8.卒業
「どうして私の〝運命〟が貴方なのか、分かったような気がするわ」
卒業を間近に控え、そろそろ真剣に僕らの婚姻契約について決めなければならなくなった頃。
もはやすっかり僕らの場所となってしまった中庭のベンチに腰掛けたアマーリアは、ただ落ち着いた声音で語った。
「ラル。貴方、前に言ったでしょう? 〝人類は魔素から進化した存在だとされてるんだから、突き詰めたら全てが神の定めだって話にならない〟かって」
「そんなこと言ったかな」
言ったような、言っていないような。あまり覚えていない。何せ、もう二年は前の話である。
凡庸な記憶力しか持たない僕ならともかく、アマーリアは一言一句違わず覚えているだろうから、そういえば言っていたね、と返すことにした。
呆れを含んだ溜息が落とされた気がするが、気づかなかったことにもしておいた。
「私は確かに努力をもって全てを成し遂げてきた――と信じていたけれど、貴方と出会ってから、その〝努力〟自体が、才能に支えられたものかもしれないと思うようになったの。私の重ねてきた努力自体は間違いなく本物だけれど、同時に、磨けば結果となるだけの才能が与えられていたから続けられた、というだけかもしれない。それこそ、神の定めとしてね」
アマーリアは、思い出を探るかのように何処か遠くを見ていた。
「私は、私に及ばない実力の人間は全て、単に努力不足なのだと考えていた時期があるわ。才能という言葉一つで簡単に片付けて、怠惰である言い訳をしているだけの不届き者だと考えていたのね」
「それはまた、手厳しいね」
「そうね。私は、私が自分に課す程度の厳しさを、他者に向けてもよいと信じて疑っていなかったわ」
「今は違うってこと?」
アマーリアは肯定も否定も返さなかった。違わないけれど、飲み込むことにした顔をしているから、きっとそういうことなのだろう。
人間、そう簡単に性分を変えられるなら苦労はない。だが、建前を使うことは誰しもが覚える、円滑にやり過ごすための手段だ。
「私には磨けば成就するだけの剣技の〝才能〟があって、だからこそ努力を続けられてきた。それを知るために貴方と引き合わされたのだとしたら、私は貴方が〝運命〟であることに納得が出来る」
「なるほどね」
素直に頷いてみせたのだが、アマーリアからは咎めるような視線が飛んできた。
僕の意見を述べよ、と言っているのは理解できたので、少し迷ってから、特に隠すこともなく告げる。
「僕は単純に、君があんまり頑張りすぎるから、僕みたいな怠け者をあてがっておこう、と思われたんだと思ってるかな」
アマーリアの目が、緩く細められる。あんまり納得はいっていない様子だったけれど、アマーリアが彼女自身の考え方で納得したように、僕にも僕の考えで納得する権利がある。そういうものだ。
「貴方、本当に自分がただの怠け者だと思ってるの?」
「もちろん。自信を持って、僕ほどの怠け者はいないと思ってるよ」
再びの溜息。呆れられてしまったらしいが、これが僕なのだから仕方が無い。今更変えようもないし、変えるつもりもないことは、彼女だってよく分かっているだろう。
「だって、もしも僕の下に剣の才能があったとして、アマーリアみたいにはなれないだろうからね」
「ならない、の間違いだわ。あるいは、なりたくもない、かしら」
「そこまでは言わないよ」
「それなりには思ってるってことね」
何を言っても嘘くさくなる気がしたので黙って視線を空へと向けた僕に、アマーリアは苦笑しながら立ち上がった。
そろそろ時間かもしれない。中央塔の鐘に目をやってから、斜め前に立つアマーリアへと視線を向ける。
「ええと、それで。結局、僕らってどうなるの?」
呼び出されたのは、卒業後に正式な婚約を結ぶかどうかの話するためだった。
ウィングステン公爵からは、『アマーリアから聞いてやってほしい』としか言われていない。
決闘の一件から、僕らの関係は良好だといって差し支えないものだったし、今では騎士団の面々にも認められている節もあるから、婚姻の成立自体に支障は無い。アマーリアの意思以外は。そして、彼女は自分の意思による決定を何よりも優先する人間である。
僕と離れてしまえば彼女の体調は悪化してしまうから、婚姻契約自体は結ぶことになるだろう。
ただ、実情として夫婦になるか否かは、契約とは別の話だ。もちろん、政略結婚という意味では仮面夫婦など無数に存在しているので今更な話ではあるのだが、なんといっても、彼女と僕はどうにも運命の番とやらなので、話がそう簡単に転ばないのである。
望んだパートナーを他に立てるのか、それとも僕だけを選んでくれるのか。
彼女のことだから、その辺りはきちんと話を通してくれる筈だった。
神託を待つような思いで見上げた僕を、アマーリアが振り返る。
「どうしようもなく貴方に惹かれる性質が、私が持ち合わせて産まれてきた私自身ではあるけれど、その性質とどう向き合うかこそが私の意思だわ」
彼女は、随分と晴れやかな顔で、笑みを浮かべて告げた。
「だから、〝番〟の仕組みを解く方法を探すことにしたの。どれだけ時間がかかるとしても、やっぱり、自分の意思で選びたいもの」
なるほど、と思った。それは、アマーリア・ウィングステンが導き出す結論としては、至極当然のものだと言えた。
アマーリアは彼女の意思を持って、『番』というシステムと向き合うことにしたのだ。ただ受け入れるのではなく、自らの選択とするために、解き明かすと決めた。
きっと、アマーリアならやり遂げるだろう。僕は別に、天が彼女に与えただろう才能が、剣技ひとつだなんて思っちゃいない。彼女は二物も三物も与えられているに決まっていて、その上で、アマーリアは剣の道を選んだ。だからやっぱり、彼女が全てを成し遂げたのは、彼女の選択で、彼女の努力の証だ――と思う。アマーリアがどう思おうとね。
「その間、私と一緒に居てくれる?」
「もちろん。運命の番だからね」
わざとらしく肩を竦めて言い切った僕に、アマーリアはいつぞやの発言でも思い出したのか、少しだけ困ったように微笑んだ。あと、少し怒っているようにも見える。これは仕方が無い。
僕が『不躾に侮辱された心の傷』を持ち出す時は、つまりはキスしたいなってことだからね。彼女は照れる際、二割くらいは怒りが混じるのだ。そういう性分なのだから、これもまた仕方が無い。
渋々、といった様子を装って僕の前までやってきたアマーリアが身を屈めて、引き結んだ唇を押し当ててくる。こういう時に、律儀に目を閉じている彼女の顔を見るのが好きだ。僕が勝手をしないように、とにかく開くものかと力が込められてる唇も好きだった。あとは、礼儀だとでも思っているのか、最初にそうしたからか、必ず僕の手を取ってくれるところも。
とにかく全てが愛しいので、ずっと一緒にいたいなと思っている。もちろん、彼女が望むなら、番の解消法が見つかるといいなとも思っている。
「もしも解消後に別れたくなっても、離れとかに置いてくれたら嬉しいな。雑用とか頑張るからさ」
心からの想いで口にしたのだが、二歩ほど距離を取ったアマーリアは半目で僕を睨みつけると、鞘がついたままの長剣で、割と遠慮無く僕を殴った。
なんてひどい。
痛いの嫌いだって言ったのに!
アーノルドとレオンハルトに愚痴ったものの、どういう訳か、僕が悪いとしか返ってこなかった。




