第3話 月夜の廃校舎
冷たい夜風が吹き抜ける。
魔術学院の裏にある廃校舎。
月明かりの下、数十人の人影があった。
「寒い。肌が荒れちゃうんだけど」
震えながら腕を組むのは、ふんわり縦ロールの赤髪を夜風になびかせた美女、ザークレシア。
その隣には、氷のような視線を向ける短髪のクールビューティ、ルズガーナ。
さらには、学院のスクールカースト最上位に君臨するイケメンコンビ、メイルザーとロシュテルまで揃っている。
(うわ……。ヴェナはまさか、僕をこの夜会の生贄にする気か?!)
ヴェナは天才だ。しかし、それ故に。彼女はいつも一人でいることが多い。
そう、僕と似て「ぼっち属性」の匂いを醸し出している。
そんな彼女が僕を連れ出したのは、この陽キャたちのノリに付き合うのが苦しかったのだろう。そうに違いない。
そんな僕の妄想をよそに、最強クラスのパリピたちが気づく。
「あ、風の魔女のお出ましだ……って。えぇ?!エロマエ?!なんで」
一方、チャラ男のロシュテルは、僕のことなど眼中にない。
彼はもっと別の場所――物理的な『異常事態』に釘付けになり、あんぐりと口を開けていた。
「ちょ、ちょっと待て待て待て!おい!……ヴェナ、お前……脚!!?」
ロシュテルの素っ頓狂な声が裏返る。
無理もない。『風の神に愛された子』の代償として、彼女が肉体の脚を持たないことは学院の常識であり、絶対の事実だ。
それが今、健康的で瑞々しい二本の脚が、確かに地面を踏みしめているのだから。
「嘘……義足?いえ、魔力の流れが自然すぎるわ」
優等生のザークレシアが目を丸くして凝視する。
「魔法……?でも質量がある。風圧で浮いているわけじゃない。どうなってるの?」
ルズガーナも眉をひそめ、ヴェナの足元を解析しようと必死だ。
場の空気が凍りつき、全員の視線が一点に集中する中。
ヴェナはフフン、と鼻を鳴らした。
彼女はあえてスカートの裾を少し摘まみ上げ、その『作り物』の脚を、モデルのように優雅に一歩、踏み出してみせた。
コツン。
硬質なローファーの音が、夜の廃校舎に響く。
「面白いでしょ?……触ってみる?」
「え、いいの!?」
ロシュテルが身を乗り出すと、ヴェナはスッと冷たい視線を向け、僕の背中へ隠れるように寄り添った。
「やっぱダメ。……ボクのパートナー(アストン)の作品だから」
そう言って彼女は、僕の腕にギュッとしがみついた。柔らかい感触が二の腕に当たる。
「えっ」
「なっ!?」
全員の視線が、今度は僕に突き刺さった。
驚愕、困惑、そしてロシュテルからの殺意。
「……というわけで、ボクのパートナーはアストンにしたから」
パートナー?
その響きは、僕の脳内で甘美な反響を繰り返した。
パートナー。相棒。あるいは……彼氏。いや、実質的な婚約者と捉えてよろしいか?
『天才美人魔術師と、それを支える至高の芸術家』
そのイメージだけで優勝。完全勝利。
僕はヴェナの温もりを左腕に感じながら、勝ち誇った王のようにクラスメイトたちを睥睨した。
だが、返ってきたのは祝福ではない。殺意と、汚物を見る目だった。
「ッ……ふざけんなよ、あの落ちこぼれ……!」
まず反応したのは男子連中だ。メイルザーがギリギリと歯ぎしりをし、その整った顔を嫉妬で歪ませている。
「おい、アストン。貴様、ヴェナに何をした?卑劣な洗脳魔法でもかけたか?ああん?」「許せねぇ……。俺たちが手も足も出なかった高嶺の花を、エロマエが独占だと……!?」
ロシュテルが血走った目で僕を睨みつける。彼らの視線から放たれる「死ね」という無言の圧は、もはや物理攻撃に近い。
クラス中からの、心温まる罵倒と殺意の嵐。
本来なら胃に穴が空く状況だが、今の僕にはご褒美です、ありがとうございます。
「それで、こんな夜更けに、この集まりはなんですか?」
最強パートナーを得たことによる鋼のメンタルで、僕は努めて冷静に、これから何をするのかを尋ねた。
ヴェナは、風の隙間音が亡霊の叫び声のようにヒュウヒュウと鳴り響く、不気味な廃校舎を見上げた。そして、楽しげに呟く。
「学院非公認行事⋯⋯。肝試し」
◆◆
ルールは簡単。
男女のペアで廃校舎を探索し、校舎内の何処かに隠された魔石を一つ持ち帰ること。
その魔石の大きさで順位が競われるのだとか。
これ、もしヴェナが声をかけてくれなかったら、完全に空気のようにスルーされていた案件だ。
なんと残酷な世界か。
僕は今日からヴェナの事を女神として崇め奉らねばならないだろう。
「あ、お前は灯り担当な。俺は何か出てきた時の為の護衛役で」
「えー、何も出てこないよぉ」
何も知らぬクラスの男女がいちゃつきながら廃校舎の中へと消えていく。
「じゃあ、俺はザークと……」
「は?シアは『私と』だから。アンタはチャラ男とでも組んでよね」
メイルザーが下心見え見えでザークレシアに近づいたところを、白狼のようにレズガーナ……いや、ルズガーナが威嚇した。
「いや、ペアは男女で」
「ガルルルル!!」
カースト上位陣のやり取りを横目に、次は僕達が入る順番となった。
「ヴェナは大変だな。エロマエの介護かよ」
「何にもできねぇぞそいつ。あ、エロい絵を投影することはできるか。ははは!」
メイルザーとロシュテルが後ろから囃し立ててくる。
(まったくの事実だ)
「ごめん。僕は魔法では君の力になれな――」
「もうなってる」
彼女は僕の卑屈な言葉を遮り、僕が創り出したイメージの脚を、自慢げに伸ばしてみせた。
スカートから伸びるその脚は、僕の魔力でできている。僕の「妄想」が、彼女を支えている。
――ドクンッ!!
