第8話 水着ゴーレムの悲劇
オタクたちが懲罰教室で友情を育み、盛り上がっていた頃。
学長室。
重厚なオーク材の扉の向こうで、アンティークの茶器が触れ合う静かな音が響いていた。
窓際で香り高い紅茶を啜るのは、白髭を長く蓄えた老魔術師――このバラ=エル魔術学院の学長、ソロン。
そして、その前で報告書を手に直立しているのは、懲罰教室から少しの間抜け出してきたヴァーノン先生だった。
「……うむ。ヴァーノン先生のクラスは、他の2クラスに負けず劣らず、個性が強いな」
学長が穏やかな声で言う。
「ええ。良くも悪くも、ですが」
ヴァーノンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「トップ層のヴェナは規格外。メイルザーたちも戦闘センスは抜群です。……そして、彼も」
「ふぉふぉふぉ。アストンだな」
学長は、机の上に置かれた3枚の資料に目を落とした。
アストン・カッシアン。
テラ・ロックソイル。
ピコ・ウィスパー。
彼らは、各クラスに1人ずつ配置された、実技試験最下位の問題児たちだ。
だが、彼らの入学経緯には、学院の誰も知らないある「秘密」があった。
「ヴァーノン先生。なぜ私が、彼らのような――戦闘適性が皆無に等しい者たちを入学させたと思う?」
学長の問いに、ヴァーノンは一瞬沈黙し、慎重に答えた。
「……この学院の『校風』を、憂いておられるからでしょう」
「左様」
学長はゆっくりと立ち上がり、窓の外、訓練場を見下ろした。
そこには、炎が爆ぜ、氷が砕ける、激しい戦闘訓練の痕が黒々と残されている。
「我が校は、いつからか『強さ』のみを追求するようになった。攻撃魔法の威力、殺傷能力、殲滅の効率……。確かに、今の国際情勢を鑑みれば、軍事予備校的な側面が求められるのは理解できる」
学長の瞳に、深い憂いの色が浮かぶ。
「だが、バラ=エル魔術学院の設立理念は違う。『魔術の探求』とは、即ち『創造性の開花』だ。破壊のための力ではなく、世界を彩り、豊かにするための魔術……それこそが、本来の姿だったはずなのだよ」
学長は、強さのみに固執する学院の未来を危惧していた。
だからこそ、彼は今年度、ある実験的な試みを行った。
「芸術大学」の学生や、職人ギルドの徒弟の中から、魔術の適性がありそうな者を3名、特別枠(裏口に近い推薦)で入学させたのだ。
画家、アストン。
彫刻家、テラ。
音楽家、ピコ。
彼らは、凝り固まった生徒たちに新たな風を吹き込むための「劇薬」だった。
「どうだね。彼らは、何か良い影響を与えているか?」
「……正直なところ、周囲に影響を与えているとは言えません。彼らは完全に浮いています。むしろ、稀代の天才少女や、メイルザー達の方が、学年の雰囲気を作っています」
ヴァーノンは率直に答えた。だが、そこで言葉を区切る。
「……しかし」
「うむ?」
「私のクラスに限って言えば……アストン。ある意味では、彼は天才だと。そう思いますよ」
「ほう?」
「まだ魔力制御もままならない未熟者ですが……彼の見ている世界は、我々とは違う。化けるかもしれません。……良い方向にか、悪い方向にかは分かりませんがね」
学長は満足げに白い髭を撫でた。
「楽しみじゃな。彼ら三人が出会った時、一体どんな『嵐』が巻き起こるのか」
◆◆
その頃、懲罰教室では。
学長の崇高な理念を遥かに置き去りにした、斜め下へ突き抜ける「嵐」が発生していた。
「よし、先生はまだ戻ってこない!」
僕の号令と共に、三人の賢者(限界オタク)が動いた。
「行くぞ、土台はオレが作る!」
巨漢のテラが床に両手をつく。
――土魔法、泥人形生成!
