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7.決闘



 さて。件の手紙についての事件である。

 再三再四送りつけた脅迫の効果が薄いと気づいたらしい差出人は、とうとう直接的な手に出ることにしたようだった。


『三日後、イズラの刻 演習場裏地にて待つ』


 果たし状であった。

 アマーリアの調べによると、犯人は騎士団で彼女の隊に所属する騎士の一人だそうだ。

 名前をレオンハルト・トロレインという。短く刈り込んだ金髪に涼やかな碧眼の瞳を持つ、大変な美丈夫だとか。


 伯爵家の次男である彼は、家の繋がりを利用して学園の生徒に脅迫文を送る手伝いまでさせていたらしい。

 卒業生という立場で手間暇をかけて脅迫文を出す時点で騎士道精神に反していると思うのだが、直接対決の場では騎士として振る舞うつもりのようだ。

 どういう理屈で精神の整合性を保っているんだろう。疑問である。


 まあ、行動には若干の齟齬こそあれど、条件だけを見れば間違いなく、アマーリアの理想に近い人間だ。昨年卒業なのでアマーリアの四つ上であり、年齢的にも適性はある。

 自分こそが彼女の番に相応しい、と確信していたのだろう彼にとって、今になってアマーリアの隣に雑草みたいな男が生えてきたなんて事実は看過できないのだろう。

 場合によっては、正式に彼に伴侶としての立場を譲っても構わないのだけれど。それが、アマーリアにとって一番の幸せになるなら、是非とも穏便に和解したいところである。


 などと思いながら呼び出された場に向かった僕が、帯剣した騎士殿を前に話すこと三分。


「アマーリア隊長は、神に選ばれし乙女だ! お前のような下賤な男が天上の女神に等しいお方を穢すなど、公爵閣下が許しても、この私が許しはせん!」


 彼の下げていた剣が、瞬く間に抜かれてしまった。


 おかしいな。僕はただ自己紹介をして、まずは話し合いましょうと持ちかけた筈なのに。

 彼があんまりにも〝理想〟としてのアマーリア・ウィングステンについてばかり語るから。まずは相互の認識を改めようって話をしなければ、と思って色々と指摘しただけなのだけれど。


「幻想を抱くのは自由だけれど、アマーリアは泣くし喚くし駄々もこねるよ。なんならクッションも投げてくるし」

「貴様ァ! アマーリア隊長を愚弄する気か!」

「事実を前に目を背ける方が愚弄していると言えるのでは?」

「黙れ! 貴様のような女神を堕落させる悪魔を遣わしたのは、邪神に違いあるまい! この剣で斬って捨ててくれる!」 

「堕落かあ……」


 彼女のあれは堕落なのだろうか? 分単位で詰め込んだスケジュールをこなす、怪物のように強い姫騎士様が、神様に用意された相手を前にちょっとばかし気を抜いたって、何の罰も当たらないと思うけれども。

 誰も彼もがアマーリアの才能に目が眩んで、彼女がごく普通に休息を必要とする、癇癪持ちでちょっと厄介な性格の可愛い女の子だってことを、すっかり忘れているんじゃないだろうか?