心臓が、痛いくらいに跳ね上がった。全身の血が沸騰するような、頭が痺れるような感覚。嘲笑なんて聞こえない。
今の僕の世界には、この眩しい少女しかいない。
「行こ。アストン。一番大きい魔石はボク達が!」
授業中、いつも寝てばかりいる「風の魔女」が、嘘のように僕の隣ではしゃいでいる。
その笑顔が、あまりにも無防備で、残酷なほどに愛おしい。
(……ああ、駄目だ。落ちた)
僕は拳を握りしめた。
世界中が僕を笑ってもいい。変態だと蔑んでもいい。
でも、彼女が僕を必要としてくれるなら。
(ありがとう、ヴェナ。君のその笑顔は――何があっても、僕が死んでも守り抜く)
◆◆
「いや、怖っ!!ごめん。かっこつけようとしたけど、だめですわこれ」
廃校舎に入って1秒で心が折れた。
「別に期待してない」
ヴェナの冷たいつぶやきに救われた。いや、打ちのめされた。
ギシッ……ギシッ……。
歩くたびに床板が悲鳴を上げる。
耳を澄ますと、壁の向こうから、何かのささやき声が聞こえる気がする。
遠くで、子供の笑い声のような、あるいは布が擦れるような音がする気がする。
廊下の先で、何かの影が動いたような気がする。
「お、おい……今なんか聞こえなかったか!?」
闇の向こう。ロシュテルが遠くで叫ぶ声。
「ルズ?え?気絶して……ちょっと!」
反対の闇からは、ザークレシアの震える声。
「けッ、くだらねぇ。ネズミだろ、ネズミ」
メイルザーの強がる声まで聞こえてきた。
(ヤバイ!彼らの声が、余計に恐怖を煽ってくる。アストン、アストン・カッシアンよ!ヴェナに良いところをみせろ!!そのために何か、別の事を考えろ!僕の強みを生かすんだ!!)
震える足を踏ん張らせ、思考を巡らせた。
その時、僕の画家としての目が、あるものを捉えた。
(この柱の彫刻……今は失われた様式の装飾だ。それに、この壁のシミの広がり方……絶妙なグラデーションじゃないか。経年劣化の妙を感じる……)
僕に魔術の知識は無い。
だけど、造形や絵画に関する知識や技を取り入れようとする思考には自信がある。
意識切り替え完了。
恐ろしかった廃校舎は、もはやインスピレーションの宝庫と化した。
その時だった。
ドォォン!!
ガタガタガタッ!!
突如、何かが外から叩きつけたような衝撃音と共に、閉め切られた窓ガラスが一斉に悲鳴を上げた。
「ヒィッ!?」
さらに、破れたカーテンが、風もないのに生き物のように大きく舞い上がり、バサバサと音を立てて天井まで這い上がっていく。
ポルターガイスト(騒霊現象)。
それはまるで、見えない巨大な手が教室を蹂躙しているかのようだった。
「で、出たぁぁぁ!!悪霊だぁぁぁ!!」
「キャアアァァァ!!」
「押すな!早く!早く!!」
恐怖は伝染する。パニックになったクラスメイト達が、我先にと出口へ殺到する。
怒号。悲鳴。机が倒れ、誰かが転ぶ音。
まるで雪崩のように、生徒たちは廊下へと吐き出されていき、遠ざかる足音だけが闇に残された。
あっという間に教室は空っぽになった。
そして僕たちは無事、逃げ遅れた。
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