表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 理想の脚

 ビシィッ!!ゴゴゴゴゴゴッ!!


 風の魔女、ヴェナの周囲には、目に見えるほどの殺気(どす黒い風)が渦巻いている。机がカタカタと震え、窓ガラスにヒビが入る。


「ち、違う!これは、その、あくまで芸術的観点からの……不可抗力で……!」


 ヴェナが右手をかざした。

 そこには、暴風の塊が圧縮されていた。


「……死ね」


 ドォォォォォン!!


 轟音と共に、僕の投影した傑作もろとも、僕自身が教室の壁まで吹き飛ばされた。


 痛い。全身の骨がきしむ。

 みんな僕を笑っているだろう。

 最低の変態だと蔑むだろう。


 でも、後悔はない。だって、あの一瞬。イメージの中で微笑んだ彼女は、僕が今まで見たどんな景色よりも、残酷なほどに美しかったから。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」


 僕の断末魔が、学び舎に木霊する。壁にめり込み、薄れゆく意識の中で、僕は思った。


(……でも、あの胸の大きさは完璧に……げふッ……)


 こうして僕は、入学早々にして「変態芸術家エロ・マエストロ」という不名誉極まりない二つ名を、歴史に刻むことになったのだった。


 風の魔女と落ちこぼれ芸術家。

 二人の奇妙な関係は、この最悪な出会いから幕を開けることになる。



 ◆◆



 放課後。茜色の夕日が、破壊された教室を朱く染めていた。


 騒動の主犯――アストンが、逃げる様に寮へと帰った後の教室。

 そこには、この学院の「カースト上位」に君臨するエリートたちが集まっていた。


「……災難だったね、ヴェナ」


 声をかけたのは、落ち着いた赤髪をふわりと巻いた美女、ザークレシアが同情の眼差しを向ける。


「あの変態の隣なんて。……席、代わろうか?私でよければ先生に言ってあげるけど」


 彼女に続き、コバルトブルーのショートヘアが凛々しい、氷魔法の使い手ルズガーナは呆れたように肩をすくめた。


 そんな彼女たちの背後では、男子生徒たちが下世話な笑い声を上げていた。


「ギャハハ!お前らも『エロ・マエストロ』に裸婦画を描いてほしいんか?」

「バカ言え。ザークの裸婦画なら、レズガーナにプレゼントしてやれよ!喜ぶだろ?」


「誰がレズガーナだ、ぶっ殺すぞ」


 そんな騒がしい連中の中心で。ヴェナは、机からゆっくりと顔を上げた。陶器のように白い頬には、制服の袖の跡がくっきりと赤く残っている。


「……ん」


 彼女は小さく伸びをすると、友人たちの申し出に首を横に振った。


「ありがと。でも、大丈夫」

「え?いいの?あんな危険人物」

「うん」


 ヴェナは椅子を浮かせ、窓際へと移動する。その碧色の瞳が捉えたのは、校庭を一人、トボトボと寮に向かって歩いているアストンの背中だった。


 弱々しく、頼りない背中。

 周囲は彼を「変態」と笑ったが、ヴェナの瞳は誤魔化せない。


 彼女だけは気づいていたのだ。彼が放った「幻影」の、真の特異性に。


 あれは単なる雷属性の応用などではない。

 五大属性のことわりすら超えた、禁じられた領域の片鱗だったことを。


 ヴェナの口元は微かに緩ませ、さっきまで実態が無かった筈の脚をぶらぶらと遊ばせていた。


「……アイツの隣、退屈しなさそうだから」


 夕陽に照らされた彼女の瞳には、嫌悪ではなく、純粋な興味の色が宿っていた。


 ◆◆


 男子寮の一室。

 本来なら、僕は教室での失態を猛省し、部屋の隅で膝を抱えているべき時間だ。


 だが、今の僕はイーゼルに向かい、猛烈な勢いで筆を走らせていた。

 キャンバスに描かれているのは、先ほどの授業の記憶。


 そう、ヴェナの裸婦画(ラフ画)だ。

(……やはり、難しいな)


 ヴェナは、僕がこれまで描いてきたモデルの中で、最も難易度が高い。

 彼女の美貌を再現すること自体が至難の業だが、それ以上に厄介なのが「秘められた下肢」。


 彼女の脚は風。実体がない。

 だが、絵画として成立させるには、人体の骨格バランスを無視することはできない。風の渦だけを描いても、何故かしっくりこないのだ。


 そこに、質量が感じられない。彼女からは確かな「存在感」を感じるというのに。


 困難だ。

 だからこそ、芸術家魂がくすぐられる。被写体としてこれ以上は無い。

 まあ、単純に彼女の容姿が僕のストライクゾーンど真ん中だという、極めて不純な理由もあるけれど。


「……一旦、描いてから、塗り重ねるか」


 僕は技法を変えることにした。

 まず、キャンバスの中の彼女に、理想的な比率の「人間の脚」を絵具でしっかりと描き込む。


 その上に風のエレメントを塗り重ね、徐々に実体を消していくのだ。

 そうすることで、風に実体の脚が持つ躍動感が乗り、その質量も感じられるようになるかもしれない。


 未知の試行錯誤。

 筆が乗る。


 白い太もも。膝の裏の筋。ふくらはぎの曲線。


 完璧だ。我ながら、神がかった筆致だ。

 そして。


 まさに脚を描き終わり、これから「風」を乗せていこうとした、その時だった。


 ヒュゴォ……ガチャリ。


 施錠されていたはずのドアノブが勝手に回り、扉が開く。

 同時に、爽やかな風が狭い寮の部屋に舞い込んだ。


「……え?」


 振り返った僕の目に飛び込んできたのは、夜風になびく美しい黒髪。

 ヴェナだった。


「えぇ!!?ヴェナ!?なんで!?鍵ぃ?!」


 心臓が喉から飛び出るかと思った。

 タイミングが悪すぎる。

 しかも見られた!

