第7話 三賢者による禁断魔法
暑い夏。
窓の外では、セミたちが命の限りを尽くして大合唱している。
ジリジリと照りつける太陽は、時間が経つにつれて教室内の温度と僕のストレスを急上昇させていた。
「暑い……」
ここは、バラ=エル魔術学院の講義棟の端にある、通称「懲罰教室」。
今頃、メイルザーたち「キラキラ組」は、涼し気な湖の畔でキャッキャウフフしている頃だと言うのに。
波打ち際で戯れるヴェナ。濡れた黒髪。水滴を弾く白い肌。そして……あの秘められた下半身。
下半身?
そこで僕は重大な、そして取り返しのつかない事実に気がついてしまった。
あれ?もしかして……。
今回のバカンスは、ヴェナの秘密が公的(?)に見れた、絶好の機会だったんじゃないか!?
だとしたら。
だとしたら僕は……!
「なんて愚かなんだぁぁぁぁぁ!!?」
絶望に頭を抱え、心の声がそのまま絶叫となって噴出した。
「ようやく気がついたかアストン・カッシアン。己の愚かさに」
そんな僕の隣では、笑顔のまま青筋を立て、顔をピクピクさせている担任のヴァーノン先生が立っていた。
「あ……」
「貴様には補習すら生ぬるいわッ!!」
先生の怒声が、蝉時雨をかき消して響き渡った。
◆◆
どうやら僕は、先生に何度も名前を呼ばれていたのに、妄想にふけって完全スルーしていたらしい。
怒りに任せて僕を叱りつけた先生は、「お前というストレスの種にやられて胃が痛い」と言って腹部を押さえながら教室を出ていった。
カリカリ……。
静まり返る教室には、ペンの音とセミの声だけが響く。
残されたのは、僕を含めた選ばれし底辺たち。
そんな中、やたらと背後からねっとりとした視線を感じる。
振り返ると、ポツン、ポツンと座った大小二人の男が、僕に熱い視線を送っていた。
補習組は僕を含めてこの3人だけ。
つまり、実技試験20点以下の正真正銘の落ちこぼれたちだ。
「あんた、あんたが噂のアストン。いや、『変態芸術家』なのか!」
野太い声で語りかけてきたのは、およそ魔術とは無縁そうな、エルフには似合わない筋肉質な巨漢男だった。
「いやぁ……こんなところで……出会うなんてねぇ……」
続いて、囁くような湿った声で語りかけてきたのは、前髪で顔が半分隠れた、小柄で小太りなハーフリングの男。
二人とも、僕のクラスの生徒ではない。
「えっと、君たちは?」
「オ・レはテラ!2組の裏方担当だ!土魔法のゴーレム制御に命を懸けている!夢は、指先の微細な震えから恥じらう内股まで、『萌える動き(モーション)』を完璧に再現した美少女ゴーレムを作ることだ!……だが、オレの土魔法じゃ、どうしても外装が無骨な岩石ゴーレムになっちまうんだよぉ!」
エルフ族の巨漢テラは、聞いてもいないのに己の性癖と挫折を超早口で語り出した。
「あしゃは……ピコ。3組の……BGM担当だね。卒業までに……聴くだけで鼓膜から昇天するような……自律感覚絶頂反応(ASMR)の極致を目指しているんだ……」
囁くような話し方をするハーフリングのピコも、個性がぎっしり詰まった自己紹介をぶつけてきた。
どうやら、3つあるクラスのうち、僕と似たベクトルの底辺が1人ずつ均等に振り分けられたらしい。
そして、自己紹介から漂うこのシンパシー。
初対面で、挨拶しか交わしていないというのに、僕はこの2人に強烈な親近感(ソウルブラザーの波動)を覚えたのだ。
それにしても、変態芸術家なんて不名誉すぎる二つ名が他のクラスにまで拡散しているなんて、本当に勘弁してほしい。
「そんなことより、オ・レたちに見せてくれよ!あんたの天才的芸術を!」
二人は机から身を乗り出し、僕の「芸術」を激しく所望した。
補習という牢獄に収監された、同じ底辺の、そして同じ業を背負う仲間たち。
自分の芸術を心底欲している彼らに出し惜しむことなど、表現者として出来るはずがない。
いや、むしろ――。
「よく言ってくれました!いいでしょう!見せて差し上げますよ。僕が試験期間中、寝る間も惜しんで磨き上げた、最高の芸術を!」
僕は高らかに宣言し、右手を突き出した。
イメージするのは、美しく柔らかな曲線の「腕」。
――雷光幻影!!
バチバチッ!
紫色の雷が弾け、空間に光の粒子が収束していく。
そして教卓の上に、淡い光を放ちながらも、瑞々しい肌の質感を持った「光の腕」が具現化した。
「「おおおおおっ!?」」
「さあ、触ってみてください」
僕が促すと、テラとピコは恐る恐るその光の腕に指先を伸ばした。
「……ッ!?な、なんだこれ!?ただの幻影じゃない……弾力がある!それに、この肌の温もり……!」
「ありえない……!光を極限まで圧縮して、物理的な質量と硬さを持たせているのか!?……そう、これはいわば『硬質光』だ!」
テラが驚愕に目を見開き、自身のオタク知識と魔術理論をフル回転させて叫ぶ。
「しかも、ただの質量じゃないよ……」
ピコが、光の腕に触れたままワナワナと震えている。
「触れた瞬間のこの反発。微弱な電気が、指先の神経に直接『触覚』をフィードバックさせているんだ……。雷の魔力を生体電流と同期させるなんて……単なる幻影を超越している。これは……『雷光実体』だね……!」
「ハード・ライトに、生体電流のフィードバック……!あんた、一体どうやって光の魔力を圧縮し、神経網に接続する計算式を組んだんだ!?」
興奮の絶頂に達した二人が、僕に詰め寄ってくる。
計算式?圧縮?生体電流?
何を言っているのか、僕にはさっぱり分からなかった。
「えっ?いや、計算式とかそんなんじゃなくて……」
「じゃあどうやって!?」
「『女の子のお肌って柔らかいよね』って強く念じて、魔力を搾り出したらこうなったというか……」
「「…………は?」」
オタク二人の動きがピタリと止まった。
「……感覚だけでやってんのかよ!?」
「馬鹿(天才)のそれか……!」
二人は信じられないものを見る目で僕を見た後、顔を見合わせ、そして……ニヤリと、とてつもなく邪悪で純粋な笑みを浮かべた。
「なあ、アストン。オレの造るゴーレムは岩石剥き出しだが、その頭脳。つまりモーション制御には絶対の自信がある。……オレの骨組みに、あんたのこの『雷光実体』を被せたらどうなる?」
テラが鼻息を荒くする。
「そこに、あしゃの至高の音響(ASMRボイス)と環境音を搭載すれば……」
ピコが前髪の奥で目をギラつかせる。
点と点が繋がった。
僕の解剖学的な造形美。テラの萌える可動域。ピコの鼓膜を溶かす声。
それが意味するものは。
「「「最強の美少女が、俺たちの手で創れるのでは……!?」」」
暑い夏。
セミの声すら届かない懲罰教室で、三人の業深き天才(落ちこぼれ)たちによる、禁断の計算式が完成したのだった。
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