第6話 選ばれし者たち
「旧校舎の悪霊退治」をしたあの一夜から、あっという間に月日が流れた。
季節は巡り、新緑は鮮やかな深緑へ。肌を刺すような日差しが照りつける、盛夏がやってきた。
僕、アストン・カッシアンの学院内でのスクールカーストは……まあ、推して知るべしだ。
相変わらず担任のヴァーノン先生の雷(物理)は落ちてくるし、クラスの皆からは変態芸術家と呼ばれ続けている。
だけど、そんなことはどうでも良かった。
それよりも。
あの悪霊退治の夜に拾った碧色の魔石。
それを僕が密かに磨き上げてプレゼントしたネックレスを、ヴェナが学校に着けて来てくれてる。
そのネックレスが、彼女の無防備な首元で揺れるたび、僕はささやかな幸せを感じられるのだった。
しかし!
しかしだ!
そんな僕の前に立ち塞がったのが、バラ=エル魔術学院の風物詩――前期総括試験である。
筆記と実技を合わせた超難関。
100点満点中、平均点は例年50点前後。
ここで80点以上を取れば、魔術師界における「人生勝ち組」のパスポート、宮廷魔術師の資格を得たも同然とまで言われる代物だ。
そんな過酷な試験を終えた僕の胸には、確かな手応えが満ち溢れていた。
筆記のヤマは完璧に的中した(気がする)。
実技に至っては、唯一の得意魔法である雷属性の応用「雷マッサージ」で、しかめっ面だった試験官の肩こりを劇的にほぐし、至福の表情を引き出すことに成功した。
「これは……70点。いや、ワンチャン80点越えで宮廷魔術師の道が開けたかもしれないぞ」
明日から夏休みという終業式の午後。
僕は抑えきれない期待を胸に、教室の壁に張り出された『成績上位者ランキング』の前へと鼻息荒く駆け寄った。
1位キノル(92点)
2位ヴェナ(91点)
3位ザークレシア(82点)
4位ルズガーナ(80点)
5位メイルザー(71点)
……
16位ロシュテル(65点)
僕たち一学年は総勢120人。
その中で、上位5席のうち4席を我がクラスの面々が独占しているという異常事態だった。
……いや待て。1位、キノル?
誰だそれ!?隣のクラスの子か!?あの天才ヴェナの上を行くなんて、本当に人間なのか!?
まあいい、2位のヴェナに関しては納得だ。
彼女は授業中にどれだけ爆睡していようが、実技になれば欠伸混じりの暴風で標的を粉砕していた。天才とは理不尽なものだと諦めもつく。
問題は3位から5位の、スクールカースト上位陣だ。
放課後になれば街へ繰り出してオシャレなカフェを巡り、休日はスポーツで汗を流して青春を謳歌している、あの「キラキラ組」。
あいつら、実は頭も才能もあるってことか?
天は二物を与えすぎだ。
前世でどれだけ徳を積めばそんな完璧超人になれるんだ。
バラ=エル魔術学院のカースト上位は、決して顔の良さだけで形成されているわけではないらしい。
「まぁいい。僕だって今回はやってやったからな……」
気を取り直し、下から自分の名前を探しにかかる。
えーと。60点台……ない。
50点台……ない。
あれ?
おかしい。書き忘れか?
まさか、採点基準を振り切って「測定不能」の別枠に……
あ。
118位アストン(18点)
「……どゆこと?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。
120人中、118位。
……思い返せば、心当たりはあった。
試験の一週間前、突如として創作意欲が爆発し、夜な夜な『雷光幻影』を用いた「衣服の透け感」の探求に没頭したから?
現実逃避で、自室の床から天井の隅々まで大掃除を始めてしまったから?
勉強を時短するため、「教科書を枕の下に敷いて寝る」という睡眠学習法に全幅の信頼を置いていたから?
うん、全部だ。心当たりしかない。
そもそも、ここは各国の頭脳や宮廷魔術師を輩出し続ける、世界最高峰の学び舎。
神童だの天才だのと呼ばれた選りすぐりのエリートが集まる場所に、何の手違いか「画力」だけで放り込まれた僕ごときが、上位を狙うなんて烏滸がましい話だったのだ。
膝から崩れ落ちそうになる僕の耳に、華やいだ声が飛び込んできた。
「あー、やっと終わったぁ。しんどかったぁ」
ザークレシアが、ふわりと香水のいい匂いを漂わせながら伸びをした。
「シアに負けたぁ!悔しぃぃ!」
隣では、青髪を揺らしたルズガーナが彼女にじゃれついている。
「なぁ、みんなで湖行かねぇ?ロスミネラって言ったら、シニストラ湖だろぉ!?」
「おう、良いな!勉強漬けで鈍った身体を動かしてぇとこだ」
栗色ヘアのチャラ男・ロシュテルの提案に、ブロンドのイケメン・メイルザーが爽やかに同意する。
「ヒャッホウ!ザークたちの水着が拝めるぜぇ!!」
ロシュテルが下心丸出しでガッツポーズをすると、ザークレシアが「なんで私たちも行くことになってるの?」と呆れ、ルズガーナは「シアの水着姿……ふふ」と危険な妄想を膨らませている。
彼らの周りには他のクラスの陽キャたちも集まり始め、あっという間に大規模なバカンス計画が立ち上がりつつあった。
(キラッキラだ。ほんとに、眩しすぎる……)
直視できない。彼らの青春の輝きが、18点の僕の目を焼く。
「ねえ、良かったらヴェナも行かない?」
ザークレシアが、机に突っ伏していたヴェナに声をかけた。
無駄だ。彼女は群れるのを嫌う孤高の風。
あんなキラキラした連中とウェイウェイ水遊びなんて、行くはずが――
「……ボクも?……分かった。行く」
ヴェナはゆっくりと顔を上げ、眠そうな目をこすりながら頷いた。
その首元では、碧色魔石のネックレスが光る。
(マジかよ!!)
僕は心の中で絶叫した。ヴェナが!?
あのヴェナが、水着に!?太陽の下で!?
……見たい。
死ぬほど見たい。
一人の健全な男子としての本能……いや!画家としての魂が、「その光景を後世のためにキャンバスに焼き付けろ」と血の涙を流して叫んでいる!
(僕も……僕も誘ってくれ!)
荷物持ちでもいい!浮き輪の空気入れでも、スイカ割りの棒の役でもいい!
頼む、誰か僕に声を――!
「アストン」
背後から名前を呼ばれた。
キタ!!
やはり芸術の神は僕を見捨てていなかった!メイルザーか?ロシュテルか?
「はいっ!!行きます!行きます!喜んで!!」
僕は満面の笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに勢いよく振り向いた。
しかし。
そこに立っていたのは、水着の美女でも陽気なクラスメイトでもなく。
悪魔のような形相をした担任、ヴァーノン先生だった。
「ほう……そうか。喜んでか」
(あれ、僕なんか、やっちゃいました?)
教室の空気が凍りつく。
そして、彼岸の底から響くような声が投下された。
「18点の馬鹿が!お前は明日から地獄の補習行きだ!!」
「ひゃう!?」
その宣告は、死刑判決よりも重く、僕の輝かしい夏を理不尽に終わらせたのだった。
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