「覚悟!」


 上級の魔物でも斬り捨てるつもりかと思わせるような気迫を持って、レオンハルトが僕へと斬りかかる。

 剣の構えは確かに優秀な騎士だと分かるものだった――が、しかし、彼は風のように地を蹴った次の瞬間には、その勢いのままにその場に倒れ伏していた。


「んなっ!?」


 どべしゃ、となんとも無様な格好で突っ伏したレオンハルトが、目を白黒させている。

 頭に血が上っていた彼は、どうやら呼び出しに応じた僕がそれとなく誘導して場所を移動していたことにも気づいていなかったようだ。


 さて、ここで僕の得意魔法についておさらいしておこう。

 唯一の得意と言える水魔法。僕が水をあげると草木は結構育つ。

 よく育つので、このように足場に蔦植物の一つでも設置しておけるのなら、僕にもある程度は暴漢への対応は可能である。


 引っ掛けて転ばせる程度の妨害にしかならないが、頭に血が登っているレオンハルトには効果的だったようである。

 勢いをつけて踏み込んだ彼は、そのまま僕が用意した罠の内のひとつに足を取られ、勢いのままに地面に突っ伏した、という訳だ。


 状況が飲み込めず、絡まった蔦をちぎろうともがく彼は、僕の目から見ても隙だらけであった。


「えーっと、一応、今の隙って結構致命的だと思うんですけど、それをもって決着としてくれませんかね」

「このッ、卑怯者め! 紳士の決闘にこのような無粋な真似をするとは! 恥を知れ!」

「うわあ」


 危ない。伏せた状態から尚も長剣を突き立てようと腕を振るレオンハルトに、僕は間の抜けた声を上げながら尻餅をついた。

 断っておくが、僕は戦闘能力には著しく欠けた男である。なんだったら、スライムより弱い自信がある。


「お止しなさい、レオン」


 なので、音もなく現れたアマーリアが止めてくれていなければ、そのまま首と胴体が分かれていたに違いなかった。


「あ、アマーリア様……!」

「勝負はついたでしょう。恥を知るべきは貴方よ」

「しかし……」


 彼としては、僕のような男に負けたとは認めたくないのだろう。

 レオンハルトは反論を口に仕掛けたが、アマーリアが冷えた視線を向けると同時に口を噤んだ。

 体勢こそ持ち直したものの、悔しげに唇を噛みしめるだけでそれ以上の追撃をする気配はない。納得は出来ないながらも、受け入れることにしたようだった。

 

 そんな光景を、尻餅をついたまま見上げることしか出来ないでいる僕の前に、アマーリアが呆れながら膝をつく。


「……怪我をしてしまっているわ。あんな一撃もかわせないなんて、本当に間抜けね」

「やっぱり、当たってた? 痛いなあって思ってたんだよね……」


 破れかぶれに振り回された剣先が頬を掠めていたらしい。ひりひりと鋭い痛みを感じる頬に触る勇気すら怒らずに眉を下げる僕に、アマーリアは呆れたまま吐息を零した。


 僕は荒事には一切向かないので、怪我をしただけでしょんぼりしてしまう。

 ちょっと熱が出ただけでも異様に落ち込むし、捻挫とかした日には骨折したのかと勘違いされるようなレベルで困憊っぷりを披露することだろう。

 やる気のなさから全てを放棄して、ただ両手を草の上について溜息を落とした僕に、アマーリアが手を伸ばす。


「情けない。この程度で涙なんて浮かべないでちょうだい」

「痛いの苦手なんだよ……」

「全く、仕方の無い男ね」

「アマーリアも、僕を殺す時にはなるべく痛くない方法にしてね……」


 取り出したハンカチで僕の傷を押さえて血を拭い、使い慣れているらしい鎮痛の魔法を発動させてくれているアマーリアに心からの懇願を向ければ、彼女はなんだか妙な顔をして手を止めた。


「……貴方、私に殺される予定があるというの?」

「ないけど。君はあるかもしれないでしょ、僕を殺す予定」


 何せ、入学当初から散々殺意を向けられていた覚えがある。例の公爵邸での夜まで、僕の魂は常に鑢で削られるような殺意に晒されていた。

 まさか此処から、一ミリも殺される想定などしてしていません、などとは言えまい。僕はほどほどに殺される心配をした上で、それでもアマーリアから逃げるつもりはない、というだけの話だ。


 だって今も、目の前で「心外ね」とでも言いたげに顔をしかめているアマーリアを可愛く想っているからね。


「…………心外だわ。私が誰彼構わず斬りかかる女に見えるのかしら」

「宣言付きで斬りかかるタイプだとは思ってるよ。間違ってはないでしょ?」


 前期の態度を示して問えば、彼女は分かりやすく眉根を寄せた。ただ、事実としてそうだったので、反論は口に出来なかったらしい。


「……今のところは予定にないから、安心なさい」

「そう? よかった」


 これで安心して後期の授業を受けられるね。兄二人には命が助かったと連絡が出来るだろう。

 両親には伝えたくないな、と思ってなんとも微妙な顔をしていると、僕が余所事に気をやっていると気づいたらしいアマーリアは、少し拗ねたような手つきで傷を押さえていたハンカチを離した。


 その後。

 この一件から、僕は毎日レオンハルトに挨拶をし続けることにした。


 朗らかかつ友好的に。かつ親切に。彼が困っていたら出来る限りの手助けをし、彼の周辺、つまりは騎士団の人員にも友好的な態度であり続けた。

 どのような仕打ちを受けてもそうした結果、彼らは二十七日で根を上げた。アマーリアと比べると随分早かったので、さしたる苦労はなかった。


 何故か、アーノルドとアマーリアからは不気味なものを見るような目を向けられた。

 なんで?



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