魔王討伐部隊の魔剣士が放つ、無意識の、だが圧倒的な覇気に、リンネルは僅かに身体を強張らせて気圧された。しかし、アイゼンの瞳の奥にある揺るぎない執念が、リンネルの怯えをかろうじて繋ぎ止める。
リンネルは深く息を吸い込み、記憶の引き出しを必死にひっくり返しながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……元々、その魔術師──ガダンは、村に大きな益をもたらしてくれる人だったんです。日照りが続けば作物に雨を降らし、冬が近付けば疫病から人を遠ざける結界を張ってくれた。困っている人がいれば人助けさえ疎まない、誰もが尊敬する人格者でした」
脳裏に、記憶の中のガダンの姿が浮かぶ。
「いつも、赤と黒の変わった刺繍が施されたローブを纏っていて、どこか高貴な身なりをしていました。……そのガダンが、一年に一度、村人を集めてはよく話していたんです。『供物として村人を祠に捧げることが、土地神トティス様のご意向なのだ。私はそれを執り行う役を、直々に仰せつかっている』って」
リンネルの言葉を静かに聞いていたアイゼンは、顎に手を添え、朱殷に光る台座を見下ろしながらしばらく思考を巡らせた。
「……なるほどな。土地神トティスを都合のいい隠れ蓑に使い、その裏で魔王の呪いに関する実験を行っていた……と考えるのが自然だろう。村人どもは、神聖な洗礼だと信じ込まされて、自ら実験台になりに祠へやってきていたわけだ。これほど都合のいい実験場もない」
ガダンの穏やかな笑顔や、彼を聖人のように崇めていた村人たちの顔が浮かび、リンネルの胸に激しい吐き気が込み上げる。
「なぜ……そうまでしてそんなおぞましい実験をしていたんですか?」
縋るようなリンネルの問いに、アイゼンは小さく肩をすくめてみせた。
「私に訊くな。──だが、これだけは確かだ」
アイゼンは黒い大剣の柄に手をかけると、台座の魔法陣を容赦なく踏み消すように一歩を踏み出した。
「そのガダンという男を燻り出し、その首を撥ねれば、自ずと答えは出る」
アイゼンが踏み出したブーツの底で、呪わしき赤黒い術式が軋むような音を立てて霧散していく。光を失い、再び静寂ともぬけの殻の闇に包まれる石室。しかし、一度暴かれた真実の禍々しさは、決して消えることはない。
数百年の孤独に生きていた魔剣士と、呪いの苗床にされかけた少年。
魔王の残影が色濃く漂うこの地で、二人の視線は、まだ見ぬ世界のどこかに潜む「ガダン」という名の深淵へと、真っ直ぐに放たれていた。