 今、まさに彼女の生足を捏造している、この背徳的なキャンバスを!


「あ、あの、これはあくまで芸術的探求心の発露であって!決してやましい気持ちで……!」


 僕はキャンバスを背中で隠し、裏返った声で叫んだ。

 二度目だ。流石にこれは、僕の社会的生命のみならず、物理的生命すら危うい。


「……へぇ。凄い」


 しかし、ヴェナの反応は予想外だった。

 彼女は僕の部屋に所狭しと置かれた絵画を見回し、ふわりと浮遊したまま、当然のように僕のベッドの上に降り立った。


 ちょこん、と座る。

 そよぐ風とともに、彼女の残り香が部屋に充満した。


「……」


 言葉が見つからない。

 女子が……しかも学園きっての天才少女が、僕のむさ苦しいベッドに?いったい何しに?

 まさか、処刑宣告か?


「ねぇ。消えちゃった」

「へ?」

「ボクの脚。……面白かったから、もう一回やって」

「脚??」


 僕は呆然とした。

 何を言っているのか、さっぱり分からない。

 彼女は、物分かりの悪い子供に諭すように、淡々と言葉を継いだ。


「あー……分かったよ。じゃあ、あの授業と同じこと。その裸婦画のイメージを、ボクに直接ぶつけて」


 言うが早いか、彼女はベッドの上で、その短いスカートの裾を無造作に摘まんだ。


「……ここ」


 ふわり。

 ためらいもなく、スカートの中身が惜しげもなく開陳される。


(あぁ。これは……来ましたわ)


 普段なら絶対に見えない「絶対領域」のさらに奥。そこに見えた神秘を、僕は言語化するほど野暮ではない。


 天才少女の思考回路は、どうやら人間離れしているようだ。


 しかし困ったことに、彼女が何を求めているのか、僕には全く分からない。

 ただ、眼前に広がる圧倒的な「非日常」と、彼女の真剣な眼差しに呑まれたのは確か。

 やるしかない。


 言われるがままに、あの授業の「やらかし」を再現する。

 イメージするのは、さっきまで描いていたキャンバスの続き。

 風の中に隠された、幻想の脚線。


 ――雷光幻影イマゴシュト!!


 バチバチバチッ!!僕の指先から、紫色の雷がほとばしる。


「うおっ!?」


 いつもより出力が高い。放たれた光の粒子は、僕の制御を離れ、まるで何かに吸い寄せられるように、ベッドに座るヴェナの下半身へと殺到していく。


(暴走か!?)


 焦る僕の目の前で、信じられない光景が展開された。


 僕の脳内にある「未完成の(脚を描き足した)」ヴェナ像が、現実の彼女に重なるように投影オーバーレイされていく。そして――


 ジュワッ……。


 光が、風に溶けた。そうとしか表現できなかった。


「……んッ」


 ヴェナが小さく身を震わせる。投影されたはずの光の脚が、彼女の纏う風の渦と混ざり合い、急速に「色」と「形」を――いや、「質量」を持ち始めたのだ。


 まるで、空中に描いた絵が、勝手に受肉していくような不気味さと神秘。


 何が起きている?僕の魔術(妄想)が、彼女の魔術(風)を侵食しているのか?それとも食われているのか?理屈なんて分からない。

 ただ、僕の網膜に焼き付いた「理想の脚」が、現実世界に無理やり引き出されていく。


 バチッ、ポンッ。


 軽い破裂音と共に光が弾け飛ぶ。

 光が収まった時。そこには、白く、瑞々しい、二本の脚が鎮座していた。


「なっ……!!なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!!!」


 僕は腰を抜かした。幻影じゃない。そこに「在る」。

 僕の描いた絵が、そのまま具現化したのか!?


「……やっぱりすごい。だけど、無意識なんだ」


 ヴェナは身体を弾ませ、ベッドから降りる。


 トン。


 足の裏が、床を踏みしめる音がした。


「……不思議。地面を歩く感覚って、こうなんだ」


 彼女は自分の新しい脚を、ペタペタと触り、膝を曲げ伸ばししている。

 そして、部屋の中を恐る恐る、しかし楽しげに歩き回り始めた。


「ボクにとって、脚なんて飾りだって思ってたけど。……これはこれで、楽しいかも」


 彼女はクルリとターンを決め、僕の前で止まった。


「どう?アストンの作品の出来栄えは」

「……100点満点中、5億点です」

「ふふっ、変態」


 ヴェナが、ふわりと微笑んだ。

 滅多に見られない、天才少女の笑顔。僕は胸を打たれたどころではない。

 暴風に胸を抉られ、心臓がどこかへ消失したかのような衝撃を受けた。


 なんだこの可愛い生き物は。責任取って結婚するしかないじゃないか。


「でも、感動するのはまだ早いよ」


 彼女はひとしきり歩行を楽しんだ後、碧色の瞳で僕を真っ直ぐに射抜いた。そして、僕の手を取り、その新しい脚で一歩、僕に近づく。


「マエストロ。……ボクと一緒に。来て」

「え、どこへ?」

「決まってるでしょ」


 彼女の吐息が、耳にかかる距離で囁く。


「……この脚の性能テスト、もっと広い場所で試したいから」


 彼女からの恵風が、僕の背中を優しく、しかし強引に押した。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

もし「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ページ下部より【ブックマーク(フォロー)】や【★評価】での応援をよろしくお願いいたします!

皆様からの応援が、日々の執筆の最大のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