第1話:カジノ・リヴァイアサンの憂鬱
ダバダ、ダバダ、ダバダ……。
軽快なスキャットと、跳ねるようなウッドベースの重低音。
不夜城、王都レガリア。その中心に鎮座する地上七階、地下三階の巨大な魔導カジノ『リヴァイアサン』。
今宵、この場所で「不可能」という名の古い鍵が、七つの知恵によって鮮やかに叩き壊されようとしていた。
21:00 ラウンジ
「ターゲットは、地下三階の特別金庫。中身は金塊じゃない。帝国が隠匿した『次元の隙間』。あれは物理的な実体を持たないエネルギーの塊だ」
最上階のラウンジ。最高級の葉巻の煙を燻らせながら、教授はチェス盤を見つめていた。
「次元の隙間? 教授、そいつは換金できるのかい?」
ゴーストがカクテルグラスを回す。
「金よりも価値がある。あれがあれば、君たちの故郷へ帰る道……あるいは、この世界をまるごと買い叩く切符になる」
教授は眼鏡のブリッジを指先で叩いた。それが作戦開始の合図だ。
21:15 潜入
カジノの一階。煌びやかなシャンデリアの下で、一人の淑女が支配人に微笑みかけていた。ルナだ。
「あら、このスロット、少しばかり機嫌が悪いようですわ」
彼女が指し示した先では、魔導回路が微かに火花を散らしている。支配人が慌てて腰を浮かせた瞬間、ルナの指先が彼の腰元にある『マスター魔力キー』を掠めた。
「あら、ごめんなさい。私の魔力が強すぎたかしら?」
ルナが去った後、支配人の手元には精密な偽物のキーが残されていた。
21:30 ハッキング・テンポ
地下二階、従業員専用通路。
天井の通気口から、ウィスパーが音もなく舞い降りた。
「……ターゲット・ノード、捕捉。ハッカー、どうぞ」
ウィスパーが差し込んだ銀色の細い針を通じて、離れた場所にいるハッカーが魔導回路へダイブする。
「やれやれ。中世風のくせに、コードの組み方だけは生意気だ」
ハッカーは空中に投影されたホログラムの魔法陣を、ピアノを弾くような指捌きで書き換えていく。
カチッ、カチッ、カチッ。
監視ゴーレムの赤い目が、一瞬だけ緑に変色する。
「300秒だけ、連中の視覚を10分前の録画映像に書き換えた。……さあ、掃除の時間だ」
21:45 デストラクション・ジャズ
地下三階、特別金庫の分厚い防壁の前。
アイアンが巨大な魔導砲を静かにセットする。
「……教授、音が出るが、いいか?」
「問題ない、アイアン。上のホールでは今、ピエロがド派手なマジックショーを始めたところだ」
地上のステージでは、ピエロが千個の魔導花火を一度に炸裂させていた。
ドォォォォォン!!
爆音と歓声に紛れ、アイアンの魔導砲が放たれる。しかし、その弾頭は「音を吸い込む魔石」でコーティングされていた。
シュン。
分厚い石壁が、バターをナイフで切るように静かに削り取られる。
22:00 ガジェット:重力相殺器
金庫の内部は、重力魔法による防犯床が敷き詰められていた。一歩でも体重をかければ、警報が鳴り響き、侵入者は押し潰される。
教授は懐から、奇妙な形状の金属リングを取り出した。
「『アンチ・グラビティ・アンカー』。現代の物理学と、この世界の重力魔法をクロスオーバーさせた私の自信作だ」
七人はそれぞれの腰にリングを装着した。スイッチを入れると、体がふわふわと宙に浮き上がる。
彼らは優雅に空を歩き、中央の祭壇に浮かぶ『次元の隙間』へと近づいた。
22:10 予期せぬ乱入者
突如、金庫の扉が開き、銀の甲冑を纏った聖騎士団が雪崩れ込んできた。
「そこまでだ、泥棒共! 貴様らの動きは読んでいたぞ!」
聖騎士団長が剣を抜く。絶体絶命。
だが、教授は時計を確認し、やれやれと肩をすくめた。
「予定より15秒早いな。彼らは少々、仕事に熱心すぎるようだ」
「どうするの、教授!?」
ルナが叫ぶが、教授は優雅に椅子――いつの間にかアイアンが持参していた折り畳み椅子――に腰を下ろした。
「慌てることはない。ハッカー、例のやつを」
「了解。……システム・オーバーロード。重力反転、起動!」
ハッカーがコンソールを叩くと、床の重力魔法が逆流した。
フワッ!
聖騎士たちは天井へと叩きつけられ、身動きが取れなくなる。
「おっと、重たい鎧が仇になったね」
教授は金庫の中身を特殊な魔導瓶に吸い込み、立ち上がった。
「諸君、脱出しよう。コーヒーが冷める前にね」
22:15 エスケープ・フライト
カジノの外。夜空にはゴーストが操る「空飛ぶ馬車」が待機していた。
ピエロが煙幕を焚き、追手の視界を遮る。
「さあ、お乗りな! モナコよりスリル満点の空の旅だ!」
ゴーストがレバーを引くと、馬車の側面から機械仕掛けの翼が展開し、魔導エンジンがジャズのビートのような音を立てて噴射を始めた。
夜空へと消えていく馬車。
カジノの屋上には、教授が残した黄金のチェス駒――『キング』だけが、月光を反射して輝いていた。
「……次の獲物は、帝国銀行の空飛ぶ金庫だ」
ダバダ、ダバダ、ダバダ……。
軽快な音楽は、夜の風に乗っていつまでも響いていた。




