第11話「残影」
「……魔王の呪い……」
その言葉の意味が理解できず、リンネルは台座の上に浮かぶ赤色魔法陣と、アイゼンの横顔を何度も往復するように見つめた。洞窟の冷気が、じわじわと肌から骨へと染み込んでいくような錯覚に囚われる。
「……どうして、そんなことが分かるんですか?」
リンネルの声は、小さく震えていた。
「魔王なんて、おとぎ話に出てくるような存在のはずじゃ……それにアイゼンさん、あなたはどうして、この魔法陣がその呪いだって断言できるんです?」
投げかけられた疑問に、アイゼンはすぐに答えなかった。
ひんやりとした静寂が石室を支配する。アイゼンは浮遊する光魔法の届かない闇の奥を見つめたまま、長く、重い沈黙を挟んだ。その横顔は、数年間の雪山生活で見せていた退屈そうなものとは異なり、遥か遠い過去の戦場を幻視しているかのように険しかった。
やがて、アイゼンはゆっくりと口を開いた。
「……昔、私は魔王討伐部隊の魔剣士として、戦地に赴いていた」
「え……」
「お前たちが物語でしか知らない世界の裏側で、私たちは本気で世界を屠ろうとする魔王と命を削り合っていた。……そして、長い死闘の果てに、私は勇者とともに魔王城の最奥まで辿り着いたのだ」
淡々と紡がれる言葉の一つ一つが、あまりに壮大であまりに血生臭く、リンネルの胸を強く叩く。
アイゼンは視線を落とし、台座を染める朱殷の光を凝視した。
「魔王を討伐せんとした、最後の最後だった。追いつめられた魔王が、相打ちを狙って凶悪な術式を展開した。その牙が向けられていたのは、私たちの希望だった勇者だ。──私は、身体が勝手に動いていた。勇者の目前に飛び出し、その一撃を代わりにその身に受けた」
アイゼンが自嘲気味に、ふっと息を漏らす。
「その時、私の身体に刻まれた術式のクセが、この台座に遺されたものと酷似している。……いや、全く同じ『根』から派生したものだ」
リンネルは息をすることさえ忘れて、目の前の男を見つめていた。
アイゼンが語る凄絶な過去。そして、彼がなぜ今もこうして生きているのかという、恐ろしい真実の輪郭が、霧の向こうから姿を現そうとしていた。
「それ以降だ」
アイゼンは自分の大きな掌を見つめ、握り、そしてまた開いた。
「どれほどの深手を負おうとも傷はすぐに癒え、病に侵されることもなく、歳を取ることもない身体になった。どれだけ望もうと、死に赴くことすら許されない。……それが、私が魔王から受けた『不老不死』という呪いの正体だ」
その言葉の重みに、リンネルは言葉を失った。
目の前にいるのは、ただの偏屈で強い保護者ではない。かつて世界を救うために戦い、その代償として「終わりのない生」という底なしの絶望を背負わされた、孤高の英雄だったのだ。
「……時に人は、不老不死を望まんと欲す。だが、現実は非情だ。愛した者は先に逝き、苦楽を共にした仲間とも離別する。私には、これ以上生きる理由も意味もない。生きることは、私にとって……呪いなのだ」
アイゼンの静かな告白は、朱殷の光に溶けて、もぬけの殻となった石室に深く沈んでいった。
数百年の孤独を背負うアイゼンの横顔を見つめながら、リンネルはただ、息を呑むことしかできない。世界を救った英雄に課せられた、死ねないという名の残酷な枷。しかし、その絶望の深さに圧倒されながらも、リンネルの胸の奥には、先ほどから奇妙な冷気が居座り続けていた。
なぜ、魔王の呪いがこの村にあるのか。
なぜ、自分の記憶が消されているのか。
男が背負う過去の「残影」が、今度は少年の運命をも、昏い深淵へと引きずり込もうとしていた。