ボコボコと教室の床から土が盛り上がり、等身大の棒人形を形成していく。
だが、その関節の可動域は、計算し尽くされた「女の子特有の内股」や「恥じらいの反り」を完璧に再現できるように調整されていた。
「次は……あしゃが」
ハーフリングのピコが、泥人形の喉元に手をかざす。
――風魔法、共鳴付与!
彼は人形の内部に空洞を作り、風を循環させることで、疑似的な「呼吸音」と「心音」を作り出した。
『……ハァ……んっ……』
無骨な泥人形から、ぞくっとするほど生々しく、艶っぽい吐息が漏れる。
「最後は僕だ……!」
僕は右手を前に突き出した。
構築するのは勿論、研究に研究を重ねた、あの天才美少女の完璧な造形美。
――雷魔法、雷光実体!
バチバチッ!!
僕の指先から放たれた紫色の光の網が、泥人形を包み込む。
光の粒子が収束し、泥の表面に張り付き、透き通るような美しい身体を構成していく。
しかも、僕の熱い要望により、その姿は「少し小さめの水着姿」という大盤振る舞いだ。
「おぉぉ……!」
「ふわぁ……尊い……」
光は次第に収まり、濡れたような碧色の瞳と、恥じらいに紅潮した頬まで、狂気的な精度で具現化された。
◆◆
時を同じくして。
懲罰教室へ向かう廊下では、二つの足音が響いていた。
「この手土産はやはりザークレシア君の発案か。いやいや、君にしては気が利くなと、思ったんだよ」
ヴァーノンは、シニストラ湖の名産品『星屑の琥珀糖』の美しい小箱を手に、ホクホク顔で歩いていた。
「まるでボクが、普段から気の回らない人みたいな言い方」
先生の隣を歩くのは、いつもの窮屈な制服姿とは違う、ラフなサマードレス姿のヴェナだった。
日差しをたっぷり浴びたのか、普段の陶器のような白肌からは一変して、健康的に小麦色に焼けた肌を覗かせている。
彼女は湖でのバカンスから一足先に、自身の風魔法で空を飛んで帰ってきたついでに、バカンス組から「先生への賄賂(お土産)」を押し付けられていたのだ。
「いや、そういうわけではないさ。さ、さて、あいつらは真面目に教本を模写しているかな」
ヴァーノンは、懲罰教室の扉に手をかける。
「お前たち、バカンス組から頂戴したお土産を分けて……」
ガラッ。
重い扉が開く。
その瞬間、ヴァーノンとヴェナの目に飛び込んできたのは、世界のバグのような光景だった。
西日の差し込む教室の真ん中。
教卓の上に乗って、艶っぽい吐息を漏らしながら、過激な水着姿で腰をくねらせて踊る「ヴェナそっくりのゴーレム」。
そして、それを最前列で囲み、
「これは背徳的すぎる!」
「た……たまりません、たまりませんぞぉ!」
「ふひひ、生きてて良かったぁ!」
等と奇声を上げながら、狂喜乱舞している三匹の変態の姿。
扉が開いた音に気づき。
「「「あ」」」
変態たちはピタリと固まり、壊れた玩具の人形のように首をギギギと扉の方へ向けた。
そこには、口をポカンと開けて手土産を取り落とすヴァーノンと。
本物のヴェナが立っていた。
「……お、お前らッ!!」
我に返ったヴァーノンが、悪魔の形相で怒鳴ろうとした。
だが、それよりも早く。
「…………ッ!!!」
ズドォォォォォォン!!!
顔を真っ赤に染め上げたヴェナから、特大の暴風が巻き起こった。
凄まじい衝撃波が懲罰教室の窓ガラスをすべて粉砕し、3人のエロ・マエストロたち、そして水着のゴーレムもろとも、彼らをはるか彼方の敷地外まで吹き飛ばしたのだった。
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